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HAL日記


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2005年12月31日(SAT) 一年に告別
 今年も平穏無事に過ぎて行くなあ、と思っていたら大どんでん返しが隠れていた。叔父さんの奥さんが交通事故で亡くなったのだ。
 叔父さんといっても海外を忙しく飛び回っているらしいので、「免税の土産をくれるおじさん」と、僕は子どもの頃から“足長おじさん”みたいな印象を持っているだけ。まして奥さんとの面識は無いから、葬儀に参列しても親族席ではなく、危うく一般席の方に座りそうになった。

 亡くなったのは27日だったのだけど、息子さんがどこぞの国の大使館員だとかで、すんなりと帰国がかなわず告別式が延びたのだとか。とすると叔父さんは、亡くなった奥さんの遺体と3日間も添い寝していたんだろうか。
 僕の父が亡くなったときに兄弟が集結したので、座敷に亡骸を安置したら我々が寝る場所に困った。いや、困ると言うより布団に安らかに横たわる父を、我々罰当たりな子ども等は、もはや単なる死骸扱いして気味悪がったものだから、母が一晩添い寝をしたような格好になってしまったのだ。

 どこの葬儀でもそうだけど、親族の連れてきている幼子たちがはしゃぎ回ることがあるが、今回も厳粛なはずの式で笑いをかみ殺す羽目になった。始めっから終わりまでずっと男の子がしゃべりまくってうるさかったりすると、表に出ろ! と言いたくなるが、あの時の親の気持ちとはいったいどんなものなのだろう。コンサート会場で騒ぐ子どもを放ったらかしにするとは幾分違うのだろうと思ってはいるのだが。

 告別式は30分ほどで終わったが、火葬場への移動と集骨までの時間がかなりあって、一緒に参列した、お昼を食べてない従兄弟など、「この葬儀屋は段取りが悪いのとちがうかあ?」なんて不満をこぼし始める始末。
 でも親族にとってみたら(僕も末席を汚す親族なのだが)この時間こそが貴重でかけがえの無いものなのだから、段取りが悪ければその分ありがたい筈。なのだが、父の葬儀のことなどきれいさっぱり忘れ去っている僕の、なんと親不孝なことか! 初対面で告別しなければならなかった叔母さん、こんな僕で申し訳ありませんが、安らかにお眠りください。

 

2005年12月30日(FRI) メカマニアの大和
「乗艦せよ! 男たちの大和」
 映画、「男たちの大和」のロケ地、尾道市「向島」にあるコンビニの女の子に、「大和ミュージアムはどこですか」と訊ねたら、「本日はお休みです」との答えを聞いてがっくりした。しかしここまで来たんだから、せめて日立造船向島西工場のありかをだけでも確認したいと思ったけど、単なる造船所に過ぎなかったのでA4版のポスターを手に、「ああ、絶対見たかったよなあ」とつぶやきなが家路へとハンドルを切ったのでした。

「あの映画は戦争を賛美する印象を受けた」と、映画を観た人が感想をもらせば、一方では、「子供だましの正月向けファミリー映画だな」と、元自衛官が憤慨したりして、様々な感想が聞けるのは人気があるからだと思うけど、肯定的な見解が少ないのはどうしたことでしょうか。
 ともあれ、子どもの頃無邪気に戦艦大和のプラモデルを組み立てて遊んだ僕としては、ロケセットとはいえ戦艦大和の甲板に是非とも立ってみたい。戦艦という時代に取り残された兵器に命を預け、見捨てられて非業の最期を遂げた乗組員たちに思いを馳せてみたい。

 僕は第二次大戦マニアではないけど、他に乗り物として乗ってみたい兵器があるとすれば、戦闘機「飛燕」も捨て難いけどやっぱり「零式戦闘機(れいしきせんとうき)」いわゆるゼロ戦で、メカニカルな美しさが群を抜いていると勝手に思い込んでいるからだけど、それは当時の敵対国だったアメリカ人なんかでも同じ印象を抱いているらしく、世界中でゼロ戦を復刻しようという計画があるらしい。楽しみなことです。

「映画、『男たちの大和』は憲法を、とりわけ9条を改正しようと目論む自民党の長期戦略に則った映画である」というのは、アメリカなら十分に当たり前であっても日本においてはうがった見方だろう。ですが、映画の人気に便乗して憲法改正機運を盛り上げようと考える政治家がいるとすれば、兵器としての役目を終えたメカマニアの僕としては、それはちょっと許しがたいと思います。

 

2005年12月29日(THU) おせちじゃ飲めねえよ!
 ずっと欲しかったマルチシュレッダーが980円で売っていたので、20分悩んだ末に買った。これがたとえ650円だったとしても、買った瞬間にゴミになってしまうかもしれないと思うと考え込まざるを得ないだろう。
 それでどの辺がマルチなのかというと、通常のA4紙の裁断に加えてCDの三分割とカード類の4分割が可能という優れものなのだが、こんな機能が本当に必要なのだろうか。

 持ち帰って早速NTTからの請求明細とかクレジット会社の明細とか銀行からの通知など、1年間溜めていた個人情報が書かれているもの全てを切り刻んだが、このシュレッダーは手動なので結構疲れてしまった。
 紙切れは十分裁断できると分ったので、次はCDとカードを切ってみたら割と簡単に切れたが、CDは自分の手で割ったほうが早そうだし、カードに至っては肝心の磁気部分をわざわざ避けて切ってしまう。
 要らん機能を付けるなと言いたい。この機能を省いたらいったいいくらで売ってくれるのだろうと思が、たぶんこの機能を付けたためにハンドルが重たくなった失敗作だからこそ980円の値なのかもしれない。

 さて今年もあと二日となって、近所のスーパー内はすっかりおせちモードになっている。惣菜や弁当は無く、やたらと値の張る重箱みたいなのが安くて980円。きれいだが美味しそうかというとそうでもなく、おまけに酒が飲めそうにない気がしたので売れ残っていたおでんをチョイスした、まだ通常モードの僕。あのきらびやかな箱をやめてクワイでもを入れていてくれたら買ったろうにと思う。
 クワイは確か大阪北部が名産だったと記憶しているが、ひょっとしてシュレッダーみたいに中国から輸入されているんだろうか。おせち料理まで外国に頼る国になったら、日本国民はは日本人であることのアイデンティティーをどこに見出せばいいのだろうか。

 

2005年12月28日(WED) 挑戦者の初体験
「なにぃ、ほな何かい、三人の美女と一緒に酒飲んどきながらチーズケーキの作り方を教わっただけってか? お前ひょっとして間抜け?」
 クリスマスイブの夜にショットーバーでハーモニカのライブ演奏を聴いて帰っただけで、僕が彼女たちを口説かなかった、というのが信用できないらしい。そのかわりチーズケーキの作り方を聞いた、と言ったら間抜け呼ばわりされた。人の事はほっとけっちゅうねん! と腹が立って仕方が無かった。
 
 田中裕子さん(仮名)とドリームプロデューサーさん(芸名)が二人して教えてくれたレシピに従って、カッテージチーズ、生クリーム、濃縮還元レモン、たまご等を買ってきて作り始めたら、カッテージチーズの箱にもチーズケーキの作り方が書いてある。
「本品200g、生クリーム100g、卵黄3、薄力粉50g、レモン汁大匙3を混ぜ、そこに卵白とグラニュー糖45gを泡立てたものを加える」とある。しかし田中裕子さんから頂いたレシピには薄力粉50gが書かれていない。他のところは同じだから、きっと何かの手違いで抜け落ちてしまったのだろう、と勝手に解釈して作り始めたが、中力粉しかないので片栗粉を半分混ぜて薄力粉の代替とした。

 僕がチーズケーキを作ろうと思い立ったのは、チーズケーキでビールを飲めるような掟破りみたいな嗜好があるのはもちろんだが、「誰でも手軽に炊飯器で作れます。私もやってみて美味しかったよ」という田中裕子さんの甘言に惑わされたからである。
 バターをテフロンコーティングした釜の内側に塗り、そこへ材料を流し込んで釜のスイッチを入れた。レシピにはこれ以降のことは書かれていなかったが、ポイントは炊き上がったら冷ましてから取り出すことだけだった。

 どれくらいで炊き上がるのかが分らないので、しばらくチーズケーキの作り方をNETで調べていたら、10分と経たないうちに炊き上がった。いくらなんでも早すぎる。
 NETには160℃のオーブンで80分と書いてあったりするのだから、ともう一度スイッチを入れたが、保温のままで炊飯にならなかった。

 なるほど、今のマイコンを使ったものなら温度センサーで監視しているから良いけど、こいつは単なるサーモスタットの古いタイプだから無理なんだ、と気が付いた。
 今更後には引けない。少し時間を空けてから炊飯にしたが、やはり数分の内に保温に切り替わってしまうので、釜を取り出して水でしばらく冷ましてからもう一度炊飯にセットした。

 またしばらく待っていたら、何か遠くで物音がしている気がする。最初は猫が啼いているみたいな感じだったが、だんだん幼子が泣いているみたいに聴こえてきた。だがこの時点でも僕はまだ事の重大さに気が付いていなかった。
「ギ、ギ、ギャ〜、ギャ〜ァァァ〜」
 音が急に激しい叫び声に変わったのに驚いて炊飯器を見ると、炊飯器がエクトプラズムを吐き出している! じゃなくてチーズケーキをゲロゲロ吐き出して、今にも爆発しそうだ。
「ま、まずい!」
 慌ててコンセントを引き抜いたが、それでもゲロを吐き止めないのでふたを開けたら、水蒸気を上げながら怒り狂ったチーズケーキがしぼんだ。

 そこらじゅうに吐き散らされたゲロの一部を口に運んでみた。(あ〜、写真撮っておけば良かった!)
「あれ、これ結構いける」
 不味くはなかったが、なぜこんな悲惨な有様になったんだろうと後片付けしながら考えてみた。あれだ、小麦粉だ、余計なものを入れたからだ! やっぱり書き忘れなんかじゃなかったのである。
 冷蔵庫で冷やして食べてみた。美味しくはないけど、意外にも食べられるものだ。試しにコンビニで買っておいたチーズケーキと食べ比べてみた……完敗だった。

 オーブンの存在価値がやっと分った。160℃で80分なんて気が遠くなるような時間がかかるのも理解できた。本格的にするならやっぱりオーブンだなと、大阪ガスのガスオーブンを調べたら、電子レンジ機能が付いたもので20万円近くもする。
 ちなみに大阪ガスは電気炊飯器は製造していないようだった。

 

2005年12月27日(TUE) バッタに教わる教訓
 NHKみんなのうたの、「グラスホッパー物語」を歌っているのが、「のっぽさん」だって〜? あの人が「のっぽさん」だと気が付いた人もスゴイけど、「のっぽさん」が71歳で歌手デビューしたっていうのもまたスゴイ!
 この歌、美しい旋律に乗ってバッタのおじいさんがワルツのタップダンスを踊りながら、孫たちに教訓めいた昔話を語って聞かせるストーリーだけど、この内容が説教臭くなくて親しめるのです。

 童話なんぞ書いたりしているとついつい説教話をこねくり回したくなる僕なんですが、同じ説教するにしても読み手の子どもたちに受け入れられなければ何の意味も無いのは言うまでもありません。
 とは言っても子どもは十人十色なわけで、パンチをお見舞いしながらスパルタ式で勉強を教えて伸びる子もいれば、ノックダウンしてしまう子もいるし、イチローみたいに褒めて伸びる子もいればツケ上がる子もいるわけですから話は簡単ではないのです。

 常連とまではいかないまでも、「お馴染みさん」と呼ばれるくらいにはなった飲み屋に行くと珍しく満席で、厨房のママさんとバイトのキャバ嬢風娘はてんてこ舞。店内に客がいなくてもただでさえ出前で忙しいのに、よりによってマスターである息子さんが無断欠勤していたので、二人の殺気はビール一本を注文するのにも遠慮勝ちになるほどです。

「うちの息子はいくら叱っても言うことを聞かないから、こっちも腹が立って!」
 毎回のようにぐちもこぼれてしまうママさんですが、そりゃあの息子さんに説教したって、「馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判」ていうか、なかなか出てこない。「蛙の面にグリセリン、糠にインパクトドリル、暖簾にストレートパンチ、柳にハリケーン」と、どれもしっくり来ないけど、とにかく彼に通用する説教なんてありませんって。あれは褒めて伸ばすしか手は無いでしょう、良い才能を秘めてそうだし。
 などと無責任な他人だから言えることであって、当事者だからこそ難しいのでしょう。

 あからさまに小言を放ったって聞く耳持っている子どもなんているのかしら、と誰でも思うように、童話での説教はタブー。ところが首領様の作品はほとんど全てが教訓めいた精神をベースにしておきながら、ちっとも説教臭くないのです。それは書き手の腕が良いから(そう自慢なさっていた)なのですが、その良い腕前で子どもに説教と感づかれないように“さとす”技術や精神を、テレビ寺子屋の吉岡たすく先生みたいに伝道して歩いては、と常々考えているのですがどんなもんでしょう。

 で、お爺さんグラスホッパー(いなご)は孫たちにお説教をするのかと思えば、「まだ見ぬ世界に向って飛び立て、君たちには果てしない未来があるのだから」と教えるんです。
 夢や希望と現実や失意の狭間にこそ、説教の真髄が隠されている、と見た!

 

2005年12月26日(MON) 同性婚が合法に!
 昨日のつづき
 まあ、どんなコミュニティにでも男と女のボーダーライン上のような危うい所を歩いて、どちら側に転んでも問題の無いバイセクシャルで便利な感じの方はいる。
 今日だってスポーツクラブのマシントレーニングしている若者がそんなタイプだった。彼とは一度飲んだことがある。名前は忘れたけどちょっと可愛らしいので、おばちゃんたちにモテモテだから僕もついついやっかんでしまう。

 でも彼にとってそれは決して好ましい現実では無いらしく、マッチョを目指してトレーニングにいそしんでいるのだが、「おいおい、君に懸垂マシンの45kgは無理だろうが」と、声には出さないが要らぬおせっかいをしたくなる。案の定、彼の体は宙に浮いた。う〜ん、ということは45kg以下の体重というわけか。
 
 先日飲み屋で会った男の子は本当に可愛かった。後でママさんに聞くと、子どもの頃から女の子みたいに可愛かったよ」とのことだった。
 彼は一人で入って来たのではなく、お父さんに連れられて来たのだが、さぞやお父さんの自慢の息子だろうな、という話になったけど、「高校に入ってから学校に行けなくなってねぇ……」と、この春からお父さんの悩みの種らしい。学校に行けなくなった理由を、なんとなく僕は理解できるような気がした。

 下町の玉三郎が女以上に女らしく演じることができるからといって、実生活で女を演じ切れるものではない。あれは舞台の上だけで通用する芸であって、飲屋で会った彼みたいに、顔も仕草も全く計算せずにバイセクをこなせるような天然者には、いくら天才役者であろうとも到底太刀打ち出来るものではない。まして声ともなると裏声を使っても女に化けるのは不可能だろう。だから飲屋の彼もさすがに声だけは男だろうな、と想像していたら、なんとメゾソプラノかい!

 こうなると、「チンチン見せてみろ!」と迫る連れに軍配を上げたくなってしまうが、これだ。これがいけないんだ。
 子どもは、特に思春期の男なんて残酷だから、学校でパンツ脱がされたに決まっている。あまつさえアチラ系の先輩がその場に立ち会っていたりなんかしたら……、彼にとって学びの園は日々が修羅場であったろう。

 と、ここまで止む無く昨日の日記につじつまを合わせて書かざるを得ませんでしたが、昨夜はかなり酔っ払って書いたものと思われます。読み返してみると書き始めはまともなんですが、途中から怪しくなってしまっていて、「あ、まさかこれが僕の本音なのかぁ?」と、取り乱さずにはいられません。

「森光子と仲間由紀恵顔の男だったらどっちを選ぶ?」と究極の選択問題を出され、「馬鹿者! たとえお婆ちゃんであろうと、男と同じ土俵に上げられるか」と言っていたのに急に自信が無くなってしまいました。
 おでんと蕎麦を交換するのに似て、案外交換してみたら男でも女でも、それぞれに良いところがあるのかも知れません。だってあの保守的なお国柄のイギリスで、ついに同性婚が合法となったのですから。でもとりあえず、一線を越える前に深酒は控えた方が身のためのようです。

 

2005年12月25日(SUN) このさい男でも…
 場末の忘年会はチャラになっててしまったけど、今日の日のためにそば粉は用意したしモチベーションは高いままなので、止む無く蕎麦を打った。
 打ったは良いけど誰が消費するんだ、ということになぜ打つ前から気が付かなかったのか痛恨を禁じえないが、とりあえず目の前の20人前の蕎麦を葬る手立てを考えねばならない。
 しかし、あちらこちらに無料とはいえ出来の悪い蕎麦を押し付けてきたので、この期に及んでは持って参じる所がない。こうなったら最後は、「近くの友達より近くの親戚」、とばかり姉に電話しましたら、「どうぞいらしてください、お待ちしております」と、大歓迎されました。

 姉夫婦は末っ子を一人立ちさせてからは夫と二人暮しになってしまったので、来客は快く受け入れてくれるのがうれしい。
「今日もおでん、昨日もおでん、そして明日の弁当にもおでんが入ることになるんや。だから君の責任で全部始末して帰ってや」
 ご主人、つまり義兄によると、どうやら僕は格好のおでん消費者っていうか、生贄にされているみたいだ。しかし僕としても捨てるわけにも行かない蕎麦との交換なのだから異論を挟む余地はない。ありがたく、おでんと蕎麦の物々交換に互いの活路を見出した次第です。

「姉ちゃん可愛らしいのぅ、歳はいくつや?」
 僕の連れっていうのは下品な連中ばかりだが、これも身から出た錆びか、それとも類は友を呼ぶのか、一緒に飲んでいても良い女を見るとすぐに声をかけたがって仕方ない。
「これこれ、この子は男の子やからそんなこと言ったらだめよ!」
 先日連れと飲んでいるところへ可愛い女の子が入ってきたので、連れがちょっかいをだして飲み屋でママさんにたしなめられたのだ。
「なにぃ、男お? 男やいうならチンチン見せてみんかい!」
 ママさんの言葉が返って火に油を注いだのか、連れはなおも彼に声をかける。
「止めときいや、嫌がってるやんか。第一なんであんたにチンチン見せなアカンねんな」
 僕も彼を制したけど、あれは誰が見ても可愛い女の子に見えたから、連れがムキになるのも分らないではありません。

 つづく

 

2005年12月24日(SAT) イブの一夜は
 無い、無い、大阪には売ってないのか? スーパーを6店回って、うどんのかけ醤油を探したけど、泉北高島屋に「うどん用生醤油」があっただけ。僕が探し求めている香川県は多度津辺りの醤油に比べたら、見た目がやや濃い感じなので買うのをためらった。というよりも、レジが長蛇の列で、10分も15分も並んでやるものか、とスネたのでした。

 クリスマスイブだからか、どこもかしこも老若男女の人だかりで歩きにくい。しかし、せっかくうどんを打ったのだから、釜揚げに生卵をのせて生醤油をかけて食べてみたい。それで次のスーパーを探したが、無い。で、次のスーパーへ歩いたら、ケンタッキーフライドチキンの前にこれまた大蛇の列が出来ている。

 この人らの何パーセントがクリスチャンやっちゅうねん。都合のええときだけ宗旨替えするんなら、イスラム教のラマダン(断食)も取り入れてみたらどやねん。と、ブッディストの僕としては苦言の一つも申し上げたくなるっていうか、スパークリングワインにチキン、最後はケーキ、みたいな行事がうらやましくて仕方ありません。

 生醤油はついに見つからないまま場末の飲み屋のノレンをくぐったら、軍鶏鍋忘年会が無期延期と決定。フグと軍鶏で5000円飲み放題の値に問題があるというより、音頭をとる御仁の人望の無さを露呈したのか、参加者の定員割れという悲劇を惹起してしまったようです。

 失意のどん底から這い上がろうと、かねてより案内を頂いていた「クロマティックハーモニカによるクリスマスライブ」に顔を出しましたが、これは楽しかった。なんといってもクロマティックハーモニカなんて初めてだったし、奏者と直に話してみて4オクターブも出る優れ物だと聞いて驚きました。
 その後はドリームプロデューサーさんと田中裕子さんの辛口漫才で楽しませていただきましたが、次回はステージ上で演じていただきたいものです。

 

2005年12月23日(FRI) 筋ジスは僕のトロフィーだ!
 やがて歩けなくなる日がやってくる? その日まで歩き続けようと、少年は自宅のある京都から神戸まで歩き始めたが、やがて車椅子に頼らなければならなくなった……。

 不治の病の中でもとりわけ難病と言われている“筋ジストロフィー”とは、筋肉の破壊に再生が追いつかないために、体中の筋肉が衰え呼吸が困難となり、やがては心筋が停止して死に至る遺伝性の疾患で、治療法は無い。

 数年前に公開された映画、「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」のモデル、ジャクリーヌ・デュ・プレ(ロシアの天才チェリストで42歳で亡くなった)の病気は「多発性硬化症=MS」、イギリスの宇宙物理学者ホーキング博士は「筋萎縮性側索硬化症=ALS」と呼ばれている病気で、素人目には三者とも同じように見えるけど、筋ジストロフィーというのは幼くして発病し、20歳くらいで亡くなってしまうのだそうです。沢田俊子 著 「ぼくがんばったんだよ」且ャ文社

 童話教室の首領様が10ヶ月に亘る密着取材の末に、満を持してリリースした児童書、「ぼくがんばったんだよ」は、筋ジストロフィーを病んだ少年の、ひたむきな生き様に勇気づけられる。
 アル中ハイマーという奇病に苦しむ僕が読んでも、一筋の光明が差して来るような爽やかな読後感が素敵な一冊。


 本書を座右の書にしておこうと思っていたのですが、もうこの本は僕の手元にはありません。世界にもまだ例の無い、「心肺同時移植手術」を待っている女の子へのクリスマスプレゼントとして、彼女のお父さんに託したからです。
 彼女は19歳ですが、「16歳までは生きられないでしょう」と医者に宣告されていたので、「良く頑張ったね、これからも頑張るんだよ」と言ってあげたいと思います。

 

2005年12月22日(THU) 罪のあがない方、それぞれ
「やあ、久しぶりぃ。なんだか顔色も良くて元気そうやんか」
 場末の飲み屋に行くと、しばらく見かけなかった常連さんが座っていたので挨拶したら、
「う〜ん、一月ほど手取り足取り健康管理に気を遣ってもろてすっかり体調が回復してん。頬っぺたなんかすっきりしてるやろ」
 断食道場にでも行って修行でもしてきたのかと思って話をしていたんですが、どうも様子が違うので、良く良く聞いたらどうやら拘置所にぶち込まれていたらしいのです。

「ファ〜ァ〜、ほなお先に帰るわぁ。リハビリせんと酒飲んだらすぐに酔うてまうし、9時頃になったら自然と眠とぅなってくんねん」
 拘置所っていうのは実刑を食らう前に入るところなんだろうから、彼が出てこれているってことは無罪になったか執行猶予になったかのどちらかなのでしょう。何をやらかしたのか興味深くはあっても、なにぶんにも背中にお絵描きをなさっている方なので、根掘り葉掘り訊ねるのも腰が引けてしまいます。
 彼の語る拘置所生活によると、飯は不味い上に早寝早起きの規則正しい生活を強いられ、どこへ行くにもブレスレットを嵌められ、まるで犬の散歩みたいにハーネスで引っぱり回されるのだそうです。しかもフルチンにさせられて!

 動物並みの屈辱的な生活を一月も強いられるなんて僕には我慢出来そうもないので、当面は犯罪に手を染めるのを控えねば、と思っていますが、人はいつ何時ひょんなことから思いもかけず一線を越えてしまうかもしれない、いえ、超えさせられてしまうかものしれないのです。姉歯元建築士の例を見ても、というより、今後明らかにされるだろう第二第三の姉歯氏のことを思うと、あちこちで死人が出ないことを祈らずにはおれません。

 背中に絵を描いている知人のように、拘置所生活を屁とも思わないどころか勲章みたいに吹聴して回れる剛の者ならフルチンなど……待てよお、ということは、姉歯さんはフルチンにされるだけじゃなく、ズラまで取り上げられるのか! ああ、なんて惨めで気の毒なんだ!

 

2005年12月21日(WED) 気持ちを贈るのは難しい
 お歳暮、う〜んお歳暮……。何年もお歳暮を贈っては来たけど、今年ほど気を遣う年は無かったように思います。上司には適当なものを贈ってきたし、社長には金目のものを贈ればそれで済んだのに、今年は師匠に贈るのです。もちろん今までだって師匠に贈り物はしてきたけど、今年の師匠はセレブな上に知名度が今までの師匠より格段に高く、始末が悪いのはグルメときているからです。

 サラダ油なんか贈っても仕方ないし、ハムの詰め合わせもありきたりだし、そうだ、チーズの詰め合わせなんか良いかも。これなら他所の家に払い下げされることも無いだろう。だってチーズの味を評価出来る人がそうはいないんだから。とアイデアが思い浮かんだのは良いのですが、そんなギフトが見つからないのです。
 あちらこちらのデパートやスーパーを回って、たどり着いたのが堺東の高島屋でしたが、食品ギフトのコーナーは人いきれでむせかえる上に、ケーキやお茶の匂いで気分が悪くなってしまいました。

 あ〜、もう駄目だ。贈り物一つをするのにこんな苦労をするなんて思わなかった、とベンチに座り込もうと思ったとき、目の前に白磁っぽい壷を見つけました。「ふりかけの詰め合わせ」です。
 たかだかふりかけごときにこんな壷を使う必要は無いだろうが! と憤ってみたものの、なんだか僕の好みではありませんか。これならいかにグルメの首領様であっても文句の付けようが無いだろう。ふりかけはふりかけ以上にならないし、ふりかけ以下になり得ないのですから。

 これで懸案は片付いたけど、もう一人の「お師匠ちゃま」に贈る物を決めなければなりません。ですがこちらは仮に師と仰いではいても、実質的には僕が彼女と遊んでやっているようなものなので、こちらが贈って欲しいくらいですから気楽なもんです。シャンプーセット1500円を贈りました。それも僕が日頃使っている銘柄でした。

「芋、蛸、南京」といえば女や子どもの喜ぶ食い物という印象がありますが、僕の行く場末の飲み屋は、何が無くともこれだけを欠かしたことがありません。おでんが無い日、ビールが無い日があっても、芋蛸南京のどれも無い日が有ったためしはありません。
「マスター、芋蛸南京だけはいつでもあるんやね、なんでなん?」
「決まってるやんか、俺が好きやからや。売れ残ったら自分で食べなアカンやろ、そのときのために自分の好きなもんを作っておくんやがな」
 
 壷とシャンプー。どちらも自分の好みで贈り物を決めてしまった僕ですが、チーズの詰め合わせが無かったところからすると、世の中、そんなに多くはチーズの好きな人がいないようです。そのかわりサラダ油や洗剤の好きな方が大勢いらっしゃるのでしょうか。それとも考えるのがめんどくさい方が多いのでしょうか。

 

2005年12月20日(TUE) 首領様と八険伝
「場末で飲んでます」と、友達の“酒盗りTEL師”というおじさんからメールが来たので出かけたけど、本人の姿が見当たらりません。
「マスター、TELさんはどうしたの?」ときいたら、「あちらの人ともめたんで河岸を替えたみたいよ」と、誰彼無くつかまえて大声を張り上げている“七険人”の一人を指差しました。
“七険人”というのは場末の常連さん達のうち7名の要注意人物を指すのですが、確かに危険な人たちではあっても悪い連中ではありません。ですが、悪い連中ではないけれど決して良い人物でもないというのが問題なのです。
「お前の友達か何か知らんけど、TELの野郎だけは高飛車で気に食わん!」
 矛先はどうやら僕に向けられたようですが、僕としては「今頃何を言うてるの、あんただって今夜初めて会ったわけじゃないでしょ」と文句の一つも言いたくなってしまいます。

 人というのは自分に合ったコミュニティでのみ、その力を存分に発揮できるものだと思います。会社で威張り散らしていられる社長だからといって、必ずしも町内会の会長が務まるとは限らないのです。その意味において僕やTEL師には場末の飲み屋がピッタリだから大きな顔をして飲んでいられるのでしょう。しかしそうは言っても、このところのTEL師は少なからず人生を生き急いでいるように思わないではいられません。
「子どもの頃の1年と、年取ってからの1年では流れる時間の早さが違うンや!」
 彼が言うように確かに小学生の頃は中学生になるのが待ち遠しかったし、中学生になったら早く大人になりたくても時間は遅々として進まないように感じたのに、今となっては惰眠を貪ることに恐怖すら覚えるのです。
 
 童話の親方様と弟子たちの出来事を日記に書いたら早速お叱りを頂きました。
「私が催眠商法を? 悪徳商法の親玉に仕立て上げるとはけしからん! 催眠療法の間違いでしょう」 
「恐れ入りましてございます首領様! 確かに催眠療法で頭を揉まれたおかげで大変すっきりいたしました。次回もなにとぞ催眠療法をお願い申し上げ奉ります」
 とまあ、親方様の人生ドライブはトップギアに入れて、しかもレッドゾーンを回ってもなおアクセルを緩めないようで、弟子たちも頑張って付いて行かねばと思えど、ターボエンジンに、ニトロ燃料を添加したパワーには太刀打ち出来そうもないのです。

 そんなわけで親方様を首領様へと格上げさせていただいたのですが、一方TEL師の方はといえば、今までの「七険人プラスアルファ」から晴れて、「八険伝(八人の危険人物伝説)」の仲間入りを果たしたのでございます。

 

2005年12月19日(MON) 分かれた女の怨念を封印、いや僕の未練か?
「虚礼廃止!」を唱えたのも今は昔。筆不精の僕もパソコンに頼るようになってからは、心のこもってない年賀状を律儀に乱発するようになりました。イラストや写真をNETから頂いてきたりして、文面を編集するのは余り苦にはならなくなったのですが、誰に出して誰に出すのは止めるかで悩んでしまいます。
 去年頂いた賀状を引っ張り出しながら、おかしいなぁ、こいつにはもう出さなくなった筈なのに? と良く見たら猿の絵があって2004年のものでした。世間の方は昔頂いた年賀状をどうしているんでしょうか。

 年末になるとパソコン雑誌まで、「まだ間に合う年賀状作成」とか「年末はハードディスクも大掃除」とかのキャッチコピーであふれかえっています。整理整頓のコツは先ず捨てることから始まりますっていうのは分ってますから、どうしたら捨てる決心がつくのかを僕は教えてほしいのです。
 ウィスキーを買っても立派なケースを捨てられなくてパスタ入れにしてみたりと、使い物になるなら良いのですが、「手延べ素麺」の箱は当面使い道が無くても捨てられません。いつか役に立つ時が来ると信じて取って置きたい衝動にあらがうことが出来ないのです。

 すっきり年は越したくあっても大掃除はやる気にならないので、とりあえずプチ掃除くらいに手を染めておりましたら手紙の束が出てきました。昔々のペンパルからのものですが、筆不精を自認しておきながら女の子にはせっせと手紙を書いていたのですから、我ながら呆れるやらほほえましいやら。そんな中に分かれた彼女からの手紙も混じっていました。

「君なんかを好きになったなんて俺の一生の不覚だ。俺が出した手紙を全て返してくれ」
 最後は余りすっきりした別れ方では無かったので捨て台詞みたいなこと彼女に言いました。
「返さない!」
「何で返さない? 返せないというなら焼き捨ててくれ」
「いやだ! 老後の楽しみにするんだから絶対に返さないし、焼き捨てもしない」
 別れた男からもらった手紙なんて取っておく価値も無いと思うだけでなく、往生際の悪い別れ方なら尚更のことですが、かく言う僕も彼女からの手紙を捨てていなかったのですから未練がましいったらありません。

 老後の楽しみにするにはまだ時間がありそうなので、「揖保の糸」の桐箱に仕舞い込むか、それともどんなお菓子だったか記憶に無いけど妙に捨て難い、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」と箱の表に書かれてある、土佐銘菓「土佐日記」の箱に封印しておこうと思います。
「都へとおもうものの悲しきは、帰えらぬ人のあればなりけり」 紀貫之
 箱の内側には死に分かれた我が子に思いを寄せる歌が書かれてあります。
 その後どうなったか彼女の消息は知りませんが、僕の中では既に鬼籍に入ったも同然なので、僕の老後までほがらかな眠りについていていて下され。

 

2005年12月18日(SUN) 恋とインディカ米
 フィギュアスケートグランプリで優勝した浅田真央ちゃん15歳、かわいいな〜! 卓球の愛ちゃんとかにしても、このところの日本女子はなんて可愛らしくて頼もしいんでしょう。
「なにが援助交際じゃ! 最近の若い娘はどいつもこいつも!」という大和撫子に向けられた苦言は彼女たちの活躍ですっかり影をひそめてしまった感がありますが、ひょっとしたら少女たちの援助交際は世間に認知されてしまって話題にすら上らなくなったのでしょうか。

 彼女たちの生まれた15年前を振り返ってみますと、大阪では「国際花と緑の博覧会」が開催されていた年で、当時僕にも23歳の思いを寄せる女性がいたのを思い出します。
 まかり間違って彼女と子作りに励んでいたなら今頃は真央ちゃんくらいの年頃の娘をもうけていたのかもしれません。そう思うとあの時に足を踏み外していたら良かったのに、と後悔しないではいられませんが、時おりしもバブルの下り坂でしたからどの道二人には暗雲が待ち構えていたのでした。

 記憶力に自信が無いので10年も前のことになりますと、あれはWindws95が発売された年の前だったかな、それとも後だったのかな? と印象的な節目を基準にものを思い出さなくてはならないのですが、阪神大震災とその前の年の米不足は今思い出してもショッキングで、バブルのつけが回ってきたのかって思ったものです。

 なんでしみじみ昔を振り返っているのかと申しますと、’94年発生した米不足の緊急対策としてタイ王国から輸入された「タイ米」は日本人の口に合わなくて捨てられたのですが、あの年僕はインディカ米の美味しさを初めて知り、散々タイ米を探し続けたのです。
 でも結局あの当時には見つけられないまま諦めてしまったのですが、今日ちっちゃなスーパーの棚で「パキスタン米」を発見したのです。

 僕としては10年も恋心を寄せていたインディカ米にやっと巡りあえたのですから、先ずはストレートで炊いてみることにしました。しかし匂いも味も良いものではなかったのでカレーをかけてみたのですが、不味くはないにしても美味しくはありませんでした。
 思い出してみますと、あの米不足の苦肉の策としてファミレスが提案したのは日本のジャポニカ米とインディカ米とのブレンドでした。
 日本人が本来のカレーを知らないように、僕たちは本来のインディカ米の美味しさを堪能できる料理法を知らないのでしょう。なので次回は1:1の割合でブレンドして、恋の存在した往時をしのびながら“しみじみ”と炊いてみたいと思っています。

 

2005年12月17日(SAT) 究極のプレゼンは催眠商法か?
 本日親方様の新刊書「とらちゃんつむじ風」が店頭にどっさり並んでいたので買い求めました。親方様のHPにはとっくに発売中とあるのに見つからないので、著者ご本人に発注しようかと悩んでいた矢先でしたが(著者割引があるらしい)事なきを得た次第です。

 このお話は大阪の南にある「日の出商店街」に住む小学5年の女の子が活躍する物語なんですが、同名のの商店街が環状線の玉造駅前に実在しているので親方様に、「大丈夫なんですか?」とお聞きしたら、「出版社も了解済みです」とおっしゃいました。
 ひょっとしたら親方様は日の出商店街から感謝状とか名誉街員の称号を贈られるかもしれないほど面白いお話です。

 実在する日の出商店街に僕は行ったことありませんが、今は亡き中島らもさんの「西方冗土」という本で、この商店街の中にある「亜細亜コーヒー」という喫茶店をミステリーゾーンとして紹介されていました。
 会社の同僚に「亜細亜コーヒーっていう喫茶店知ってるか?」と訊ねたら意外にも彼に家の近所にもありました。「そこにネーポンっていう飲み物があるらしいぞ」と言ったら別の同僚が、「子どもの頃に風呂屋で飲んだことがある」といい始めました。
 気を良くした僕は、「亜細亜コーヒーツアーをやろう」と連中に持ちかけたのですが、1年くらいぐずぐずしているうちに、サンマさん司会のテレビ番組で亜細亜コーヒーが取り上げられたので、「テレビを見てやって来たミーハーと思われたくない」という理由から僕の企画は尻すぼみになってしまったのです。

 面白い話、とは言っても僕はまだ読んでいません。ですが親方様が教室で荒筋を語って聞かせて下さった限りでは、非常に面白そうだと表現してかまわないでしょう。
 あの日講座が始まるや、親方様はトランス状態か! と思うくらいに熱っぽく、いかにこの物語がおもしろいかという論旨を展開され、もはや教室は講座なのかプレゼンテーションなのか、いやもしかしたら自慢話をされているだけなのかもしれない、という訳の分らないカオスの領域に我々弟子たちをいざなって下さったのでした。

 今、僕はこの本を傍らに置いて日記を書きながら、「ひょっとしたら親方様のなさったあれこそが、催眠商法っていうやつなのか?」と、検証に余念がないのです。

 

2005年12月16日(FRI) 花束の受け取り方
「HALさんですか? 印鑑は要らないですけど確認をお願いします」
「はぁ? 確認って、うちに配達に来たんじゃないんですか?」
「ええ、ですから確認をお願いしたいんです」
「私に間違いないですって、それとも“童話の花束”が私に届くのはおかしいとでも?」
 花束といっても本物の花ではなく、JOMOの童話公募の記念小冊子なのですが、ヘルメットをかぶった配達のおばちゃんはウサンクサそうに僕の顔を見て、荷物を渡す手離れが非常に悪いのです。

「ご本人さんに間違いありませんか、そうでなければお渡しできません」
「馬鹿野郎、だから俺だって言ってるじゃないか! 早くその手を離しやがれ」
「いいえ、ご本人さんであると証明できなければお渡しできません」
「離せ、さもなくば斬る!」
「斬れるものなら斬って下さい!」
 もちろんこんな会話が実際に行われたのではなく、顔を見合わせながら水面下コンマ5秒間で戦われた僕とおばちゃんの精神戦なのです。

 どうせ僕はガッツ石松より不細工ですよ。それは分ってますけど、だからといって顔だけで人を判断しないでほしいです。だって顔で童話が書けるんなら、「天はニ物を与えず」という大前提は耐震強度偽装ということになるじゃないですかぁ!

 今夜も場末の飲み屋に十割蕎麦を打って持って行きました。粉は泉北高島屋で買った「北山蕎麦のそば粉」ですが、これは出色だったようで、場末の飲み屋の皆さんにお墨付きを頂くことができました。
 そば粉の良し悪しはある程度見た目とか手触り、保存方法みたいなもので分る部分もあるのですが、実際のところは打ってみなければ分りません。

 もうここまで書けば僕の導きたい結論は見え見えですが、「人は見かけによらない」と言いたいのではなくて、「人は付き合ってみなければ分らない」ということです。

 

2005年12月15日(THU) またもや出会い系にやられました!
 半年くらい前の話なんですが、NETオークションを見ていて、「○○のレプリカ」として格安で売っている商品がありました。
 レプリカってどういう意味だろう、と辞書を引いてみたら、「美術品などの複製、模写。優勝カップなどを返還した後に渡される複製のカップ」とありました。つまり偽物のことだろうと思うのですが、偽の字はいうまでもなくコピーという言葉さえオークションのどこにも見当たりません。あくまでもレプリカであって違法ではないと言い張るのですが、誰がどこから見ても偽ブランドに違いないのです。

 はい入札してしまいました。だって天下のYahooさんが違法な商品を大々的なオークションに出品させるはずが無いでしょう? というのは言い訳に過ぎず、自らの順法精神に照らし合わせて判断すれば違法性が高いことは明らかなのです。
 商品はMadein CHINAですが悪いものではありませんでしたので、一応は満足したんですが、出品者の評価をしようとしたら当事者は削除されていました。なんでも噂によるとガサ入れを食らったらしいのです。
 えらいこっちゃ〜、当局が事情聴取に来よるがな〜、どないしたらええねん! とビクビクしながら開き直っておりましたけど何事もありませんでした。だって今もってその商品はオークション上に堂々と出品されているんですから。

 胸を撫で下ろしていたのもつかの間でした。あの商品を買って数日のうちに出会い系メールが頻繁に来るようになったんです。ところが意外にもタチの悪いフィッシング系とかではないらしく、おまけに差出人アドレスの頭が同じなので、ゴミ箱直行に設定してましたから痛くも痒くもなかったんですが、ある日大事なメールがゴミ箱に紛れ込んでいるのを見つけたのです。 こうなったらまたメールアドレスを変えるしか手がありません。

 公開用のアドレスなので誰にも通知する必要はないのですが、何十箇所もの設定を変更するのは結構な作業となりました。しかもパソコンを3台使っていたら作業量も3倍になるわけですし、設定忘れも当然のように出てきます。
 やっぱり自分の物差しで事の善悪を判断しなかったのがいけないんですね。甘んじてお仕置きを受けた次第ですが、こういうケースはかなり有るらしく、YahooではNETショッピング用のメールアドレスを10個まで取れるサービスがありました。

 

2005年12月14日(WED) 姉歯証人芸能界待望論
 国土交通省の証人喚問っていうんですか、姉歯さんが呼ばれたやつです。彼はマスコミの追跡から逃れてホテル暮らしをしているらしいですけど、下手に街中を歩いていたら正義の仮面をかぶった刺客にプスリとやられかねませんし、自業自得なんですから一生涯を逃げ隠れして暮らしたって良いでしょう。

 かつての悪ガキは地下鉄の駅とか人ごみの中で、「おとうさ〜ん!」と叫んで何人のお父さん達が振り向いたかを競って遊んだらしいですが、今は、「姉歯さ〜ん!」と叫んで遊んでいるのだそうです。そりゃ振り向きますって、そんな掛け声を聞いたら僕だってキョロキョロするに決まってます。
 それだけ時の人の姉歯さんですが、いったい何年ム所にお務めになるのか分りませんけど、出てきたらマスコミが放って置くはずがありません。

 あの人は使えますっていうか、被害者の方には申し訳ないですが芸能界デビューしたら人気を博すること請け合いです。いくら同郷のよしみでも顔も見たくない村上ショージさんなんかをはるかにしのぐ芸人に育つ可能性を秘めたキャラクターじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。特に女性にもてるんじゃないかと羨むのは、今日もバイオリンのお師匠ちゃまなど、「お友達になれそうなタイプです」などとかぬかして下さるからです。

 場末の飲み屋なんかで土木関係の方がたと飲んでいると、酔った勢いで業界の裏側を喋ってくれるのですが、そりゃひどいもんです。検査を民間機関がやっているから今回のような事件が起きるのだ、というのはとんでもない間違いらしいです。
「今回の事件は今まで公的機関にやらせて発生していた汚職が民間の利益至上主義に形態を変えただけだ」と関係者は口をそろえるのです。
 さもありなんでしょう。汚職なんて既に平安のいにしえから当たり前だった伝統行事なのですから防ぐことは至難なのです。

「あなたはこんなマンションにお金を出して住みたいですか?」と問われた施工会社の支店長が、「もちろん偽装が分る前は買いたいと思いました」なんてヌケヌケと言えるのは、責任感がまるっきり欠如しているからなのではないでしょうか。
 こういう輩を何とか駆除したく思うHAL的提案は、農産物とかに、「私が育てた無農薬トマトです」と写真が添付されていたりしますよね。あんな風に「私が検査しました」とか、設計も施工も顔出しを義務付けるというのはどうでしょうか。少なくともこれなら証人喚問に呼ばれて、「記憶にございません」とか「担当者が誰だったか分りません」」なんて言い訳は通用しないでしょう。

 もちろんこんなことで業界の体質が変わることはないでしょうが、情報は隠すことが出来ないのだ、と知らしめる効果は期待できるかもしれません。
 ん〜、でも立法府からして隠し事が好きなんだから無理な注文かもしれません。いえその前に、証人尋問する側の議員がボンクラばっかりだった、と思うのは僕だけでしょうか?

 

2005年12月13日(TUE) 毛染めするというリスク
「三首防寒(さんしゅぼうかん)
 どなたの言葉か知りませんが、首、手首、足首をきっちり締めることが寒さを防ぐ効果的な方法なんだそうです。それはちゃんと分っていても、今日の泉北ニュータウンはいつにも増して寒く、散髪屋さんに歩いて行く途中で遭難するかと思いました。
 ただでさえ寒くて凍えそうなのに、この上に髪の毛を切るなんてとんでもないのですが、だからといってこのままで年を越せる筈もありません。
 ジョキジョキと鋏の音を聴きながら去年のヨンさま風髪染め事件を思い出していましたら、「今日帰ったら染めるんですか?」と散髪屋さんのお兄ちゃんに訊かれました。
 散髪屋さんって人の髪だけじゃなくて頭の中までが見えるんかいな? と疑いつつ、「う〜ん、でも自分でやってもうまく染まらないんですよね」と答えたら髪染めの奥義を伝授してくれました。

「お客さん、いつもどうやって染めてるんですか?」
「どうやってってぇ、普通に風呂を沸かしながら染めてるんですけどぉ?」
「あ、それがいけないんですよ。何よりも湿度が高いと染まりにくくなります。ですからこれから帰ったら先ず暖房を入れて風呂を沸かしておきます。次に髪をドライヤーで乾かして生え際にクリームを塗っていると部屋が暖まりますから、そこで初めて風呂ではなく部屋で髪を染め始めるんです」
 そうかそれでかぁ今までことごとく失敗を重ねてきた理由は! よし今夜こそは完璧に染めてやる。そう決意して散髪屋さんを後にしますと、頬に冷たいものを感じました。
 初雪! 毎年今頃になると髪を染めたくなるのは頭が霜降りになってうそ寒い感じになるのを無意識のうちに回避してたのだ、とやっと気がついたのです。

 帰って来てお兄ちゃんに言われたとおり、暖房、風呂、ドライヤー、クリームと進め、いつ買ったのか分らない「メンズビゲン」のキャップを取って頭に撫でつけ始めたのですが、なんだか忘れ物をしている気がするのです。
 僕は勘が良い方なのでこういった心の引っ掛かりはおおむね当るのですが、当った時には既に取り返しがつかないと相場が決まっております。果たして、服を脱がないで染め始めてしまっているじゃありませんか!
「汚れてもかまわない“前開きの服”に着替えて」と言われていたのをすっかり忘れてしまっていたのです。グレーの丸首セーターの下は同じくグレーのポロシャツ。その下は白のTシャツですから一大事です。
 どうしたものか考えているヒマはありません。染め櫛の第一投を終えたばかりの今ならまだ間に合う、と意を決して丸首を思いっきり広げてセーターとポロシャツは脱ぐことに成功したのですが、Tシャツまで脱いでしまったら寒くてやってられません。

 頃合を見計らって、後は風呂での洗髪を残すのみの所まで漕ぎつけましたが、今日の寒さのせいか風呂は十分に沸いません。仕方ないからシャワーを熱くして震えながら髪を洗いました。
 ですが風呂から上がればもうこちらのものです。あったかい部屋でドライヤーを髪に当てながら一仕事終えた充実感に浸る僕でしたが、鏡を覗き込むや否や希望が失せました。どうやら「メンズビゲン」が古かったらしく、染まりに今ひとつケジメが感じられないのです。
 にもかかわらず皮肉にも脱いだTシャツは言うに及ばず、セーターとポロシャツもキッチリ染まり上がっているではありませんか。

 そうか、慌てて脱がないで、髪を洗い流してから脱いだって良かったんじゃないか! と気がついたのは、服をゴミ箱に放り込んだ後のことでした。

 

2005年12月12日(MON) 中国人さまのおかげで命拾いしてます
 パソコンをつくえの左側から右側に移動させるだけで大仕事になってしまいました。古いほうのスーパーコンピューター(図体がスーパーという意味)の裏側はホコリだらけなので、先ずは掃除から入らないといけないのですが、やっているうちにパーツまで取り外してクリーニングしてしまいました。

 まあそこまでは良かったんですが、取り外したパーツを新しい方へ付けようと思ったら、サイズが合わないということに気がついて愕然となり、なんとかしようともがいているうちにパソコンを床に落としてしまったのです。これには泣きました。いえ、足の上に落としたのではなくカーペットの上だったのですが、プラスティックの破片を見つけたからです。

 こんなことなら足の上に落ちてくれたらよかったと思うのですが、80cmの高さから落ちてくるパソコンを受け止めたら骨折の可能性も大いにありそうですからやっぱり床を直撃の方が良かったのでしょうか。
 パーツの移行は諦めて、とりあえずWindows2000をインストールしてみたらちゃんと動いてくれてホッと胸をなでおろしたのでした。

 そうですね、ここまでなら今僕がいだいている空しさには決してリンクしなかったでしょう。全ての作業は上手くいって、懸案だったシミュレーターソフトも動かせたのですが、それが何だっていうの? と思うほど今となっては陳腐なソフトでしかないことが分ったのです。あの手のソフトでは未だもって最高峰かもしれませんが、同じ機能はプレステの1000円ソフトであがなうことが出来そうなのです。

 何十個ものドライバーやソフトを目的のソフトが動かせるまでインストールし、そのたびごとに再起動をかけてBIOSもいじりまくって、どうだ僕はすごいことやってるんだぞ! なんて陶酔しながら困難な道を歩んだというのに、頂上に着いたらそこは天保山(大阪にある海抜4.5mの日本一低い人工の山)だった、というのに似ています。泉北の裏山で遭難しかかっていたようなもんです。情け無いことおびただしい体たらくです。

 そんなわけでモティベーションがボトムから回復しないままなんですが、中国製のウィルスソフトは使えそうだということが分ったのは不幸中の幸いです。なんといってもこのソフトは当面無料なんですよ。で1年後にはたったの500円で更新が出来るんです! 店頭でも500円なんですから、騙されたと思って騙されてみるのも良いかもしれません。

 またこのメーカーのサイトに「KIS助け合い掲示板」というのがあって、質問する方も回答するメーカー側もアマチュアっぽくてほほえましいです。レベルが僕なんかに丁度合っている感じで実に分かり良いのです。
 無料のウィルスソフトは今までにも有ったのですが、日本語が使えなかったりサポートが無かったりでしたから、これはありがたいです。中国人に屈したなんて思わないで喜んで使わせていただきます。

 

2005年12月11日(SUN) 要は場数ですか、蕎麦打ちとか?
 忘年会なんて忘れたいことが山ほどある人たちの催なのだから年に1回で十分だろうと思いませんか? なんて今年は一件しかお声が掛かっていない負け惜しみを言ってみたくなる僕ですが、菩提寺の御住職はこの季節になると引っ張りダコになるらしいです。毎年カラオケで自慢の喉を披露しては喝采を浴びておられるお坊さまですが、今年は目新しい出し物に挑戦しておられるようで、“女装”もレパートリーに加わったやに聞き及んでいます。

 出し物といえば僕だって少し楽器を習ったことがあるので、何か集まりがあったら嫌がられない程度に演奏して芸NO人様方をだまくらかして来ましたけど、今年の忘年会は蕎麦を打つのですから下手は打てません。確かに相手は蕎麦打ちの素人かも知れませんが、蕎麦食いに関しては一家言ある方ばかりなのですから。
 
 蕎麦打ちで思い出すのは僕の送別会で先輩が蕎麦を打ってもてなしてくれたことですが、その先輩も初めのうちはかなり苦労したらしく、「上手くつながらない」とこぼしていました。今僕が蕎麦を打つようになって思うことは、蕎麦打ちは簡単ではないけど、とんでもない失敗は考えにくい、ということです。
 それなら先輩がした原因はどこにあったのでしょうか。きっと蕎麦粉が良くなかったのだろうと、2箇所のスーパーで違う粉を買って打って試してみましたら、美味しくはなかったけどつながらないほど粗悪な粉はありませんでした。それに気を良くして忘年会に出すのは十割蕎麦と決めた次第です。

 昨年の菩提寺で行われたOFF会では蕎麦僧正さまに十割蕎麦の味を教えていただいて、その美味しさに魅了された僕はついに自分で蕎麦を打つ決意をしたわけですが、ひょっとしたらこれもそろそろ芸の内に入れても良いのでしょうか。
 蕎麦打ちに失敗した時のバックアップとして、スーパーの「生蕎麦」を用意しておきたくはあってもプライドが許さないばかりか、上手くいって当たり前と思われるでしょう。さりとて失敗したら「役立たず」の汚名を着せられますので、リスクは計り知れません。

 とはいってもいつの日にか「発表会」という本番を迎えるときが必ずやって来るのは覚悟してます。同じように菩提寺のお坊さまも今年は勉強し始めたばかりのアルトサックスの演奏をどこかで披露されるのでしょうか? 
 人前に出て説教するのを“なりわい”とされているお坊さんであっても、いくらかは緊張はされることでしょうね。
「かくし芸発表会のOFF怪」みたいな催しを企画してみたいもんです。

 

2005年12月10日(SAT) 交通事故にも喜びが?
 先生も走り回る師走、とはいっても僕の親方様は年中お尻に火が点いたみたいに走り回っているので、いくらお元気といってもお歳なのだから、年の瀬くらいゆっくりされれば良かろうに、と気遣わずにはいられません。
 年越しまでカウントダウンが残り21日となった今日、街には走り回る先生方が溢れていました。そんな中で僕が運転する車の4、5台前方で女の子の運転する車がタクシーにオカマをやってしまったのです。
 事故った瞬間を見ていないのですが、はた目はそう見えたのです。でもタクシーの方も交差点の中で不自然な停まり方をしていましたから、タクシー側にも何らかの過失が有ったのかも知れません。

 交通事故というのはいつでもそうですが、起こった後の事故現場を見ただけでは、「いったいどんな事故り方をしたらこんな派手な有様になるんだろう?」と、発生した状況を素人には想像しにくいものです。
 もしどうしても事故の真相を知りたければ、「魔の交差点」と呼ばれる所で待ち構えていれば、あるいは目撃者に選ばれて真相が分ることもあるでしょう。ところが1年半ほど前に、そういった魔の交差点で僕は自ら事故を惹起するという幸運に見舞われて、「なるほど、こういう理由で事故が発生して、その結果がこうなのか!」と、真実を探求できた喜びに打ち震えたことがありました。

 今日僕が車で走り回っていたのは、発注していたパソコンのパーツが入荷したので引き取りに行って来たからですが、帰って来たら何か荷物が配達されました。
「記念品? あ、これって童話の公募に落選したやつじゃないか!」
 すっかり忘れていたのですが、公募の参加賞が送られてきたのです。記念品だからきっと百均で売っているような安っぽいものだろうと思っていたので何も期待していなかったのですが、意外に良い物で驚きました。

 記念品を手にとってしばらくほくそ笑む僕でしたが、時間が経つに連れて段々情けなくなってきました。いくら良い品を頂いても、落選した慰めにはならないのです。それどころか忘れていた悲しみが記念品を見ているうちに蘇るだけでなく、腹立たしさが滲み出してくるではありませんか。
「いったいどこが悪くて落選したのかくらい教えてくれてもいいじゃないか!」
 もはや怒りを通り越して、逆恨みさえ抱き始める始末です。
 交通事故なら自分の過失は明らかになる訳ですから納得も出来るんですが、現場検証とかで警官にとやかく言われたら腹が立つのと同じで……。
 やっぱりぐちをこぼすのはやめておきましょう。そんな過ぎ去ったことよりも、次回の教室には頑張って何か提出しないと、また親方様の愛のムチが!

 

2005年12月9日(FRI) 師匠に恵まれました!
 このところたびたび知人から、「またあの店に飲みに行こう」と電話がかかって来るようになりました。あの店というのは50才前後のお母さんと息子さんが明け方まで頑張っている炉端っぽい居酒屋さんで、二人とも愛想が良い上にお母さんは美人ときている有り難い店のことなのです。
 更には、「旦那を放り出して今は独り身なのぉ」と、ママさんが意味有りげに微笑んだりなさった日にゃ、「これは放っておけんなぁ」と、同じく独身の知人が心動かされるのも道理で、僕を誘うのも分ります。ですがこちらもそうそう毎日彼に付き合ってられませんので、「まだ一人で行かれへんの?」などと意地悪を言いたくなってしまうのです。

 居酒屋を大きく分けたら2種類しかないと思います。一人で飲みに行く店と、誰かと同伴して飲む店です。無論僕の少ない経験則ですから異論も多々あるでしょうが、仮にそんな暴論が許されるなら、“あの店”は後者の、一人では行きにくい店なのです。
「一人では行きにくいし、かといって女を連れて行ったら全ては水の泡になるし、手をこまねいているわけにも行かず、下手に男を連れて行くと油揚げを持っていかれそうで心配だ。仕方ないから安全パイのHALでもダシに使うとするか」と、これが真相なのでしょう。

 世の中のお師匠さまと呼ばれる人種を大きく分けたら2種類しかいないと思います。拝金主義的で権力志向の大先生タイプと、理想主義的で権力に恬淡とした在野の伯楽タイプでしょうか。
 これがもし漫画のストーリーだったら、最後に勝利を収めるのはおおむね後者と相場は決まっているのですが、現実の世界でならやっぱり寄らば大樹の陰。業界に幅を利かせる大先生の門下に名を連ねることが出来ただけで将来は約束されたようなもんです。
 しかしそうはいっても大先生の門下生となると、それなりの対価を支払う必要があります。例えばピアノの先生なら、「ピアノはどこそこの楽器店のこれこれの物を買いなさい」と、細かく指示があって、もちろん先生へのキャッシュバックは織り込み済みという寸法なのです。
 
 恥ずかしながらこの歳になってもまだ師匠に教えを請わねばならない僕ですが、バイオリンのお師匠ちゃまはまだ駆け出しなので、週に一度おじさんが遊びに来てくれている、と思っているフシがあって、まだどんな先生として頭角を現すのか分りませんが、これから良い弟子に恵まれることを祈っています。 
 一方童話の親方さまはどこから見ても、誰が見ても在野の名伯楽といったスタンスの方です。こういったお師匠さまは弟子の面倒見が良い反面とても厳しい傾向にあって、昨日僕が日記に書いたことについてすぐさまコメントを頂いただけでなく、折に触れて愛のムチをメールで飛ばしてくださる、有り難くも厳しい対価を払わなければならないのです。
 どちらのタイプが良いとか悪いとかではなくて、師弟の相性なのでしょうね。

 

2005年12月8日(THU) みのもんたのどこが改革じゃ!
「NHK、紅白司会は4人に。仲間由紀恵さんと山本耕史さん追加起用」
 あれ?  司会はみのもんたさんと山根基世アナじゃなかったんかい。司会ってそんなに大勢いるのか、と思ったのは僕だけでしょうか? 
 皮肉で言ってるんじゃなく、本気なのです。というのも、僕は子どもの頃は紅白歌合戦が始まるや否や寝てしまったし、大人になったらあの時間帯はほとんど酔っ払ってますから、未だかつて紅白を最後まで観た記憶が無いのです。

「かあちゃん、なんで起こしてくれんかったん。紅白観んと学校でみんなと話ができん!」
 毎年のように母をなじっては悔やむのですが、本当はたぶん寝ている僕を起こそうと努力してくれたに違いないのですが、僕の目が覚めるのは決まって「行く年来る年」が始まる頃でしたから、赤組白組のどちらが勝ったのかなんて分るはずもありませんでした。

 最近のNHKにはちょっとムカついてます。今まで民放より音量が低かったと思うのですが、このところ逆に教育テレビまで他局より大きい音になったような気がするんです。それはまあいいでしょう。だって一々ボリュームを調整しなくていいのですから、と好意的に解釈していたのですが、民放のコマーシャルのレベルまで大きくされたら困るんです。
 そんな部分に文句を言いたいのじゃなかったんでした。番組のありようにムカついてるんでした。例えば「今日の料理」ですが、レシピの通りにやっても美味しく出来ないじゃないか! っていうか、なんで料理人じゃなくて芸能人に料理を教えてもらわなやならんのだ、視聴者をナメとるのか? と言いたくなってしまいます。

 今日は童話教室の日でしたが親方様の声が風邪をひいたみたいに変なので、「鬼の霍乱ですか?」とお訊ねしたら、ただの喋り過ぎだそうで、心配して損をしました。あちらこちらで講演をなさっておられて喉に負担がかかったのでしょう。
 その忙しい親方様は明後日に出版記念パーティーを控えておられてますが、その前に教室で花束を贈呈して皆さんで写真を撮りました。いうなればパーティー前のウォーミングアップでしょうか。

「船頭多くして船進まず」という格言があるように、僕が所属する童話教室のように親方様みたいに強大な権力者の支配するコミュニティでは何でも上手く進むのですが、今年の紅白歌合戦みたいに司会者が4人もいて上手くことが運ぶんでしょうか。
 あまつさえ、みのもんたさんが自身で売り込んだ司会だとあっては現場に混乱を持ち込む可能性も考えられます。毎日放送で失敗した轍を踏まないようにと願う人は多いでしょうが、みのもんたさんで世間の人は喜ぶんでしょうか。
 ひょっとして、視聴者に媚びることが改革だ、とNHKさんは勘違いしてはいませんか。他にもっと改革すべきことがありませんか。もしろ不祥事隠しに思えますよ。視聴者を愚弄するのも大概にしてほしいです。
 とはいっても、やっぱり僕は紅白を観れないと思いますけど……。

 

2005年12月7日(WED) 決まり手は、決まり手以外の部分
 毎日コーヒーやワインを飲んでいるのに、これらの味覚にすっかり自信が無くなってしまいました。というのも先日から好んで買っている赤ワインはボトル468円のものですし、コーヒーは500gで498円なのですが、驚いたことにこれらが口に合うんです。ボージョレー・ヌーボーよりも、ブルーマウンテンよりもこちらの方が美味しいと思うのですから貧乏人は悲しいです。

 いつだったか、芸能人に高級ワインと安ワインを飲み比べさせて、貧乏芸人とセレブ芸人を分類するテレビ番組を見ましたが、あんなもの間違える筈無いだろうと思いましたのに、果たして有名芸能人たちは真っ二つに割れてしまったのです。
 ワインなら好みもありますから間違えるのも仕方ないですが、その番組の次の問題はバイオリンの良し悪しでした。億単位のバイオリンと安物のバイオリンを弾いて聴かせ、どちらが億のバイオリンかを当てるのですが、僕は外れてしまいました。

 テレビで聴いたって分る筈無いって! と言い訳がましい負け惜しみを余儀なくされた僕ですが、本当いうと僕は億の値がするバイオリンの音を生で聴いたことが無いのですから分かるはずもありません。よしんば聴いたことがあったとしても、今のお師匠ちゃまと前の師匠が覆面をして安物と億のバイオリンをとっかえひっかえして弾かれたなら、僕にはまず当てられないと思います。

 それで思い出しました。やはりテレビ番組で、覆面剣士(剣道の)に素人が挑戦する企画がありましが、誰もが覆面剣士の前に敗れ去ったのでした。やらせかも知れませんが、あの剣士が誰なのか、謎の最強剣士の素性を知りたいと憧れたものです。
 もしこれが相撲だったら最強は朝青龍なのですからいくら覆面をしたってばれますが、もしバイオリニストだったなら、五嶋みどリと庄司紗矢香が覆面をして演奏されたら、僕はどちらに1万円払うべきか迷うことでしょう。いえ、どちらにも1万円払いたくなるかもしれません。

 二人はどちらも美貌とは形容されないし肉体派でもないですから、ビジュアルの面ではアドバンテージの無い方といってもかまわないでしょうが、聴衆は演奏以外のプロパティに期待して評価するのですから……。早い話が、なんか訴えるものが無いと金は稼げないということでしょうか。
 みもふたもない言い方ですが、人が何かを評価する上で決め手になるのは、結局そこのところの「プラスα」なのではないでししょうか。
 でもやっぱり僕は評価する基準が低いようなので、何もかも安いもので今ンとこ十分かもしれません。

 

2005年12月6日(TUE) 子孫たちの礎に、何で僕が?
「イタリア産完熟トマトを使用したトマトソースに、クリーミーモッツァレラチーズをのせ、バジルのアクセントを加えました」
 セブンイレブンで買った「マルゲリータ」の能書きを読んで、ピザの中では最もシンプルかも知れないけどこれが一番すきなんだよな、なんて考えながら電子レンジで暖めようと扉を開けて血の気が引けました。既に先客が鎮座していたのですが、それが他でもないセブンイレブンの「マルゲリータ」だったからです。

 思えばこのところ蕎麦ばかり食べていたので、これがいつレンジの中に入れられたのか、いえ僕自信が入れたのかすらあやふやで、きっと酔っ払って一旦はチンしたに違いないのですが全く記憶にありません、ということは……。考えるのをやめてしまいました。
 カビの生えたチーズは大好きでしょっちゅう食べてはいても、腐ったチーズというのを見た記憶がありません。ということはチーズは腐らない食品なのでしょうか。
 それなのにカマンベールチーズを食べている僕を見て、「カビが生えて腐ったチーズなんて良く食べられるな」という人がいますけど、その人たちにウォッシュタイプのカマンベールを食べさせてやったらなんていうでしょうか。きっと食べる前にゲロ吐くと思います。
 
 先日のこと、場末の飲み屋で腐ったハタハタの臭いを嗅ぎました。紛れもなく腐った魚のニオイで、こりゃだめだな、と思ったのですが、念のためにマスターに嗅がせましたら、あのマスターさえ、こりゃいかん、といって捨てたほどでした。
 加熱したら大丈夫だ、という意見もありましたが、O‐157のような菌が出す毒素はダイオキシンなどと同じで、加熱しても無毒になることは無いのだそうです。フグ毒が鍋で食べても中毒になるのと同じでしょうね。

 しかしあれは確かに腐ったハタハタだったかも知れませんが、くさやの干物より臭くはなかったのです。すると我々はいったいどこで腐ったものと、そうでないけど臭いものの判断をするのでしょうか。もしニオイで判断できるのだとしたら、食中毒にかかる人はもっと減るんじゃないでしょうか?
 人は全ての食品を経験則で食べられるか否かを判断できるというなら、仮に新鮮なハタハタに何かの拍子でくさやの臭いが付いていたらどうでしょう、ウォッシュチーズの臭いが付いていたらどうでしょうか、きっと捨ててしますよね。
 あのハタハタは表面がびらんしてましたから腐敗していた可能性は高いですが、ひょっとしたら新たな発酵食品を僕たちが発見した可能性も否定できません。人類はこうやって進歩してきたのですからトライしてみる価値はあったかもしれませんが……、やっぱ無理だわ!

 

2005年12月5日(MON) 他人のふんどしで相撲をとる中国人
 中国で北京オリンピックのロゴマークやマスコットが発表されるや、5日後には偽物がゾロゾロ巷に溢れるようになったそうです。その中には実際に有る筈の無い商品も含まれるといいますから、全く商魂たくましい国民性です。
「あの国は共産主義じゃないと統治するのは難しいと思うよ。だって血液型B型が多い国やからね」
 友達のB型人間の言うことですから、妙に説得力があるなと思いつつも聞き流していたのですが、今になって実感している次第です。
 しかし本当にそうでしょうか。かつては儒教思想で統治した時代もあったのですから、その時代に回帰したら上手くいくんじゃないかと思ったりもしますし、実際に「法輪功」という仏教から派生した団体が共産党員を上回る数の信徒を組織しているらしいです。

 先日オークションで購入した中国製のラジコン飛行機が届いたのですが、思っていた通りあちらこちらをいじらないと使えそうにない物でしたが、驚いたことにはフライトシミュレーターというソフトが添付されていたことです。
 なぜ驚いたかというと、そのソフトはドイツの青年が作ったフリーソフトで、それを簡単に使えるように日本人が開発したフリーソフトを、そっくりそのままホームページからダウンロードして自社製品のPRビデオを抱き合わせてCDにしているのです。
 まあフリーソフトなんだから、このソフトを知らない人に周知する意味では親切かもしれませんが、一種のオマケ商法に酷似している感は否めませんっていうか、使えると書いておきながら使えんじゃないか! と私事に憤っているだけのことです。

 さて今、日中韓合同で、「墨攻(ぼっこう)」という映画が撮影されているのだそうで、これに僕はかなり期待しています。
 紀元前の中国を舞台に、私利私欲を捨てて他人のために働くことを生きがいとする「墨者」という謎の集団があったらしく、彼らがもっぱら城を守るために活躍したところから、命がけで何かを守ることを「墨守」言うようになったのだそうです。
 原作は日本人で漫画化されて静かな人気がでました。映画をどちらのバージョンで撮るのか知らないですが、僕としては漫画の方が数倍面白かったです。

 それにしてもこの映画も日本人が作ったものを基にして撮影するのですから、中国は他人のふんどしで相撲をとる癖直せよ! と言いたくなったところで気が付きました。日本はこの2000年の間ずっと中国のふんどしで相撲をとってここまで来たわけですから、10年や20年くらいふんどし貸してあげたって罰は当らんですよね。それに相撲のふんどしだって何の生地を使っているか知りませんが、もしかしたら中国製かも知れないですしね。

 

2005年12月4日(SUN) バックアップのほしい情け無い僕
 誰の小説だったか忘れましたが、実現しそうにないけどちょっと面白い話を、顔の移植で思い出しました。こんな話だったと思います。
 仮に鳥越という男ががスナックに行って、実在しない筑紫という男をでっち上げて、あいつは自分の友達だとホステスに喋るんですが、次の日には筑紫という男に変装して同じスナックに行って女の子たちに鳥越の話をして聞かせます。
 これを何日も繰り返すと、ホステスさんたちは筑紫と鳥越が友達だと信じ込むでしょうし、二人がその店で仲良く飲むことが何度もあったと錯覚するようになるでしょう。その頃を見計らって、架空の人物である筑紫に扮した鳥越が何か犯罪を犯すのですが、筑紫は実在しないのですから事件は迷宮入りになるだろうというのです。

 僕もこんな風に人格を使い分けることが出来たら素敵だとは思うのですが、やっているうちにどちらの人格だったかこんがらがってしまうんじゃないかと、やる前から心配になってくる小心者です。
 ですがこれに似た現象は良く体験します。長年同じ飲み屋に通っていると、友達付き合いまではしなくても、飲み歩く仲間がたくさん出来ますが、K1ファイター武蔵のお父さんと飲んで息子自慢を聞かされていると、いつの間にかお父さんが場末の飲み屋に武蔵を連れてきて、僕も一緒に飲んだことがあるような錯覚に陥っていたりします。

 あるいは僕が仲が良いAさんとBさんがいたとして、僕はお二方とも仲が良いので、AさんとBさんも知り合いだし、当然互いに仲が良いものだと錯覚していても、実は犬猿の仲だったりして驚くことがあります。
 昨夜がその良い例でして、場末で蕎麦パーティーをやったまでは良かったのですが、自分の役目が終わった僕はAさんと別の店に出かけました。そこへBさんがやって来て仲良く三人で飲み始めたまでは良かったのですが、酒が回ると何かの拍子にBさんがAさんに対して爆発! 別の店で二人っきりになってBさんをなだめるのに1時間かかり、そこで知らないお客さんに焼酎を奢られ、やっと落ち着いた頃には東の野にかぎろひが……みたいな。

 蕎麦パーティーは僕的には失敗でした。1kg1000円(ちょっと高い)の蕎麦を奢ったのですが、打っているときに既につながり難さを感じ、ゆでてみるとボソボソと短く切れてしまいました。細く切りすぎたのもあるのですが、今まで打っていた500円のものに比べると、切る時にかなりなロスが出ましたし、そのロスは再生が出来ませんでしたから、蕎麦粉に問題があるのかも知れません。
 僕の送別会で先輩が蕎麦を打ってくれたのですが、彼は失敗した時のバックアップとして市販の「生蕎麦」を用意していたのを思い出します。そこまで失敗はしない自信はあるのですが、蕎麦の出来不出来は粉に左右されるところが大きいようです。

 昨夜AさんとBさんを引き合わせて飲んだのは間違いだったようで、刃傷沙汰にならなかっただけ幸いです。ひょっとしたら僕は飲む人毎に人格を使い分けているのかも知れませんが、僕と酒席を共にしたがる人たちは僕に何を求めているんでしょう。良く分からないのですが、とりあえず失敗したときのバックアップだけは用意しておきたいと思います。

 

2005年12月02日(FRI) 顔の移植って本当に出来るんだ!
 フランスの医師団が顔の移植手術を実施した、というニュースを見ても意味がさっぱり分りません。どうも舌まで移植したらしいのですが、果たして神経がつながるんでしょうか? まぶたを閉じる時に頭で考えなくてもちゃんと閉じれるんでしょうか。
 笑うときに、「先ず頬っぺたの筋肉を持ち上げて……」なんてやってられないんですから、本当に機能するようになるのか信じられないです。でも今の医術でもしそんなことが可能なら、将来には脳だって移植出来るようになるのかも知れませんので、不老不死を切望する人からは熱烈な支持を得られるに違いありません。

 不老不死といえばなんといっても秦の始皇帝の命を受けて不老長寿の秘薬を求めて日本にたどり着いたとされる「徐福」さんがつとに有名ですが、中国では神武天皇こそが徐福であるとしているのだそうです。しかしこれでは日本の兄貴分を自認する韓国が黙っているわけがありません。
「桓武天皇のお母さんは百済の武寧王(ム・リョン・ワン)の子孫なんだから、天皇は韓国人である」と主張されているようです。
 まあそうかも知れませんし、倭寇が朝鮮半島で婦女子を拉致していたらしいでから、日本は単一民族とはいえるのかどうか怪しいもんです。それに元をたどれば日本人も韓国人も中国人も、どのみち北京原人あたりに行き着くんでしょうから、人種の違いなんて大した問題じゃないように思います。
 
 NETオークションで誤ってラジコン飛行機を買ってしまいました。酔っ払って帰って来て、ポチッと出来心で入札してしまったのです。そしたら出品者からメールが来まして、振込先を見たら日本の会社らしくない名前でした。
 日本は世界に名だたるラジコン王国で、用品の生産は言うまでもなく、飛行機やヘリコプターを飛ばす競技会でも常にトップ争いをしているほどの強国なのですが、無線機やヘリの設計は日本であっても、実際に生産しているのは台湾だったり、台湾は中国でアウトソーシングしてたりするのです。

 以前にバイオリンを落札したときも振込先は中国人っぽい口座名でしたから、NETの世界でも中国が躍進著しいようです。それも当たり前で、なんといってもラジコン飛行機一式で9700円という安さなのですから、売れないほうがおかしいくらいです。
 でも残念ながらバイオリンもラジコンも安過ぎるものは出来が良くありません。特に模型は日本製をコピーしたものがほとんどで、設計ミスの部分までコピーした挙句、品質管理に手を抜いているのですから良いものが出来ないのです。
 しかし後10年もしたらオリジナルで素晴らしい商品が発売されるようになるに違いありません。そして中国とインドは軍事演習したりしてこのところ仲が良いみたいですから、その製品には、「MADE IN INDIA」と印刷されていることでしょう。

 インド人と中国人は明らかに人種が違うのに仲良くできるんだったら、共通の祖先を持つ日本人とならもっと仲良くできるでしょうに。靖国問題をいつまでも持ち出して脅迫する中国政府のお偉方はそろそろ頭の移植を考えた方が良くはありませんかねぇ。

 

2005年12月01日(THU) 蕎麦と日本酒の相性
 蕎麦の基本は二八、つまり蕎麦粉80%につなぎ粉として小麦粉(中力粉)20%の割合でブレンドします。そこに42%から45%の水を加えて練るのですが、うどんのように塩は入れませんので、この水加減ひとつで蕎麦の出来が左右されます。
 うどんは打ったことが無いので分かりませんが、足で踏んで練ると聞きます。ですが蕎麦は手で練るもの、と思い込んでいたら、蕎麦打ちにも様々なアプローチがあるようで、足で踏んで練り、普通の菜切り包丁で切るプロもいるそうです。

 どんなものでも同じですが、自分で体験してみて初めて、あ、そ〜いうことか! と納得することが良くあります。それはいくら本を読んでも書かれていない門外不出の奥義とか、書くまでもないい些細で決して重要ではないことなどです。
 例えば蕎麦粉というのは1kg単位で小売されているのですが、小麦粉も同じ1kg単位なので当然小麦粉だけが余ることになります。それは良いのですが、実は蕎麦粉も余ってしまうのです。僕は500gの蕎麦を打つことにしてますので、蕎麦粉は400gを1回で使いますから、1kg入りの粉を2回打つと200g余ってしまうのです。
 それなら蕎麦粉500gで小麦粉を125gでやれば良いじゃないかと言われますが、これが意外と難しい話でして、それぞれの道具が625gを打つには小さ過ぎるのです。こんなこと蕎麦打ちを始める前には考えもしませんでした。

 蕎麦粉が余れば保管しておいて、次に買う1kgに混ぜれば良いように思いますが、そう簡単にはいきません。コーヒーと同じで蕎麦粉も保管は冷凍庫に入れなければ鮮度が保てず、蕎麦がつながらなくなってしまいますし、、今のところは色んな粉を試してストレートで味わってみたいのです。
 そんな理由から余った200gの蕎麦粉で、あこがれの十割そばに挑戦してみました。確かに小麦粉が入っていない分つながりにくいのですが、上出来とは言えないまでも、思っていたほど困難ではありませんでした。3人前なので自分で消費出来ましたし、それなりに満足しております。

 さて蕎麦パーティーの開催場所ですが、場末の飲み屋に打診したらマスターが快く引き受けて、客から金を取ろうと言うではありませんか。さすがにそれは断りましたが、僕の飲み代くらいは只になるそうで、うれしい限りです。あとはそろそろ旬のハタハタとかホッケと上質の日本酒があれば言うことはありません。芋焼酎も良いですが、既にマイブームでは泡盛も終わっているので日本酒に回帰したいです。
 蕎麦には蕎麦焼酎が合うように言われますが、美味しい蕎麦焼酎を飲んだことが無いので、日本酒をぐいっとやりたいです。自分でやり始めて初めてこの喜びを知った次第です。

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2005年12月日()