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HAL日記


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2005年7月31日(SUN) 日記をエッセイにする錬金術、欲しい!
 月末締め切りのエッセイ公募が二件あったので投稿した。どちらも採用されたって金にはならないのだが、毎日書いている日記から抜粋して、応募要項に従ってリメイクしているだけのことなので、造作も無いといえばそうなる。
 
 日記もだが、童話も同じことを書いている人が既におられるのではないか、と心配になることがある。先日応募した5枚の童話にしたって、僕が思いつくようなことなら、誰かがとっくに作品にしたてているに違いない。そうお師匠さまに述懐したところ、「自分で書いておきながら、自分で読んでも面白くて、これは傑作だと思っていたら、そっくりな話が既に映画化されていて没になったことがある」という話をして下さった。
 プロであるお師匠さまでもこんなことがあるのなら、現代のものは言うに及ばず、古典の童話すら読まない僕がエラーを仕出かすのも仕方ないだろう。

「君が日記に書いていることは、既に儂が20年前に著しておる」
 僕の日記を読んでくださった方が著作物を送ってくださり、読んでみると一部に僕の日記と寸分たがわぬ論旨が展開されていて、とても驚いたことがある。
「そうか、専門家と同じことを考えていたなんて、僕もなかなか大したもんじゃないか」
 とまあ、一人でほくそえんでいたのだが、もしああいったことが公募なんかであったらどうなるのだろう。二重投稿なんかと同じで、筆者の良識が問われることになるのだろうか。

 映画、『ジュラシック・パーク」は僕的にいえばとても奇想天外で、初めて聞いた話だったので面白いと思ったが、同じ大ヒットした映画でも、『ロード・オブ・ザ・リング』は、ストーリーとしては、誰でも知っているような神話がベースになっているのだから、映画の面白さは別にして、崇敬に値しない。またスターウォーズも大好きだが、あれのベースは西部劇じゃないか。
 そう考えてみると、奇想天外でオリジナリティー溢れる楽しい作品が一番良いに決まってはいるが、ストーリー云々というより、いかに読者や視聴者を楽しませることが出来るか、と言う点で作品の評価が決まるのかも知れない。これなら僕の凡庸な作品にも目があるかもしれない。ちょっと気が楽になったかも。

 

2005年7月30日(SAT) 粗食は人を育む
 せっかく続けてきた断酒も、ショットバーでライブ演奏を聴きながらの解禁となった。
 バーに入ると待ち合わせした酒盗りTEL師と弟子の奈美さんが既に陣取っている。
「最近は冷麺ばっかり食べてるらしいな。そんな貧しい食生活に甘んじてないで、これでも食べて精をつけたまえ」
 僕の食生活は奈美さんにとやかく言われる筋合いのものでもないので、是非とも放っといてほしいが、天然物の鰻をお土産にくれるとおっしゃるのでありがたく頂いた。

 思えば去年は鰻が安かったので調子に乗って食べていたら、精がつかないばかりか、ぶくぶく太り始めるわ、血圧は上がるわで、えらい目に遭った。それだけならまだしも、非常に不味いやつに当ってしまって、「もう二度と鰻なんか食うもんか!」と誓った苦い記憶がよみがえる。
 しかし今年は鰻が品薄らしい。近所のスーパーでは値が高いだけでなく早々と売り切れたりしている。去年の誓いを忘れて、ちらりちらりと横目で鰻コーナーをみながらよだれを流していたところだったので、鰻のお土産は大層うれしかった。

 去年といえば、遍路のお接待で頂いた朝顔の種を蒔いたらちっとも大きくならず、元気の無い花をわずかに咲かせただけで枯れてしまったのを思い出す。
 きっと種を蒔く時期が遅れたか、水をやり過ぎたせいだ、と思っていたので今年は早めに蒔いたのだけど、やっぱり生育が良くない。いっしょに育っているミャンマーの豆のマッペ、(名前をジャック)も同様に発育不全に見舞われている。
 朝顔なんてその辺の痩せた土でもジャンジャン育つはず。僕のプランターの土は園芸店で購入した、『野菜用御高級土』なのだから悪かろう筈も無い。それなのに一体どうしてこんな有様なんだろう。

 色々考えていて、ひとつの結論に達した。野菜用の土だけだと少なすぎたので、堆肥も買って混ぜたのを思い出した。肥えた土ならその分良く育つに違いないと思ったのが間違いかもしれない。堆肥が必要になるのは、植物が実をつける時期、つまり最も栄養を必要とする頃なのであって、双葉の頃にそんな豊かな土壌は必要ないどころか、成長を阻害する毒にすらなりうるのではなかろうか。
 いまさら土壌を改善しようとしても無理かもしれない。朝顔はこのままでも花はつけるだろうし、マッペが実る頃には施肥が必要になるのならこのままにしておこう。

 土壌、どじょう、と考えていたら、岐阜のナマズが外来種を規制した法に触れるとかで稚魚が入手できず、養殖が危機に瀕している、というニュースを聞いた。岐阜名物のナマズは、千葉あたりから稚魚を買うのだそうだが、その稚魚がアメリカナマズだというのだ。
 おっと、どぜうやナマズじゃなくて鰻の話だった。つまり人間もあんまり飽食に耽っていると、僕みたいに成人病の危険に曝されるということだ。長生きしたければ、清浄な環境での粗食と、なおかつ少しだけ厳しい気象条件の土地が良いという研究結果もあるらしい。
 また来週からは粗末な食事に戻ることにしよう。

 

2005年7月29日(FRI) コンビニで断酒解禁
「オープン記念セール、手巻きおにぎり135円のところを50円引き、三角サンドイッチ240円のところを50円引き」ときたらこれは安い! 車で通るたびに、いつかいつかと待ちわびていたコンビニがやっとオープンするらしく、ポストにチラシが入っていた。
 
 10年も前のことだったか、四国の中村市(だったと思う)にローソンが開店して、地元の生活が変化した様子をNHKがリポートしていたが、今では西瀬戸自動車道(しまなみ街道)の橋桁の一部を担っているような僕の田舎でさえコンビニが何件かある時代だから、何も首を長くして待つことも無かろう。だが今日オープンするのは、大手コンビニ8チェーンの中でも、下位にランクされている、ミニストップなのだ。

 泉北ニュータウンに初めてコンビニが出来たのがいつのことか知らないが、気が付いたらローソンやファミマのような関西に多い店ばかりだったのに、このところセブンイレブンの出店が目立つようになってきた。
 ローソンにもファミマにも飽きてきた頃だったからセブンイレブンはありがたかったけど、これほど増えてしまったら有り難味もなくなってしまう。そこへマイナーなミニストップだからうれしい。何がうれしいといっても、ミニストップの食品は酒が飲めるものが多いのだ。地域性もあるのだろうが、なぜかセブンイレブンには酒の肴になりそうなものが少なくていけない。

 ニュータウン内は住宅専用地域とあってか、コンビニとかの店舗が少なくて困る。出店したら儲かるのは分っていたとしても、近隣住民の苦情対策が大変に違いない。24時間営業が当たり前になってくるとますます出店に障害があるのだろう。だから今度出来たのも周辺に何も無い所の筈だったが、この先には住宅開発見込める土地のようだ。

 それはいいけど、僕が断酒を決行している最中に、酒飲みに都合の良いこんなコンビニが開店せんでも良かろうに。しかも明日はショットバーでライブときている。禁酒でなく、断酒と銘打っておいて良かったよ。危うくポリシーを失うところだった。

 

2005年7月28日(THU) 携帯いらぬ羽生4冠
 今さら、「何のために携帯電話を持つのか」といった調査がされているのも不思議な気がする。親は子供に、「緊急時のために持たせたい」といい、子供は、「友達とのコミュニケーションを図るために持つのだ」と主張するが、両者とも間違いではない。どちらに重きを置いているのか、というだけの違いである。
 今もし僕が携帯を忘れて友達と待ち合わせたならひどく不安に思うことだろう。それは公衆電話が減少したから、という理由だけでなく、『待ち合わせの約束』というコミュニケーションの手段をおろそかにするようになったからだ。

 プロ将棋指しの世界というのは、中学生の小僧を、『先生』呼ばわりするような奇怪で閉鎖的な社会なので、いくらサンプル調査をしても一般社会と比較出来なければ役に立ちそうもないが、参考までにいうと、若手棋士が結構持っていなかったり、持っていても使っていなかったりするようだ。
 例えば前期のNHK杯で羽生4冠を下して優勝した山崎5段は、持っていても使わないらしいし、森内名人も同様だ。さらに羽生4冠にいたっては、携帯そのものを持っていないというから驚く。
 あれほど忙しい人が持っていないと不便だろう、と思うのは間違いで、スケジュールがぎっしり入っているから、いつでもどこでも連絡がとれるのだとか。理絵夫人によると、「不便を感じたことはありません」という。

 僕にとって携帯は必需品というほどではないにしろ、外出先からNETに接続したい時に使っている。遍路のリアルタイム日記の更新も携帯を用いることが多かった。
 だが最近は女性からのメールなどはもちろんのこと、飲み会のお誘いもとんと少なくなってしまった。頂くのはショップからのセール案内みたいなものばかり。これなら携帯なんか僕にも必要無いじゃないか。
 スナックのお姉ちゃんでもあるまいし、訳もなく3台も携帯を持ち歩くという愚行を演じ続けている兄を反面教師に、携帯を止めようかとおも思うが、その前にORMAでも試してみるか。

 

2005年7月27日(WED) 青梅酎を飲んで悶絶しました
 4、5日断酒したら顔がむくんだような気がする。きっと禁断症状だろうと思って、この前漬けたばかりの梅酒を飲んだら顔に吹き出物が出た。
 なんだかプラムのような匂いがするぞ、どうもこの梅は怪しいな、と思いはしたのだけど、もったいないのでそのまま漬け込んだのがいけなかったか。それとも氷砂糖の代わりに蜂蜜を入れたのがいけなかったのだろうか。どちらにしても1年間は飲まないでそっとして置くことにしよう。そしたら青梅とその種に含まれているという、『青酸』もアルコールに分解されて無力になるかも知れない。
 こんなことを書いたらまた、「気の小さい奴」とのメールを頂いたりしないか、とビクビクしているのだが、これにはれっきとしたトラウマがあるのだ。

 今でもそうだが、僕は梅干の種が大好きだ。コリコリとした食感はアーモンドに似ているし、咳止めに良く飲まされた、杏仁水(きょうにんすい)の香りに似ている。「すももも、ももも、もものうち」といわれるくらいだから、梅も杏も李も桃も同じ種類だというなら納得できる。
 子どもの頃に、梅干を食べたあと、殻を割って種を食べたら母にひどく叱られたものだ。お腹をこわすから、というのがその理由だったが、僕は止めなかった。
 殻を吐き出して割るから見つかるんなら、殻を口の中で噛み砕いたら良いじゃないか。そう考えて口の中でカリカリコリコリやっていたら、たちまち母にばれて叱られ、驚いた僕は殻ごと飲み込んでしまったのだが、そら見たことか、とばかりに母は心配もしてくれなかった。

 種がこのまま出てこなかったらどうしよう、というのは杞憂に終わった。たぶん翌日にはさっぱりと排泄できたと思う。
 ぼくはそれからも母の目を盗んでは梅の実を食べ続けた。それでお腹をこわしたことは一度もなかったが、青梅や梅の実を食べてはいけない理由は大人になって分った。青酸カリみたいな猛毒の一種である青酸化合物が含まれているからだが、その量は100個以上いっぺんに食べて初めて致死量に達するらしい。(やっぱり死ぬのか!?)
 だから今では何憂うことなく梅の種をバリバリ噛み砕いて食べてもいい筈なのに、なんだかそわそわと落ち着かない。青酸よりも怖い母の平手打ちがお尻に飛んできそうな気がするからだ。

※僕は何を食べてもお腹をこわしては病院通いしたような子どもだったので、母は何かにつけてうるさく言ったのだろうと思う。それにしても納豆は腐ってるんじゃないんだから、食べさせてくれても良かったものを。

 

2005年7月26日(TUE) 女優さんのご利用は、計画的に
 激痩せした貴乃花親方がもし、『マイクロダイエット』のコンテストに出たら、間違いなくグランプリを受賞するに違いないと思う(男性部門があればの話)。
 あれくらいの痩せ方が僕にとっても理想だが、世間の人々は親方のあばらが浮き出た姿を見て痛々しく感じたようで、一様に批判的なようだ。

 しかし世間の評価はどうあれ、160kgから90kgまで減量するなんて並大抵の努力では成しえないことだ。
 散髪するのに特注のイスを用意させて、一回の散髪代が15万円から20万円ともいわれ、痩せなければ命の危険さえあるKONISHIKI氏が一向に痩せられないのを見ても、ダイエットの困難さが想像できる。

 世間は女優の奥菜恵さんとか杉田かおるさんの離婚問題でかまびすしい。彼女たちの名前は聞いたことがあっても、写真を見せられたって特定することが出来ない僕には興味の無い話だが、あんなにあっさりと離婚するなら、結婚する前に男女どちらにも、「ご利用は計画的に」とアドバイスしてくれる人の一人や二人いなかったのだろうか。離婚を決意する前に、貴乃花親方の粘着質を見習って辛抱強く話し合ってみたらいいのに。

※デブ専、熊男専のゲイ雑誌、『サムソン』なんかではどんな風に貴乃花親方を見ているのだろう。きっと見向きもして貰えなくなっているに違いないと思うのだが、あの雑誌を読んだりして、もしや自分の価値観が間違っているのでは、と思い始めたらえらいことになってしまうので、確認はしていない。

 

2005年7月25日(MON) 詐欺師なら、誠心誠意で嘘をつき通せ
 いやあ、久しぶりに笑わせてもらったよ。足の裏を見て、「皆さんサイコーですか」と言った福永さんも楽しい方だったし、「定説です」もおかしかったが、堀博士はあれ以上のエンターテイナーかもしれない。試しにホームページを探してみたら既に消えているが、Googleがキャッシュとして保存してくれているので、「光合堀菌」なんかで検索すれば簡単に見つかる。言い方を変えれば、オリジナリティーにあふれた名だ、といえなくもない。

 被害に遭われた方々には気の毒だが、ホームページを見る限りでは、どうしてあんな内容にだまされるのか不思議でならない。よほど、「藁にもすがりたい」切羽詰った事情があったのだろう。
 詐欺師はもうけ話を持ちかけ、健康食品は人の弱みに付け込む。同じように、宗教を騙る連中も、癒しを求める人々の心の隙間に入り込もうとする。

「あんたのやってる、『遍路』も似たようなものと違うの?」と、少なからずおっしゃる人がいて、そんな人には大抵、「まあそんなところですかね」と答えて"いなす″ようにしている。
 見ようとしなければ見えない景色もあるし、聞こうとしなければ聞こえない言葉もある。僕は、感じようとしない方を啓蒙しようと考えるほど、熱心で優しいブッディストでもないのだ。いや、あんな楽しいものを多くの人に教えたくない、と考える狭量なエゴイストでもあるのだ。

 怪しげな団体や個人なら、僕の住んでいる町にも少なくない。それらは街頭で何かやっていたり、知人から話が回ってきたりする。友達が熱心に勧誘してくれるのに耳を傾けないばかりでなく、ダークな世界に引きずり込まれていこうとする彼等に、手を差し伸べない僕をなじる人もいるにはいるが、僕が彼等に比肩しうるほどの詐欺師でもないなら、仮に手を尽くしたって恨まれるのが関の山だろう。

「誠心誠意で嘘をつきなさい、そうすれば嘘も真実になります」
 嘘つきの代名詞みたいな政治家の言葉だが、その通りだと思う。「嘘も方便」というのは、誰かのために、身の危険を顧みず嘘をつくということ。それを勇気と言い換えてもかまわない。勇気は自分のために発揮するのもでは決してないのだ。

「嘘を突き通せたら、それは真実になる」
 浮気がばれて奥さんに詰め寄られた知人はしらをきり通したというが、結論を出すのはまだ尚早かもしれない、と案じてあげたら、
「生まれ変わっても、やっぱり俺はお前を選ぶやろうな、ってゆうたら、女房のやつ感動しとったぞ。これでOKやろ、どや!」
 勝ち誇る知人に、政治家というより詐欺師の片鱗を見たが、結論は10年先を待ってみなければ分からないと思う。

※次の僕の童話は「恋物語」がテーマだけど、経験不足は否めない。だれか恋する男女の嘘のつき方を教えてほしいものだ。

 

2005年7月24日(SUN) 冷やし中華はじめました
「アイスコーヒーはじめました」とか、「冷やし中華はじめました」といったコピーが目に付くようになると、「おお、もうそんな季節なのか」なんて驚いたものだが、今や、「アイコ」だろうが「レイコ」だろうが「レイカ」だろうが、年中口にできるというのはいかがなものか。
 暴走族と並んで、アイスコーヒーと冷やし中華は夏の三大風物詩、と思い込んできた僕にとって、季節の変わり目を教えてくれるものが減ってしまうのは寂しい。

 正直に言うと、僕はこの三つが好きじゃない。暴走族はやかましくて危険だから当たり前だが、夏でもホットコーヒーが好きだし、熱々のラーメンが好きだ。とは言っても、トマトを食べないけど、トマトジュースが大好き、という人間の言うことだから世間さまが耳を傾けてくれたことはないのだが。

 アイスコーヒーが嫌いな理由は、美味しいものが少ないというのもあるが、ほとんどは業務用のパックになったものを使っているからだ。作り手の真心とか、こだわりとか、プロ意識の欠如が情けない。だったら自分で作れ、と言われそうだが、面倒なのでホットコーヒーしか飲まないのだ。

 冷やし中華が嫌いなのは、酢にむせ返って味が分からなくなってしまうから、というのもあるけど、魚肉ハム、錦糸玉子、しいたけ、きゅうり等の、個々に食べれば好きなトッピングを、酢で〆てどうするのか、と問いたくなる。

 テレビドラマ「チャングムの誓い」によると、冷麺の本場、韓国(北朝鮮)では、その昔冷麺は冬の食べ物であったらしい。なるほど、オンドルで温まりながらの冷麺はさぞ美味しかろう。今韓国では、北朝鮮から亡命してきた人たちが経営する冷麺の店が大はやり、というから韓国の人々の本場の冷麺に対する思い入れが分かる気がする。

 よだれを流しながらテレビを見ていて思い出した。僕は何回も本場の冷麺を、とある焼肉屋さんで食べている。あの麺の驚きといったら、名古屋の味噌煮込みうどんや、伊勢うどんの比ではない。東京のホテルでアメリカンコーヒーを注文して、ホットコーヒーを薄めるためのお湯が付いて来たときのカルチャーショックに似ていた。
 あれ以来アメリカンコーヒーなるものを注文したこはないけど、ゴムのような弾力のある冷麺を食べたい。と思い続けていたら、スーパーに売っていた。

 生タイプの麺を茹でること2分。あの弾力のある麺の上にキムチをタップリと奢って食べた。
「う〜ん、酸っぱくなくて美味しい。キムチだけで十分美味しいぞ。さすが鶴橋は本場だ」
 それ以来、スーパーに行くたびに違う種類の冷麺を捜し求めているが、気がついたら和風冷麺まで買い込んでいた。

※何年ぶりかでアイスコーヒーでも飲んでみたい気分になった。あとは暴走族だけだが、このところの当局の努力が実って、大阪ですらその絶滅が危惧されているらしい。仕方ないから浴衣か甚平さんを着て花火見物でもするか。

 

2005年7月23日(SAT) 伝統にのっとった祖父の死因
「くそう、酒なんか二度と飲むものか」
 二日酔いの頭で繰言のようにつぶやく懺悔の言葉は空しく響く。一時間ほどジョギングでもすれば酒が抜けるのかも知れないが、そんな元気も無いときはどうすればいいのだろう。何かの実験では、ただひたすら寝ることが最良である、との結果が出ているそうだが、父は、「迎え酒が一番だ」と言った。
「迎え酒なんか、気分が悪くて飲めないけど?」
「鼻をつまんで無理やり飲むと良かろう」
「迎え酒の酔いが醒めてまた気分が悪くなったらどうする?」
「何べんも同じこと聞くな!」
 こんなことをのたまうような御仁であったから、酒が遠因となって命を落としたのも無理からぬことだろう。

 僕は祖父の顔を知らない。生まれるずっと以前に船から落ちて亡くなったと聞いている。
 言い伝えによると、嵐の夜に操船を誤って波に飲まれたらしいのだが、詳しいことは父の口から語られたことが無いので、真相は知らない。だから僕が勝手に、祖父もまた酒が原因で命を落としたのではないかと邪推しているだけだ。

 父が亡くなってからというもの、母はタガが外れたように好き勝手に家を改造して楽しんでいるが、そんなある日のこと、神棚から我が家の船と思われる写真を見つけた。
 いわゆる、「機帆船」というもので、焼玉エンジンと、帆の両方を使って航行する。何を運んでいたのか知らないが、祖父と父の二人が乗り組んでいたらしい。

 というわけで、父が酒乱だったのは、祖父のせいで、「決して自分が悪いのではない」と、たった一度だけ酔った父が話したことがあった。実に都合のいい理屈があったもので、僕もそれを口実に日々飲み歩いている。
「我が家の男たちの伝統を踏襲するの楽じゃないな」

※写真には二人の男が写っているが、たぶん父と祖父だろうと思う。
 父のようなわがままな人を育てたお父さんとはどんな人柄だったのだろう。似たもの同士だったうまくいくはずもないから、きっと優しい人だったに違いない。自分で書く童話に、おじいさんとおばあさんを登場させる度に、「ひと目だけでも会っておきたかった」と思うのである。

 

2005年7月21日(THU) 美女と酒の手ほどき
 僕が酒をたしなむのは……、もとい。僕が酒乱なのは、明らかに父のせいだ。いまさら恨むつもりはないが、小学生の僕に酒を飲ませて、「ワハハ、こりゃワシの跡継ぎが出来たワイ」などとやって、幼子の健康に留意しないばかりか、自らが災厄の種と危惧もしていたであろう、「酒乱道」への第一歩を僕に踏み出させた責任は重い。
 しかし、いくら「死者に口無し」だからといって、いまさら父の所業を糾弾しようというのでは、もちろんない。欠席裁判に捌け口を求めようとする行為のほうが卑しく思えるからだ。

 風化しかかった記憶の足跡をたどっていくと、僕が初めて飲んだ酒はストレートウィスキーだった。その手ほどきをしたのは、意外にも父ではなく隣のおばさんだった。
 前後の事情は憶えていないけど、たぶん5、6歳だった僕が隣のおばさんに、「のんでみたい」と、せがんだに違いないのだが、おばさんはご主人の飲むウィスキーに箸をつけて、僕に舐めさせたのだった。
 今に至るまで数限りない禁酒を挙行した挙句、ことごとく失敗した黎明は、(こんなもの一生飲むものか)と誓ったあの瞬間だったのである。
 
 この期に及んで、隣のおばさんに罪をなすり付けるような卑劣な真似をするつもりはない。なんといっても隣のおばさんというのは、おそらく当時20歳台の美人若妻だった。いや、そればかりでなく、美女を前に酒を飲む栄誉に初めて浴したのも、あの瞬間だったのである。
 しかしながらそれも今となっては空しい限りだ。というのも、酔うほどに誰でも美人に見える男になってしまったからに他ならない。

※この続きは明日書きたいと思うけど、頬に一筋の熱いものを感じながら書くことになるかも知れない。

 

2005年7月20日(WED) そりゃ、胸キュンの話を書きたいよ
「郷土や自然とのふれあい、動物や植物を題材にしたもの、日常生活の中で、胸がキュンとしたことなど。ゆめや希望、やさしさ、温かさ、ときには寂しさや厳しさなど、心に響くようなもの。大人になって、もう一度読み返したくなるもの。就学前の子どもたちが自分でよんでも楽しめ、読み聞かせても喜ぶような内容の作品を募集します」

 たった5枚の童話作品にこれだけのものを詰め込めるなら、その人はプロのレベルに達しているだろうが、とすねてみる。ほとんど漢字を使わない童話なんて難しいことこの上ないものだと思う。しかしまあ、5枚で50万円やろうといってくれるのだから、挑戦する価値は十二分にあるだろう。

 せっかく童話教室に通っているなら、当然ながら大賞をゲットするつもりで書いている。いや、もしそういわないで、「入選とか佳作を狙ってます」などとでも言おうものなら、「私に教わっておきながら、なんたる卑屈さであることか。許せん!」と、お師匠さまの「鉄拳制裁」じゃなくて、「愛の鞭」が振り下ろされても敵わん。
 大風呂敷を広げるだけ広げてはみるが、昨日の夕方から書き始めて、今日の夕方になって仕上がるという体たらくだから、内容も推して量れよう。

 本来なら先週に完成していたはずの作品なのだが、教室の諸先輩方の作品と比べると、あからさまに見劣りのする作品だったので、書き直さざるを得なかった。
 僕が思うに、諸先輩方の作品のどれもが、少なくとも入選に値するのではないかと思う。それだけ面白い作品ばかりだった。

 子どもに生まれた大人なら絶対に童話を書ける、とはいうけど、童話公募の審査員に子どもがいるわけじゃなし。子どもが喜ぶかどうかなんて、本当のところは分かるのだろうか。
 というのも、公募雑誌にお師匠さまの作品が掲載されているのだが、過去に同誌の公募で採用されなかった作品だというからおどろく。
 子どもを楽しませる前に、審査員を胸キュンにさせなければならないのだから、童話は難しい。

 

2005年7月18日(MON) 「いたこ」は絶滅危惧種
「細木数子はほんまによう当るわ! すごい霊感があるんやろなぁ」
 場末の飲み屋のマスターは夜の9時を回る頃になると、客からせしめたビールの酔いが回ってくるらしく、たわ言をしゃべり始めるのが常だ。
「阿保か! マスター、細木数子が霊能者ていうなら、百万馬券の一つでも当ててみいっちゅ〜んや。しょーも無い者に騙されよってからに」
 このように心優しい酔客がマスターを誤った道から救おうとしてたしなめるのだが、生真面目で信心深いマスターがむきになって細木数子さんを弁護したりするものだから、一触即発の空気が店に充満することがままある。

 バラエティー番組を見ないので、実を言うと細木数子さんがどういった人なのか良く知らない僕だが、あの人をテレビに出すと大変な視聴率を稼げる、というから只者ではないのだろう。
 占いなんてなんら信じちゃいないのだけど、決して馬鹿にもしていない。台湾では子供の名前や家の間取りからビジネスの成否までも占い師に依存していると聞く。占い師は口が上手いだけでなく、株価や国際社会の動向も勉強していなければやっていけない。つまり占い師は、ライフアドバイザーとか経営コンサルタントといった役を担っているといって良いのだろう。

「本場のインドカレーを家庭にお届けします」
 美味しそうな絵とうたい文句に乗せられて、今日カレーのレトルトパックを買った。早速鍋で暖めながら箱の裏側を読んで見ると、「原材料:玉葱、ニンニク、ジャガイモ、食用油 、カレー粉、小麦粉……」とある。
 玉葱やニンニクは良いとして、本場のカレーに小麦粉やジャガイモなんか使うんだろうか?それにカレー粉って、一体どういう意味だろう? 
 いつぞやテレビで、インド人に日本のカレーを食べさせて感想を聞いたら、「なんだかカレーのような味がする」と答えていたのを思い出す。
 僕もカレーが大好きなので、インド人が作る店で何度も食べたことはあるが、それぞれに美味しいとは思っても、日本のカレーとは圧倒的にかけ離れた味だ、と思ったことは一度たりとも無い。きっと日本人に食べやすいような味付けが施されているのだろう。

 レトルトカレーはスパイシーで美味しいものだった。ジャガイモが形を留めているから食感は良いし、大きめで歯ごたえのある牛肉がうれしい。が、ちょっと待て。何で牛肉が入っているんだ? 牛を食うインド人がいるなら連れて来いってんだ! そりゃ、インド人もヒンズー教徒ばかりじゃないだろうから、牛を食う人がいても不思議じゃないけど、ビーフカレーそのものがインドにあるのか?  
「北」の海産物を中国産と偽っているからと言って腹を立てたりしない僕だが、ここまで消費者を愚弄したら承知せんぞ。今すぐ、「本場」とか「インド」の冠を取れと言いたい。 あ、でも美味しいから許す。

 考えてみれば、日本人が本場のカレーに牛肉を入れて食いたくなるのは当然だし、ビーフカレーみたいな美味しいものを食べないインド人は可哀想だと思う。しかし彼らにしてみればビーフカレーなんて冒とく千万な食い物に違いないし、豚を食べないイスラム教徒にしてみたら、ポークカレーを食う日本人はどれほど罰当たりな国民と映っていることだろう。
 宗教で食に制限を設けない日本人は素晴らしいと思うのだけど、その昔、お坊さんは四足の動物を食べられなかった筈。そこでウサギを一羽二羽と数え、「これは鳥であるる」と詭弁を弄して四足動物を食ったので、仏様が日本からいなくなったらしい。こうして仏様を自らの手で葬り去っておきながら、占い師とか霊能者を賞賛するとは摩訶不思議な話だ。

 霊能者と聞いて真っ先に僕が思い浮かべるのは、宜保愛子さんでも細木数子さんでもなく、恐山の「いたこさん」だ。
 子どもの頃に、亡くなった親兄弟の霊を呼び出すのをテレビで見て、「うわ〜! なんてすごいことが出来るんだろう」と本気で感嘆したものだった。
 それなのに何年か前のテレビでは、フーテンの寅さんの霊を呼び出すように依頼して、「そんだらことゆうたらおすまいだなや(はなはだ不正確!)」(それを言っちゃおしまいよ) みたいなこと言わせて、「ところで寅さん、なんで訛ってるの?」というような番組をやっていた。
 それをやっちゃおしまいよ!


※恐山の「いたこ」のおばあちゃん達は今でも活躍されているんだろうか。時代の流れに抗えずに絶滅してしまったのでなければ、僕にも呼び出してもらいたい人が沢山いるんだけど。

 

2005年7月17日(SUN) 惨劇は繰り返す
 悪いことは続くというけれど、この数日の海難事故の連続はどうしたことだろう。人も動物も満月の夜に死にやすいのだ、と誰か言ってたが、天空の動きと潮の干満は連動しているのだから、引力が人になんらかの影響を及ぼしても不思議ではない。
 たまたま同時多発的に起きたように見える海難事故だけど、必ずなにか原因があっての結果なのだ。深く原因を究明していけば、単に濃霧よるものというだけでなく、人知を超えたところに何らかの答えが見えてくるのではないだろうか。

 今日ついにパソコンのハードディスクが壊れた。以前から異音を感じていたからいずれこの日が来るのは予見していた。だから今度はちゃんとバックアップを取っておいたから大丈夫。僕だって学習能力はあるのだ。
 よしよし、この日のために当面使うあてもないハードディスクの予備を購入していたのだから、なんと手回しの良い僕だこと。大事なデータもいくつかは失った筈なのだが、僕は嬉々としてハードディスクを入れ替えた。

 こんな頭を使わない、修理とも言えないような作業はあっという間に終わると、パソコンは以前よりずっと快適に動作し始めた。
 取り外したディスクは、いずれ金槌で打ち据えてから捨てようと思っている。しかし、「念のために」と思って外付けのケースに入れてフォーマットしたら問題なく動くじゃないか。ということは、ひょっとしてディスクのエラーを修復するだけでよかったのか? 僕に関して言えばどうやら、「惨劇は繰り返される」のが常のようである。

 

2005年7月16日(SAT) 魔がさした記念日
「ガソリンタンクには水が溜まるんですよ。そうですね、一年で牛乳瓶一本くらいでしょうか。放っておいたらガソリンタンクが錆びてしまいますし、エンジンが水を吸って調子悪くなりますから水抜き剤を入れましょう」
 ガソリンスタンド行くたびに、ウォッシャー液やらオイル交換やらあれやこれや勧められるが、ほとんどお願いしたことは無い。

 確かに水は溜まるのだろうが、それでガソリンタンクに穴が開くなんて信じがたいし、水抜き剤といってもイソプロピルアルコールが主成分だから、燃料用アルコールより安いものに1000円も支払うなんて馬鹿げている。そんなことより粗悪なガソリンを入れるほうがどれ程危険か知れない。
 オイル交換にしたって、ガソリンスタンドは1年に一回は換えるべきだと言うけど、5年は換えなくて大丈夫という実験結果もある。ウォッシャー液にいたっては、パーキングのトイレにある緑色の手洗い洗剤を薄めて入れたら実に具合が良い。
 ワックス洗車にしてもそうだ。今の塗装は酸化チタンが配合されていて水だけの洗車で十分にきれいになる。だからワックスがけをしたのはこの一年間でたったの一回だけ。

 スタンドに行くと、頼みもしないのに点検してくれてありがたいこともあるが、ディーラーに金を払って毎年点検するのだから、スタンドで点検する必要性をあまり感じない。それに何が嫌といっても、いらないものを売りつけられるのを一々断るのが煩わしい。
 そこで少しガソリンも安いセルフのスタンドで給油しようとしたら列が出来ていた。給油ごときに並んで待つなんてことが出来ないタチなので、仕方なく隣の店に入った。

「梅雨時ですのでタンクの水抜きはいかがですか? 本日キャンペーンで安くなってます」
 梅雨はもう明けただろうが、と言いかけて店員を見ると可愛い女の子じゃないか。
「あ、うんそうだな、じゃついでに入れといてもらおうか」
 800円のどこがキャンペーン価格だ? スタンドが儲かるキャンペーンってか、どうやら騙されたみたいだ。そればかりか、帰ってきてキッチンの扉を開けたら、水抜き剤が5、6本見つかった。

 やっちまったよ! だから今日は、「魔がさした記念日」

 

2005年7月15日(FRI) カリカリ、べチャべチャが大阪風
 いつだったか、国産のカマンベールチーズが安かったのでたくさん買い込んだことがある。通常400円のところを200円なのだから買わない手はないだろう。もちろんカマンベールといっても所詮は缶詰状のもので、発酵がストップしているのだからいくら買い込んでもどうってことはないけど、あんまり安いと心配になるのもまた人情で、5箱にとどめておいた。

 同時に買い求めたオーストラリア産の赤ワインを飲みながら例のチーズを 食べてみてハッとした。味はいつもと変わらないが、食感がかなり違う。まるでシュークリームの中からとろけ出るカスタードクリームのように柔らかい。
「なんだ出来損いないじゃないか。それで安いのか、騙されたな。これだから貧乏は嫌だ、あ〜嫌だ」
 思わず声を上げるほど落胆して我が身を呪った。だがそれだけなら良い、あと4箱もこれを食わないといけないのだ。味が同じとはいっても、伸びきったチキンラーメンを食えないのと同じで、こんなべチョべチョのカマンベールが食えるか! 往年の父だったらここで飯台をひっくり返して母にカマンベールを投げつけたことだろうが、哀しいかな僕はそこまで後先を考えない剛毅の者でもなかった。

 子どもの頃に姉がインスタントの焼そばを作ってくれたことがあった。自分でつくれない歳ではなかったと思うが、大阪風の焼そばが食べられるものと楽しみにだった。なのに、出てきたものは水っぽくて気持ちの悪いものだった。「これが大阪風だ」と言われたって、食えないものは仕方ない。嫌がらせにパンを食べたのを思い出す。

 僕は食べるものに好き嫌いなんか無い。ゲテモノ意外はなんでも食べる。米より小麦が好きといっても、あえてどちらかを選ぶということもない。こだわりの味なんてもちろん無いのに、この「ベチャベチャ」だけがどうも苦手だったのだ。
 べチャべチャが食べられるようになったのは、外側が天かすでカリカリ、内側がべチャべチャのたこ焼きを、初めて大阪に来て知ってからだった。
 だから今でも全体がべチャべチャの広島焼きは苦手だなのだけど、かカリカリとべチャべチャを融合させた広島風お好み焼きは無いものだろうか。誰か連れて行っくれないかと思っている。

 

2005年7月14日(THU) 笑いという戦慄
 未だかつて僕は、やんごとなきお方をお見かけしたことすらないが、童話教室のお師匠さまは何かの授賞式の折、秋篠宮紀子様にお会いして名刺をお渡ししたらしい。
「お言葉を頂くだけでも畏れ多い方に名刺をお渡しするとは何たる不届き。そこに直れ!」と言ったかどうかは知らないが、お付きの方々には戦慄が走ったらしい。
 お師匠さまも、まさか受け狙いでやっているわけじゃなかろうが、驚いたのは紀子様がその名刺を受け取ったということだ。
 育ちの良い方々というのは、我々のように卑しい下々の者から見ると、はなはだ不可解な部分で波長が合うものらしい。

 お師匠さま主催の食事会なるものにお呼びしていただいたが、日の高いうちからビールを呷るわけにもいかんだろうし、あらぬ所で馬脚を現して破門の憂き目に遭っても具合が悪いので、さすがに酒乱の僕も今日だけは大人しくしておいた。
  食事会の後は教室だ。他人の作品を声を出して読んだ後に合評をするのだが 、皆さん上手なので、見劣りする自分の作品が評されるのは辛いものがあったりする。
 育ちの良い奥様方が真面目に書いている童話なので、自然とほのぼのとした作品になるのもうなずける。
 ユーモアを交えて書いている作品もあるのだが、これを真剣に真面目に読むのを聞いていたら、なんだか訳が分からなくなって、失礼ながら笑いが止まらなくなってしまった。

 上方の笑いと、江戸の笑いは似て非なるもの、という人がいる。一方で両者は同じものに根ざしている、と分析する人もいる。
 江戸の落語が、アホをバカにするのと違って、上方は、演者自身がアホになることによって笑いを取るという違いはあるのかもしれない。だが良く考えてみると、どちらの笑いも聴衆の優越感をくすぐる、という点においては違いは無いようにも思える。つまり下々の笑いの根幹にあるものは、差別意識と大いに関係があるのだ。

 それではセレブな方々の笑いは、我々とは違っているのだろうか。たぶん、いや、いくぶん違うのだと思う。高貴な方に名刺を差し出す可笑しさ、またそれを受け取ったりする不思議。シュールでハイパーな話を真剣に書いている面白さ、それを真剣に読む愉快。それらを目の当たりにして理解できないとき我々は、「天然」の二文字で解決しようとするのだろう。
 いや待てよ、あそこは笑うところじゃなかったのだろうか? もしそうだったらエライことやらかしてしまったなあ!
 童話教室の、いと上品な皆様方とお付き合いさせていただこうと思えば、笑い一つにも気を遣うのである。

 

2005年7月13日(WED) 惨劇は予測を裏切らない
「君ぃ、カツオを生で食わないでどうするかね。サバにもカツオにも確かにアニーはおるが、胃に穴を開けるようなことは千人に一人か、良くて百人に一人の確立だから、サバもカツオも是非生で楽しみたまえ」
 カツオをビクビクしながら食べた話を読んだ方からメールを頂いた。確かに確率論を展開するならこの方のおっしゃる通りで、恐れるに足りないのかもしれないが、千人中一人の不幸者に選ばれるのが僕なのである。

 先着1000名様に進呈の品は、目の前で無くなってしまう。
 「はい、ここまでです。後の便をご利用ください」と言われ、4時間フェリーを待った。
 車が車検から帰ってきた直後に、水漏れでエンジンが焼けた。
 ディスプレイを買ったら、滅多に無いドット抜けがある。
 楽譜を買ったら、最も大事なところに落丁がある。
 高いワインを買ったときに限って、酸化している。
 Yahooから漏れた個人情報に、僕の分も入っていた。
 バイオリンを買ったら、使えないものが送られてきた。

 嘆きのスペシャリスト、ヒロシじゃないが、僕も一々思い出していたらきりが無いほど不運な目に遭い続けている。まるで貧乏神かマーフィーにでも憑かれているんじゃないだろうか。
 いつかお祓いでもしてもらおうかとも思ってはみるが、「憑かれてますね。浄財しなければ死にます」と言われたらどうしよう。
 こんな有様だから、サバを食べてアニーに当たるなんて朝飯前だろう。「惨劇は予測を裏切らない」のである。

 

2005年7月12日(TUE) まぁた大阪かよ!
 文部科学省の指摘によると、大阪市は最低ランクなのだそうだ。大阪近郊に住んでいると毎日のニュースで不祥事を目や耳にしない日は無いくらいだから、「やっぱりそうだったか」と納得する。と言っても、文科省が指摘しているのは、酒気帯びひき逃げや痴漢といった、「不祥事が多い」ということではなく、「不祥事を公開しない」という点なのだ。

 不思議なのは、大阪府が高位にランクされていることだが、これは横山ノック問題の反動ではないかと思ったりしている。と同時に、歴代の知事を、大阪府の太田知事と同じく旧自治省から輩出してきた保守的な土地柄で知られる静岡県もまた、情報公開先進自治体とされているのも興味深い。

 柏原市の前市長なんて、対立候補を批判するためにミニコミ誌に金を握らせて逮捕されているのだから開いた口が塞がらんが、信じ難いミニコミ誌もあるもんだ。
 泉北ニュータウンには、「泉北コミュニティ」というミニコミ誌があって、これはなかなか中立的で良い。それによると、堺市でも毎週のように市長以下市職員まで非難の的になっていて、やはり情報公開が不十分な印象を受けるので、堺市もこの点においては下位にランクされていることだろう。

 どんな社会でも不祥事が起きる蓋然性を零にすることは不可能だろう。駆逐できないなら謝るしかないのに、説明責任を怠っているというなら、これこそが不祥事でなくて何だと言うのか。
 まあ、洋の東西を問わず、政治家や役人が腐敗していなかった時代は無いのだから驚くには値しない。だが、アメリカ兵のみならず、数知れない傭兵や民間人がイラクでテロの犠牲になっているというのに、「民主主義を世界に広めるために戦った兵士を賞賛する」なんて戯言を弄して、説明責任を履行するどころか、自国民さえ守ろうとしない偽もの為政者よりはマシかな。

 

2005年7月11日(MON) 寄生するアニー
 長く悲願であった、「カツオの丸ごと料理」で誕生日を祝ってはみたものの、マスターの体力と気力が低下していたばかりでなく、仕入れたカツオのバイタルまで著しく低下していて、カツオの尊厳を貶める結果となってしまったのが悔やまれるが、これでようやく長い葛藤に決着が付いて、一応は満足はしている。

 サバと同じように、カツオの皮下にもアニサキスが寄生しているらしく、酢で〆たら大丈夫、とか冷凍したら大丈夫とか、胃酸で死ぬから大丈夫、というのはかなり怪しげな話らしい。だからカツオを食べるのは皮も美味しく食べられる、「たたき」が一般的なのだ。
 一番良い炙り方は、藁を燃して燻製のように香り付けをすることらしいが、大抵はガスバーナーを使うのが楽なようだ。マスターが言ってくれればガスバーナーくらい持参したのに、コンロに置いて全体に加熱したものだから生の旨みが無くなってしまった。

「大丈夫やってぇ、気が小さいなぁ」
 カツオの刺身を食えとマスターは勧めてくれるのだが、やっぱり怖い。いや、それよりも赤身に白く蠢く、「生アニー」でも発見してしまった日にゃ一生カツオが食えなくなるかも知れない。でもせっかく造ってくれたマスターに悪いし、というわけで思い切って刺身も食った。また肝も食ったけど苦味が強くて生臭い。こうして僕は身の危険を顧みずカツオを食べたことで、たたき以外はあんまり美味しくないものだと思い知ったのだ。

 今朝目が覚めて、「あ、生きておれたのか」とホッと胸を撫で下ろした。アニーが活躍できるのは数時間から数日ということで、もし胃から心臓に達するようなことがあれば命取りだからまだ予断を許さないが、ヤマ場を乗り切ったものと信じている。

 

2005年7月8日(FRI) 濡れ手に粟の文章が理想
「主婦業に専念している日常では英語を話す機会が無くて、グアムに行った時、ここぞとばかりに英語で話したんです」
 ある英語会話に堪能な奥さまが、子どもたちの前でグアムの現地人と英語で話し、胸を張って見せたのだそうだ。
「でもお母さん、さっきの人はずっと日本語で話してたのに、どうしてお母さんはずっと英語で話してたのたの?」
「え! そ、そうだったかしら?」
 確かに子どもたちはお母さんの力量を思い知ったらしいが、子どもたちには新たな疑問が芽生えたのだった。
 この話を聞いて、奥さまは相当な英会話道の手足れであるに違いない、と僕は思った。そうでもなければこんな、「心頭滅却すれば火もまた凉し」を実践したようなエラーを成し得ない筈だ。グアムに行って、「昔とったきねづか」どころか、「火事場の馬鹿ぢから」すらも出せなかった僕には、羨ましいばかりの技量と集中力だ。

 技量と集中力と言えば、先日の誕生パーティーのときに、知人の奥さまらしい? 女性と話していたら車の二種免許を取ったという。介護関連の仕事の都合らしいが、結構なお年で営業者車を運転できる免許を取ったのだから、かなりな苦労があったと思う。
「へぇ、すごいですね、ちょっと免許証を見せてもらえます」
 先日僕も免許の更新を済ませたばかりだったので、軽い乗りでお願いしたら、どうやら年齢の都合があるらしく、頑なに断られた。そういえば皆さん、あの方の歳が気になるみたいだから、隠しておいたほうが楽しみがあっていいだろう。

 父はシルバー近い年齢になって、知り合いに車のハンドルを握らされたのがきっかけで、車の運転免許を取りに自動車学校に通い始めたが、順調に行かなくて、「免許を取るのが早いか、棺おけに入るのが早いか」という教官の一言に拗ね、「免許なんかもうやめぢゃ!」と投げ出した。
 まさかそれ程こらえ性の無い人だと思っても見なかった教官が低姿勢に出て、ようやくといった体でめでたく免許に合格したのだった。

 運転免許を取った父は、退職するとカメラを積み込んでよく遠出をした。いやいや付き合わされた母には気の毒だったし、写真も詰まらない作品ばかりだった。
 やがて父は目を悪くして運転を諦め、免許を返上すると言いだし、驚いた県警が表彰状をくれた。だから父の運転暦は10年ほどのものだったが、幾度か事故をしながらも最後の最後になって表彰されたのだから恐れ入る。
 ひとは何かを長く続けているとそれなりに良い事はあるんだなと思う。無意識のうちに英語が口をついて出るほどの技量とはどれ程のものか分からないが、労せずして文章が書けるようになりたいものだ。

 

2005年7月7日(THU) 七夕とテロで迎えた誕生日
「ほほう、ロンドンで2012年のオリンピックやるんか、平和やのう」と思っていたら狙いすましたようなタイミングでのテロだ。一夜にして天国から地獄へ突き落とされた英国民はどんな衝撃をもってテロのニュースを聞いたのか想像するに余りある。

 英国という国は16世紀にはアイルランドの女海賊、「グレース・オマリー」にやられ続け、今もってIRAから長年にわたるテロ攻撃を受けていながら、歴代首領様が何の対策も持ち合わせてこなかったなんて不思議で仕方がない。
 何も無いところから自然にテロが湧いてくるわけではないのだから、原点に立ってものを考えないといつまでたってもテロなんて無くなりはしないだろう。

 イラク復興援助とは名ばかりで、実体は米軍後方支援の自衛隊が危険に晒されているのに、首相は靖国参拝の正当化で忙しいらしい。
 戦没者の慰霊も結構だけど、イラクで戦没者を出す前に、いや東京でテロによる戦没者を出す前にイラクから撤退してはいかがなものか。

 ブレア首相のことを、英国民は自嘲を込めて、「ブッシュ大統領のコックサッカー」と呼ぶのだと聞いたことがあるが、差し詰め日本でなら、「小泉首相はブッシュ大統領のお稚児さん」とでも言うのだろうか。G8でお稚児さんなんかやってないで、はっきり米大統領に物を言ってから帰ってきてほしいと思う。

 とまあ、これを書いているのは8日なわけだが、7日は誕生日だったので日付が変わるまで、「サイゼリア」にてパーティーだった。平和な七夕祭りが毎年出来ますように!

 

2005年7月6日(WED) ○子でトップに躍り出る
 ピアニストの山下良子さんやチェンバリストの中田聖子さんといった、本名で活躍しておられる芸能人をwebで検索してトップにヒットするのは分かるが、たった一箇所にしか書いてない僕の名前で検索してもヒットしてしまうのはどうしたことか。
 別に悪いことをしようとは思ってないので、調べられて都合の悪いこともないが、出たがりでもないのでちょっと恥ずかしかったりする。

 滅多に無いことだけど、こうして美人の名前を連ねて日記を書いたりすると不可解なメールをいただくことがあって、これは多分、「オレの○子ちゃんに手出しをすると容赦せんぞ」という、彼女たちをとりまく親衛隊からの脅しではなく、「チャラチャラした日記を書いておるようではいつまでたっても大人になれんぞ」という、僕サイドからの叱咤激励だと受け止めている。

 メルアドを公開しているからといって、出会い系やフィッシング系以外は、とりたてて悪質なメールをもらったことはないが、先日のオークションで落札したバイオリンにクレームを付けたら、「このページ面白いです」という僕のページをリンクした返信をいただいた。
「それはどういう意味ですか」と訊いたら、「バイオリンにお詳しいので楽器商の方かと思い、調べさせていただきました」だと。
 あんなバイオリンを送ってくるようじゃ相当強烈な苦情があってもしかたないだろう。きっとあのバイオリン商も自衛策の一つとしてやったことだろうが、なんだかあんまり愉快なことではない。

 webで受けた傷はwebで癒そうとばかりに、美人たちのページを訪れるのも楽しいもんだが、ときおりはあちら様も傷ついておられたりするので、浮かれてばかりもいられない。
 特にお師匠さまのページは毎日大波小波があるから要注意だ。例えば飼い猫が死んだ、といった話は読む側にも心構えが必要かも知れない。
 そのお師匠さまのホームページを見るときは、自分のページのリンクを辿るのが普通だけど、試しに「俊子」で検索したらどうなるだろうかと思ったら、なんとトップにまかり出て来られ、わがお師匠さまはこんなところでも大威張りしておられるのか、と妙に感動するのであった。

 

2005年7月5日(TUE) クラインの尿瓶
 近々誕生日なので運転免許の更新に行ってきた。運転免許試験場には大勢の若者がいて、初めて免許を取った頃を懐かしく思い出す。
 帰って場末で飲んでいたら、酒盗りTEL師が弟子の奈美さんを従えて店に入ってきた。
「尿瓶(しびん)で酒を飲んでるんか?」
 僕の前にあるガラスの徳利を見るなり奈美さんが言った。
「あのな、もう少し上品な表現は無いの? このデザインがクラインの壷みたいで気に入ってるのに、嫌味なこと言うなよ」クラインの尿瓶
 夏は冷やした酒を飲みたいが、だからといって酒盗りTEL師みたいに、ビールにも日本酒にも氷を放り込むような、見境の無い真似が僕にはできない。 そこでワインクーラーとして売られているデキャンターに、日本酒を入れて保冷しながら飲んでいるのだ。
「クラインの尿瓶で飲む酒は美味いんか?」
「るさいんぢゃ! 放っといてくれるか」
 さすがの僕も、これには切れた。

「金の使い方が分らんでな、このままでは金が腐るんじゃないかと心配でいかん」
 散々ひとの酒を不味くしてくれた奈美さんが帰ったかと思うと、今度は酒盗りTEL師がやってきて言った。
「金銭での回春は可能だと思いますよ」
 腐るほどの金を貯めていながら酒泥棒に手を染めているようじゃ、いつまでたっても金の使い方を会得するのは難しかろうが、一つアイデアが浮かんで僕は答えた。
「いや、金で女性をどうのこうのというのは私のポリシーに反するので……」
「それは買春でしょうが、僕が言いたいのは青春のときめきを今一度ということです」
「ほお、具体的にどうすればいいの?」
「運転免許を取りに行くというのはどうです?」
「あ、なるほど! 車を買うてナンパしまくるわけやな」
「そうではありません。車っていうのは凶器にもなり得るわけですから、若葉マークと紅葉マークの両方を貼り付けた車で街を走るなんて、ヌンチャクとナイフをぶら下げて街を歩くのと同じで狂気の沙汰です。世間はそんなこと許しちゃくれません」
 
 この世に生を受けて60有余年。運転免許など持ってなくても人並み以上の生活をしてこれた彼に、いまさら車を運転する利便を説くつもりは無い。そうではなく、苦労して免許を取る喜びを他人さまと共有されてみてはいかがか、と言っているのだ。
 僕がバイクの中型免許を取ったのは18歳で、車の免許を取った直後だった。学科は免除だったし、バイクのレースをやっていたので実技には何の苦労も無かった。だから合格したって大した喜びも無かったけど、一緒に教習を受けて合格した華奢な女の子は、実技が困難を極めたとあって、ポロポロと涙を流すほどの喜びようだったのを思い出す。

「それええな! つまり言ってみれば自動車学校のみんなは同窓生ということになるか。もしかしたら自活するために免許を取りに来たっていう後家さんがおるかも知れんな。そこで金をちらつかせてモノにしようという寸法やな」
 TEL師が身を乗り出すようにして言った。
「どうしても話がそこに行きますかね。それって援助交際そのまんまじゃないですか。ポリシーとやらはどこへ消えたんですか」
「よっしゃー! 免許、免許。合宿、合宿。後家さん、後家さん。モチベーションが高まってきたぞぅ」

 ストイックな話がとことん苦手なTEL師だが、免許を取るのはいくらか苦労することになるだろう。それよりも、高齢ドライバーの運転免許返上キャンペーンがある時代だし、免許取得の年齢制限があってもおかしくない。どんなことになるか予測不能だが、苦労すればするほど合格の喜びもひとしおであるに違いない。
クラインの壷
「でも合格したからって、絶対に運転しないで下さいね」
「え? なんでやのん。せっかくやから車でナンパしたいやん」
「ですからぁ、車は凶器になるしぃ……」
 クラインの壷のように、入り口も出口も分からない会話が延々と続くのであった。

 

2005年7月4日(MON) おばあちゃんのぶどう酒
「マスター、水ナスを漬けるときは前もって塩モミせんとアカンやん」
「え? そんなことするの、知らんかった」
 飲み屋に行くと、マスターが安い水ナスを仕入れて漬けたから食えという。マスターは料理のプロだけど、こと水ナスに関しては何度も漬けて失敗を重ねてきた僕のほうに一日の長があると思う。
「あ、やめて、やめて、包丁で切って」
 糠を落として手でちぎろうとするマスターを僕は制止した。
「え、水ナスは手でちぎって食べるもんやんか」
「それは確かにトラディッショナルな食べ方かも知れんけど、水ナスのサクサクした食感が失われるやん」
 とまあ小うるさいことを言うけど、大阪南部の夏の味覚の代表は水ナスだ、と勝手に決め付けている僕としては、初物で譲るわけにはいかないのだ。

 僕にとって夏の味覚といえば、今ならビールで水ナスと決まっているが、子どもの頃はもっと季節感が豊富だったように思う。
 海に泳ぎに行く時は瓜、西瓜、桃なんかをおやつに持って行ったものだし、兄と二人で海のそばにあった祖母の家に行くと、季節の果物をおやつにもらえたが、なぜだか必ず、「はったい粉」もセットになっていた。
 はったい粉なんて年中あるじゃないかと思うのだけど、祖母の思い出と共に、はったい粉は僕にとっては夏の季語なのだ。

 90歳で亡くなる最後まで祖母は惚けたりしていなかったが、物忘れは年齢なりだったと思う。夏休みの終わりに泳いで帰る途中におやつ目当てで祖母の家に行くのだけど、毎年必ず、「浮き輪を来年まで預かってやる」といわれてそうしたけど、その浮き輪が翌年に出てきたためしは無かった。祖母は浮き輪を受け取ったことなどすっかり忘れていたのだ。

 祖母に毒づいてはみたものの、記憶力に関しては僕も自身が無かったから、お小遣いで新しい浮き輪を買うしかなかった。おもしろくない僕は、来年は絶対に浮き輪を祖母に預けないでおこう、と決心するのだけど、翌年も祖母に騙されるように預けてしまう。
 そんな事が何年か続いたが、僕が浮き輪など無くても泳げるようになった頃、祖母は亡くなった。

 祖母が亡くなって何年後、家の改修を手伝っていて、子どもの頃に祖母に預けた浮き輪をいくつも見つけた。
 夏休みが始まるたびに祖母と繰り返したいさかいも夏休みの終わりにはきれいさっぱり忘れてしまったものだが、今でも思い出せるのは、祖母の手作りのぶどう酒の味だ。普通に食べるぶどうを潰して砂糖を入れただけの、少しだけアルコール発酵しているような物だったと思う。
 夏を迎えるたびに思い出すのは、大事に新聞紙で包んで浮き輪を保管していてくれた祖母の優しさと、あの素朴なぶどう酒の味。この二つは今でも忘れられない。

 

2005年7月3日(SUN) 心の闇を反芻するという技術
 頼みもしないのに、定期的に送られてくる雑誌がいくつかあって、その中に「JAFMate」というのがある。いうまでもなく、日本自動車連盟が発行している定価90円の月刊誌だけど、この表紙は毎号かわいらしい動物なので、とても楽しみにしている。その今月号を読んでいて、あれ? 記憶が違っていたか、と思った。

 8歳くらいだったろうか、車のプラモデルを買ってもらったことがあった。どうしてその車が欲しかったのかは思い出せないが、車の名前は、「スパイダー」だとばかり思い込んでいたのだけど、JAFMateによると、どうもその頃の映画で人気のあったという、「コブラ」だったかもしれない。人の記憶なんてあてにならないものだが、僕の記憶は相当にいいかげんなものだ。

「同級生を殺そうと考えるに至った男子生徒の心の闇とは」
 先日の傷害事件を受けて、精神科医とか心理学者といった方のおっしゃることを聞いていると、いかにもテレビの視聴者に受けそうな内容で腹立たしくなる。webに公開していた日記を分析してありきたりのコメントを出すなんて手抜きも甚だしいが、それ以上の情報が手に入らないのなら仕方ない面もあろう。

 あの年頃だった自分を思い出してみるといい。金持ちの家に生まれて、ハンサムで頭が良くて、背が高くてスポーツ万能だから女の子にはモテモテ。もしそんな少年だったら、あるいは心に陰の一つも持つことが無いかもしれないが、大抵の子どもは陰だらけだったはずだ。今はもう覚えていないけど、僕だって一人や二人を刺していたって不思議ではない心理状態が、幾度となくあったに違いないのだ。

「子どもに生まれたなら、誰だって童話を書ける」というのが、童話教室の大前提になっているのだけど、子どもの目線で物を考えるというのがこれほど難しいことだとは思っていなかった。というより、そんな難しいことを考えたことも無かった。
 子どもの目線に立って物を考えるというのは慣れであり、技術を必要とするものではないだろうか。

 車のプラモデルはスパイダーじゃなくてコブラだった。どんなにウキウキした気分で家に帰ったかも思い出した。でもその先は素敵な思い出とは程遠いものだった。僕はプラモデルの箱を開けて組み立て始めたけど、モーターを失くしてしまったのだ。
 どれほど探したか知れないけど、モーターは結局見つからず、こらえ性の無かった僕は車を組み立てるのを放棄した。このせいで僕は車の名前を間違えて覚えていたのだと思う。
 僕にとって童話を書くということは、幼い頃の心の闇にもう一度光を当て直す作業なのかも知れない。それには自分と向き合う恐怖を克服し、技術の獲得が不可欠なようだ。
 
※今回書きあげた童話には、子どもが、ただの一人として登場しないという致命的な欠陥があった。子どもに成り切るのは僕にとって、そう簡単なことではない。

 

2005年7月2日(SAT) ノークレーム、ノーリターンの人生
「安物買いの銭失い」とは僕のことか! しかも、「新しい物好き」ときているから、金が貯まらないのも道理である。
「なにとぞ金の貯め方を教えて下さい」と、友だちのTEL師に教えを請うたら、「必要十分条件は、金をつかわないことである」と宣うた。
 彼が身に付けているものは、ほとんど全て100均、あるいは1000均で賄っているらしいから恐れ入る。東京のセレブのお方たちは、どれほど高価なものを購入したかを自慢するらしいが、彼はいかに安く物を買ったかを自慢する、ケチな大阪人の代表選手なのである。

 そのTEL師が僕に、「金の使い方を教えてくれ」とおっしゃるから、「徳島で無人島が売りに出てまっせ、あれ買いなはれ」と教えてあげたけど、役に立たないものは嫌いらしい。
 僕だって役に立たないものは買いたくない。例えばフィギュアみたいなものを集める人の気が知れない。あんなものを集めたって芸術的価値があるわけでもないだろう。せいぜいマニアたちの世界にあって、自らが値を吊り上げる悪循環の中でしか、その存在価値を見出せないではないか。

「マスター、この魚どえらい不味いでぇ。いったいなんぼで買うてきたん?」
 場末の飲み屋でも僕はチャレンジャーであるから、時々とんでもない物をつかまされてしまう。中国産の鱧(はも)なんて、色が悪い上に、何を食べているのか、酢味噌や梅肉の味で誤魔化されてしまって良く分からなかった。
「ノークレーム、ノーリターンでお願いします」
 マスターもどこで覚えたのか、オークションの決まり文句みたいな便利な表現を使うようになったものだが、食ってしまったものを吐き戻すわけにもいくまい。

 最近オークション詐欺の被害に遭う人が激増しているらしい。マニア心やブランド志向につけ込んだ商法や、良い物を安く販売して評価を高めてから大きく騙す、といった手の込んだものまで、実に多様な手口があるのだそうだ。
「このバイオリンの製作家はイタリアでも有名な親方で、今後価値が下がることは無いでしょう。今回は100万円というお安い金額で出品させていただきます」
 バイオリンオークションで良く使われる表現だが、バイオリンは工芸品であって芸術作品ではない。その価値は購入した時点からどんどん下がり始めて、ついには零となってしまう「道具」に過ぎないのだ。
 僕はこの手のほぼ価値が零になったバイオリンや、その他の楽器を多く所有している。それだけならまだしも、寿命を迎えた電化製品、安ブランドのゴルフクラブなどの、金を払って処分しなければいけない物を、うなるほど死蔵している。
 だから、「フィギュア蒐集を趣味にしておけば良かった」と、押入れを開けたときに、毎度のように僕は心底後悔するのである。

  オークションでバイオリンを購入したら、ヒドイ商品が送られてきた。ペグが4本とも種類が違っていて、しかも欠けていたり、稚拙なセッティングの上に、アジャスターがテールピースと干渉してチューニング不能、という信じ難い商品だった。
 写真ではは綺麗な杢(もく)に見えるけど、ニスの塗りが非常に雑。訳ありというより、難あり商品だ。
 指板の材料も粗悪な黒檀で、接着も不良。削りも左右が非対称で傷だらけ。中を覗くとパッチが当てられているのは良いとして、木の削りかすみたいなゴミまで出てくる。
 ところが、同時に購入した弓は三万円程だったが、そこそこの物だった。今まで使っていた十万円の弓より良く鳴るので、弓だけ購入してバイオリンは返品した。

  

2005年7月1日(FRI) カツオのヤケ食い
「焼津漁港市場に食堂があってな、『鰹一尾丸ごと料理』が有名らしいから、1回食べに行ってみたらどや?」
 7、8年も前だろうか、グルメ番組を観た知人に教えてもらったのだが、普通の人間が丸々太った鰹を丸ごと一尾食べられるだろうか。どんな料理が出てくるのかとても惹かれる話だが、そのためだけに静岡までいけるはずも無い。そこで仕事の都合をむりやりそれに合わせることにした。

 だが実をいうと焼津に行くのは、鰹よりも、吟醸酒の傑作との呼び声も高い、『磯自慢』という日本酒を手に入れたいからだった。
 地元焼津の酒屋でも手に入らない、飲み屋で一杯数千円の値が付けられている幻の酒とはどんな味がするのか、 僕は数年間もこの酒を捜し求めていたが、実に幸運なことに焼津市内で販売しているのを見つけた。
 喜びのあまり30分ほど酒屋の親爺さんと話し込んだら、例の鰹料理の店も教えてくれた。

 すでに新漁港が出来て、すっかり寂れてしまった焼津港だったが、まだ観光コースになっているらしく、バスで大勢の人がやってきていた。ぼくはお目当ての食堂に入って鰹の丸ごと料理を注文してみたけど、5名以上の予約制らしく、木で鼻をくくるようなあしらいをされた。
「鰹なんて所詮マグロの餌のくせに、なにを高飛車な態度に出ておるのか!」
 もしこんな捨て台詞を吐いて店を飛び出せるようなら、僕はこれまでの人生でどれ程得をしてこれただろう。だが広い食堂の隅っこに腰掛け、○○定食などを注文して、「美味しゅうございました」と卑屈な態度に出たのが現実だった。

 そんな惨めな思いをしたものだから、勢い僕はマグロに走った。冷凍マグロはもちろん、かぶと焼も買い込んだ。
「やはり焼津の酒を飲むなら、マグロに限るな」
 大阪に帰って来て、長年探し続けた、しかし決して高価ではなかった酒を飲むことで溜飲を下げた。

 やがて冷凍マグロを食い尽くし、2本の酒も飲み干した頃、2度目の焼津行きの日がやってきた。例の酒屋に行ってみると、こんどは親爺さんではなく若奥さんがおられてこう言った。
「○○屋さんの鰹のたたきでこのお酒を飲んでみてください。○○屋さんじゃないと駄目ですよ」
 教えてもらった市場で、○○屋さんの鰹のたたきを探したら、結構な人気があるらしく、とっくに売り切れてしまっていた。

 それ以来僕は鰹のたたきを食いまくったが、旨い! と感動したことは少ない。高知に行ったらさぞ美味しいものがどこでも食えるだろうと高をくくっていたのだが、それも甘い考えだった。
 ところが、遍路中に立ち寄った旅館の、素人の若大将が作ってくれた鰹のたたきがとても美味しくて、またもや『鰹丸ごと一尾』に執着し始めた。

「マスター、そろそろ誕生日やな。今年は何かやろうや」
 場末の飲み屋のマスターと誕生日の同じ僕が言うと、隣のお客さんの誕生日が1日違いであることが分った。
「よっしゃー! マスター、鰹の丸ごと料理はどや?」
 三人の誕生祝にかこつけて、マスターをそそのかしたのだが、この一ヶ月店を閉め続けたマスターの体力と気力が、あと一週間持つかどうかが大きな問題だ。

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2005年7月日()