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HAL日記


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2005年6月30日(THU) わたしの中身は、左利き
 一日に何千回、いや何万回指でキーを打つか知れない。特に最近マウスをクリックするときに右の人差し指に違和感を感じる。腱鞘炎の一歩手前のような気がしてびくびくしているのだが、そんな軟弱なことを言ってたら、ピアニストに笑われるような気がする。

 かつてピアノを習っていたときに、ハノンという練習で手首の腱鞘炎になりかかったことがあって、心配した先生がもっと低レベルのところに戻って練習するように言った。まるで進歩が止まったような悲しさがあったが、今思えば正解だったろう。

 パソコンのキーを打つのに低レベルも高レベルもないものだが、指が痛いのは事実。なんとか人差し指を使わない方法はないものかと、ノートパソコンに向かいながら考えていると、ノートパソコンに向かっている時には、左手の人差し指で、クリックしていることに気が付いて、デスクトップパソコンを使うときにも左利きになってみた。

 ピアノを弾けるなら誰だって利き手と違う側でで箸くらい使えるだろう。だったらマウスごときに右手しか使わない理由なんて無い。試してみたら結構使えるじゃないか。そんなわけで今は左の手でマウスを操作している。

 堺市広報を読んでいたら、友だちが将棋の『坂田三吉杯』に出場した結果が載っていた。思いっきりクラスを落として出たのだから、優勝しなかったらどんなことを言ってやろうかと思っていたら、散々な戦績だったので、からかう気持ちすら失せてしまった。

 彼が僕に将棋を挑んでくると、僕は必ず左手で受けて立つ。それで逆上する彼が自滅していくのを楽しむ気持ちもあるのだが、ここ一番という大事な局面では、必ず右手で駒を持ってしまう。そうしなければ、上手く頭が回らないような気がするのだ。
 今左手で日記を書いている。だからこんな気の抜けた文章にならざるを得ないのだと思っている。

 

2005年6月29日(WED) 周到で、金のかかったDMだった
 今日は郵便局からダイレクトメールを受け取った。正確には、「配達業務監査」というものらしいが、言ってみればアンケートかも知れない。
 さて、昨日書いた、「凄いダイレクトメール」の中身とはこうだ。
「力なく身体をあずける我が子を抱いたまま、何時間も座り続ける母親。残された力をふりしぼり、小さな頭をかすかに動かす子ども、うつろなまなざし。そしておとずれる悲しい最後…あってはならないこのような悲劇が、開発途上国では日常的に繰り返されています」

 差出人はユニセフ(国際連合児童基金)の最高責任者である事務局長に、この度就任された、アン・M・ベネマンさんだ。要は、3000円出せば467人の子どもの命を救う方法があるから、寄付をお願いします、とおっしゃっている。
 亡くなった奥さんに似たお大師さま像を作ると聞いて、遍路中に3000円の寄進をするような変わり者である僕だから、ユニセフの活動に寄付をするのにやぶさかではない。大いに結構だと思っている。

 では何が「凄い」のかというと、僕の名前と住所が印刷されたタックシールが10枚同封されていたことだ。「日々の通信にお使いください」とコメントがあるが、僕には、「童話の公募に使ったら良い事があるかも知れませんよ」とおっしゃっているように聞こえる。
 ぼくの名前が何回出てくるのかと数えてみたら16回箇所も印刷されてた。ユニセフさんが僕の個人情報を入手したのは、某童話公募からであるのは、書いてなくてももちろん知っている。もうけ話に釣られて、金を騙し取られるのとは訳が違うが、童話の公募との関係を匂わせるようなやり方は、なんとなく釈然としない。

 ま、それは考えすぎというものだろうから、ドンと寄付して進ぜよう。ただし、公募に入選してあぶく銭が入って来たらの話だ。とはいっても、畜生に跨った他人任せの競馬なんかとは違って、公募は自力本願なのだから、賞金を稼ぐつもりの僕としては、当然今すぐにでも振り込むべき筋合いのものではなかろうか。でもこういうものって、やり始めるときりがないんだよなあ!

 

2005年6月28日(TUE) 情報漏えいで、こんなダイレクトメールが来た
 どなたも似たり寄ったりなんだろうが、僕のところにも毎日のようにダイレクトメールが来る。
「○○電気、夏のボーナスフェア開催」
 それはいいけど、はっきりと値段を書いてくれんかね、特価¥29800とかじゃなくて。
「洋服の○○、サマースーツ大奉仕」
 この暑さじゃ今年のサマースーツ商戦は苦戦しそうだな、お気の毒です。
「☆☆旅行、秋のカナダ特集」
 おお、もう秋の話か!でも安物のバイオリンに腹を立てている僕には当分無理だな。
「日産自動車。HONDA販売」
 しばらく、いやかなり先まで新車はよう買いまへん!
「○○子です、一度HALさんとゆっくりお話したいです」
 おお、これは! と一瞬色めきたったが、××生命のおばちゃんだった。
 他にもゴルフ場とか、タバコも吸わないのにJTから将棋に誘われたり、楽器屋さん辺りから頼んでも無いのにラブコールが来る。

 ダイレクトメールが来るということは、僕自身がどこかで住所と名前を開陳したからに他ならない。電気屋、洋服屋、楽器屋は会員になっているし、車を買えば納税額まで調べられているかも知れない。ゴルフは仕方ないとしても、JTは景品目当てで自らが垂れ流した個人情報なのだから、自業自得といえる。

 父はたいそう几帳面な性格だったので、亡くなってから遺品の整理をしたら、数多の芸術性のかけらも感じられない風景写真と共に、メモ帳になりそうな広告の紙がどっさり見つかった。そんな中に混じって、ダイレクトメールもさぞかしあったろうと、今思ってみるのだが全く記憶に無い。

 僕が生まれたのは、御真影(天皇陛下の写真)が載っている新聞を粗末に扱うことの許されなかった時代の残り香を、まだ少し引きずっていた時代だった。
 近所の家には大抵、御先祖さまと御真影の額が飾られていたのに、我が家には祖父の肖像画さえも無かった。リベラルというほどではなかったが、決してコンサバではなかった父だったから、個人崇拝に繋がる物が好きでなかったのだろうか。

「宛名書き」という内職(これも怪しいけど)があった時代だから、子供の頃にもダイレクトメールの先駆けのようなものはあったと思う。そんなものを受け取った父が、丁寧に自分の名前に鋏を入れていた姿を思い出す。
 個人情報がどうのこうのという時代じゃなかったから、自分の名前をゴミと一緒にするのが嫌だったのだろう。御真影の載った新聞で、おしりを拭けなかったのと同じかもしれない。
 
「あなたの今一番欲しい物は難ですか?」と聞かれたら、「ダイレクトメールを切り刻むシュレッダー」と僕は答えるだろう。性格は母譲りの大雑把な人間なので、父のようにケツが拭けないとかいうのではなく、個人情報を漏らしたくないからだ。
 今でこそ、個人情報の漏洩はクラッカーの仕業となっているが、ちょっと前まではゴミから漏れていたらしい。
 
 今日、今までの中で最も凄いダイレクトメールを受け取った。アダルトサイトの請求書? いやそんな甘いもんじゃない。最も気をつけなければならないのは、内容証明郵便で来た小額裁判の召喚状らしいが、そこに行くまではかなりなステップがあるはず。だが僕が受け取ったのは、「恐れ入りました!」というものだった。この日記を読んだ方の中には、もう既に経験済みの方も多いと思う。それが何かは、明日の日記で。

 

2005年6月27日(MON) 腐っても鯛、やっぱ野茂は英雄だ
 先日オークションで購入した、ゴミになりそうな中国製のバイオリンは返品した。
「10年前までなら良い製品が手に入ったんですが、今は駄目ですね」
 東京のバイオリンマイスターの言葉を信じていれば良かったものを、とんだ無駄足を踏んでしまった。なんでも自分で経験してみないと納得できない僕の悪い癖だ。

「このノートパソコンは液晶が駄目になって使えんからあげるわ」
 飲み屋のマスターがカウンターを占拠しているゴミ同然のパソコンを、親切にも僕に譲ってやろうとおっしゃる。
 先日痛い出費をしてテレビを処分したばかりだというのに、またゴミに手を出してしまった。どうやらゴミを押し付けられる癖があるのではなく、僕自身がゴミを呼び寄せる何かを持っているのかもしれない。

 使えないと言っても、マスターはパソコンのド素人だ。ひょっとしたら回復するかもしれない、と思ってアダプターの代わりに安定化電源を繋いでスイッチを入れたら、なるほど画面の一部が欠けている。しかもOSはWindows 95だ。
 この世界では10年も前というのはいにしえと言ってかまわない。そこでWindows2000のセットアップを試みたら、恐ろしく時間を食った。

 苦労の甲裴があって、ノートパソコンはNETにも繋がった。画面の欠けも、昔のビニ本みたいに墨が塗られていると思えばどうってことは無い。どちらも使用には差し障りは無いのだ。
 ゴミと思っていたものがちゃんと使えるようになるこの喜びを何に例えたらいいのだろう。もう大リーグには通用しないのか、と心配していた野茂投手が、日米通算200勝を達成したのを祝福したくなるのと同じだ、と言ったら野茂投手に失礼だろうか。
 しかしちょっと待てよ、ちゃんと動くといっても、こんな非力過ぎるパソコンを使ってる場合じゃないだろう。金と時間をかけて「ゴミ」を「動くゴミ」に変える錬金術、僕の悪い癖だ。

 

2005年6月26日(SUN) ミャンマーからの贈り物は、豆知識
「金時豆とえんどう豆がございますが、どちらになさいますか?」
 女子ゴルフを見に行ったら、いきなり豆のプレゼントを申し出られて、迷った。
「え? え? え、えんどう豆!」
 そんなもん要らんわい、と言いたいところだが、やると言うなら貰ってもいいと思って、言葉の乗りでえんどう豆を貰ったけど、豆知識の無い僕は、これを何に使ったら良いのか、帰ってきてから悩んでしまった。

 豆知識と言うと、なんだか隠微な響きがあるが、ま、それはどうでもいいとして、先日の日記に書いた、もやしの正体が分かった。ミャンマー産の「マッペ」という豆の一種であるらしい。
「せっかく『ジャック』と名付けてやったのに、お前は『マッペ』なんていう名前だったのか!」
 目の前ですくすくと育っている豆の木が、外来種の植物と聞いて驚いた。

 アメリカザリガニ、背赤後家蜘蛛、背高アワダチソウの例を持ち出すまでも無く、日本の生態系は外来種によって壊滅的な危機を迎えている。このまま僕がマッペを育て続けたら、日本の豆社会に大打撃が及ぶのは火も見るよりも明らかだ。僕は苦悩の末にジャックを引き抜こうと思った。
 しかし良く考えてみたら、シンビジュウム、デンドロビュウム、カトレアといった美しい花々も、全て外来種じゃないか。本気で蘭を守りたいなら、長生蘭、富蘭、春蘭みたいな東洋蘭だけを愛でていろ、と言うのに似ている。
 
 僕は決してペシミストではないつもりだが、現代の人類と自然界の関係は、とても楽観出来る状況では無いように思う。そして、それは昨日今日始まったことではなく、2000年前に遡るのだ。
 B.Cは、ビフォークリストで、キリストが生まれる前、つまり紀元前と言う意味だが、紀元後が、A.Dつまりラテン語のANNO DOMINI(神と共にある年)と呼ばれるようになった頃、即ち聖職者の妻帯が禁じられるようになった頃にまで遡ることが出来よう。自然界の法則を超越したものとして、人類が思い上がった時点である。
 
 おっと、豆ひとつでなんでこんなに熱くならにゃいかんのだ? あ、そうか、ジャックが馬脚を現してマッペだったのを、「裏切られた」と感じたからだな。だがよく見たらマッペもそこそこ可愛くて捨てたもんじゃない。僕が水をやらないと、こいつ等はあっさりと死んでしまう弱い連中なのだ。どんな豆を収穫させてくれるか知らないが、それまで頑張るんだ!

 

2005年6月25日(SAT) 女子プロゴルフ、人気の背景とは
「よっしゃー!明日は待ちに待った女子プロゴルフを見に行くぞ。さくらに、真由美に、ゆかりに、おっと美保を忘れちゃいかんな、チェックチェック」
 遠足前夜の子供みたいに気持ちが高ぶって寝られなくなってもまずいので、軽めにワインを飲んでからさっさと眠りにつく筈だった。ところが、つけっ放しだったテレビを消そうとしたとき、モーツァルトのオペラ、「フィガロの結婚」が始まった。
(おいおいそりゃ無いぜ。よりによってこんな日にやってくれなくてもぅ)
 このまま観続けていると、終わるのは朝の4時を過ぎてしまうのだ。目が冴えてしまった僕はワインを呷り続けた。いつもなら酔いの力でコロリといく筈だったのに、結局酩酊しながら5時まで観てしまった。

 眠れなくなってしまったのには訳がある。ゴルフ場に行くのに、脱線事故を起こしたJR福知山線に乗るからだ。電車が怖いのじゃない。事故で亡くなった人の中に、オペラ歌手志望の若い女性がいて、彼女の告別式で友人たちがこの曲を歌って別れを告げたのをテレビで見たからだ。
 ソプラノ歌手なら誰でも憧れるスザンナ役は、結婚式前夜という、幸せの絶頂を歌う。
「一緒だよ、一緒だよ、いつまでも一緒だよ」というのは正確な訳ではないけれど、想像だにしたくない死に様の友を、有頂天の笑顔で歌いながら送らねばならなかった悲しみとは、いったいどれほどのものであったろうか。

 電車は極端に遅いスピードで事故現場を通過した。手を合わせる人の姿は無かったが、こころなしか乗客は一様に沈痛な面持ちに見えた。
 怖くて電車に乗れなくなった、という人の気持ちが少し理解できる。あの事故に縁の無い僕ですら、カーブに差し掛かる前に、そわそわして動悸を感じた。無理も無いな、と思う。

 最近の女子プロゴルファーは美しい!さくらちゃんや藍ちゃんは確かに可愛いが、いやいや、もっと素敵な子がたくさん控えているぞ。古閑美保(こがみほ)ちゃんなんかアイドル女優かと見紛う程だ。
 女子プロゴルファーもアスリートだから、ボディービルダーみたいな体型でもしているのかと思っていたけど、(もちろん入江由香選手や、外人のG.スコット選手のように、体重80sという恵まれた? 体格の選手もいるにはいるが)皆さんどこでも見かける普通の女の子ばかりだった。

 僕は以前このコースでプレーしたことがあるはずなのに、ちっとも思い出せない。思い出したくないほどのスコアだったのかも知れないから、スコアカードを引っ張り出したりはしないが、明日の決勝戦がとても楽しみだ。試合ではなく、女子選手を観るのが。

 

2005年6月24日(FRI) お師匠さま、十分でございます
「毎日毎日、良く日記のネタがあるな」と言われるけど、テレビのニュースを見ていれば少しも困ることは無いだろう。でも僕の日記はそちら系ではないので、ネタに詰まったときだけ時事問題とか、ドラマネタを使う。しかしそれにも困ったら、そのときは奥の手として、お師匠さまにご登場願うことにしている。

 昨年、どこかのバラエティー番組で、血液型が問題になっていたらしく、あの手の物を見ない僕はちっとも知らなかった。知らなかったのに時を同じくしてB型を槍玉に挙げてしまったようなのだが、世間の人が思っているほどB型は気にしてないと思う。いやそれどころかむしろ楽しんだんじゃないだろうか。

 木曜日はお師匠さまの、俊子の部屋に行くので、残念ながら大安寺様の笹酒祭りには行けなかった。笹娘に酌をしていただく酒はこの上も無く美味なのに、なんとも無念だ。その代りじゃないけど明日は女子プロゴルフを見に行って溜飲を下げたいと思う。

 お師匠さまネタを書いたので、どんな恐ろしいシゴキが待っているか、恐る恐る教室に行ったら、以外にも上機嫌だったので安心した。たぶん僕が書いた話をすっかり忘れてしまっているのだろう。お師匠さまがポジティブに物を考える傾向のあるB型でよかったと思う。

 毎日のように日記を書いてはいるけど、これって決して楽しんでいるわけじゃない。大袈裟に言うと義務感とか、責任感とか、読んでくださる人がいる限りは書かなきゃ、という思いに突き動かされて書いている。
 そんな面白くも無い日記に付き合わされている側はどうなのだろうと、ふと思うことがある。例えば、食玩のおまけを集めるみたいに、くだらん日記もあるけど、読み始めたから仕方なく最後まで読み続けてやろう、というマニア魂を持っている御仁を苦しめてはいないのだろうか、と心配している。 

 

2005年6月23日(THU) チャングムぅ〜、この色事師!
 ドラマ「チャングムの誓い」の第36回「誤診」は、高貴なお方を診察するときの緊張感が良く伝わってきて、見ている側も手に汗を握るほどだった。もちろんドラマはフィクションなのだから、物語を紡ぎ出した原作者が上手いのだろう。それとも必ずしも原作に忠実でなくてもいいなら、脚本家、演出家の勝利と言えるのだろうか。
 双子を身ごもって片方が死産、片方が胎内に残ったまま、なんて事例は、MRIなどの診療機器を獲得した現代ではありえない話だが、昭和の時代までは少なくなかったらしい。

「産婦人科における医事紛争処理の事例」という、やや古い医家向けの本によると、昭和中期頃までこの種の事故例が多数報告されている。
 また、子宮が二つ有って、どちらにも妊娠していたのに、片方だけ中絶した結果、出産した。等等、信じられない話も枚挙にいとまがない。そして、ことごとく医療機関側が敗訴している。(子宮が二つある、と聞くと驚くかも知れないが、「双角子宮」といってままあるのだそうだ)
 
「判例から学ぶ医療事故」という医家向けの本を見てみる。
 昭和57年2月24日のY医院において、Y医師は原告X夫人を分娩室に入室させ、アトロニンを注射−陣痛促進剤であるプロスタルモンを内服させ−会陰切開を施した上、子宮口が全開大に達していないにもかかわらず吸引分娩を試み−故障したままの新生児蘇生機−等。  この後もひどい話が展開されて、被告Y医師に約6千万円の損害賠償という判決が下されている。

 昭和天皇の主治医だった某医師が、引退した後に発表した自らの誤診率の高さに世間は驚かされたが、厳密に判定するならたとえ名医であっても誤診は免れないということだろう。 それなら日本の室町時代に当たるチャングムの時代にあっては、誤診が当たり前だったんじゃないだろうか。まったく我々は良い時代に生まれたものだと思う。

 診療機器が発達し、患者にとって良い時代になったのは間違いないが、医事紛争の歴史をひもといてみると、年々判例が増えた上に厳しくなっているような気がする。ずさんな診療をする医師が増えたというのではなく、医療技術の高度化に伴う過誤や、情報開示の概念が一般に浸透した結果なのかもしれない。
 そう思ってみると、患者のために開発されてきたはずの医療機器というのが、実は医療機関側の保身のために開発されてきたという側面も見えてくる。(結果としてそうなっているだけかもしれないが)

 命を懸けて高貴な方の診療にあたるチャングムの時代にあって、施術する側の保身のすべは無かったのだろうか。いやいや、当時ならきっと医師は占い師、霊媒師、祈祷師、呪術師、みたいなものを兼ねていたに違いないと思う。チャングムはどれを兼ねていたのだろう。ドラマを見る限りは、「色事師」に思えるのだが。あ、いや決して色目でチャングムを見ているんじゃないよ。だってこの後の展開はそうなるって、チャングムの公式ページでも匂うんだから。

 

2005年6月22日(WED) ドリアンの種をまいたけど
「何なんだこの草は!」流し台を覗き込んでハッとした。排水溝から何かが生えているのだ。緑色のか細いその草をつぶさに観察したら、どうやらモヤシであるらしい。そういえば先日野菜サラダを買ってきて食べたが、まさかあれが発芽したのだろうか。いや、モヤシというのは既に発芽した物を食べるのだろうから、双葉が出たというのかもしれない。
 まるで地獄から助けを求めて、蜘蛛の糸を登る「カンダタ」のように哀れで健気だ。このまま下水に流してしまうのも無慈悲に思え、プランターに植えてやった。

 ドリアンの種をプランターに蒔いた(埋めた)のは昨年の夏のこと。1年たっても一向に芽を出す気配も無いので、諦めて朝顔の種を蒔いた。これは昨年の遍路の折、愛媛の麗夫人にお接待して頂いたものの2代目だが、今年も約束どおり芽を出してくれた。

もやしと朝顔この連中の間に、ゴルフボールくらいの大きさのドリアンの種が埋まっているが、冷凍されていたものをレンジでチンしたのだから、発芽なんかとても期待できそうに無い。ところでこのモヤシってなんの種なんだろう。大豆もやしでないのは確かなんだが。


 動物を飼うのが苦手なので、めだかの赤ちゃんさえまだ貰いに行ってない。朝顔を食べるわけにはいかないから、このモヤシがジャックと豆の木みたいに育つ夢でも見ながら眠りたいが、あれって確か、心優しい巨人を騙して墜落死させる話しだったよなぁ、違ったっけ?

 

2005年6月21日(TUE) 亡くなった者の無念、残された者の怨嗟
 1年余り前に車の事故をした。どちらの搭乗者にも怪我をしなかったのが奇跡とも思えるような激しい衝突だった。僕の車は動いたけど年式が古いので廃車。相手の車は新しかったが、小さかったのでかなりのダメージを受けて動けなくなった。その後は保険会社にまかせっきりになったので、どのように解決したのか分からない。

 車の事故には、「過失割合」というものがあって、停まっている車に追突したのは別として、交差点なんかではその割合が10対0になることは無いのだそうだ。動いている限りは、どちらにも非はある、という考え方らしいが、自分は決して悪くない、と思っている側にとっては腹の立つ制度だ。しかし逆の立場で事故ったらその限りでもない。いずれにしても保険屋さんにとって都合の良い制度なのだろう、と勘ぐっている。

 運転免許の更新案内が来た。それによると僕は優良運転者ということになっているが、1年前の事故は、結果として僕が信号を間違えたのが原因なのに解せない。でもなんだか得した気分だ。言い訳になるが、信号を見誤った僕に過失があったのは間違いなくても、問題は信号の方にあった、と今でも思っている。
 免許の更新に行くと警察は、「ほとんどの事故は運転手の注意不足です」というが、人間はミスを仕出かすものだという前提に立ってものを言ってほしい。同じ場所で何十回も事故が発生して初めて信号のタイミングを見直すなんて、亡くなった方の無念はいうに及ばず、残された者の怨嗟を理解していないのではないのだろうか。

「週末に女子プロゴルフ選手権を見に行こう」とのお誘いがあった。車で行ったほうが便利なゴルフ場だが、女性ゴルファーたちの熱き戦いを観戦しながら、冷たいビールで喉を潤す誘惑に勝てず、電車を使うことに賛成した。土曜日だからラッシュは無いと思うけど、先頭車両には乗らないだろう。運行が再開されたばかりのJR福知山線。事故現場に手を合わせる人の姿を見るに偲びない。 

  

2005年6月20日(MON) 遺跡破壊を擁護する罰当たり
 NTTの遺跡破壊には本当に腹が立つ。可能な限り現状を復帰すると言ったって、元に戻るわけが無いだろう。取り返しがつかないというのはこういった行為だ。NTTに厳罰を下したいが、道義的には大きな問題があるといっても、文化財保護法の拘束力はどれほどのものなのだろう。

 先日の良子先生のコンサート会場が弥生文化博物館だったので、弥生文化に触れて分かったのは、当時の日本人の文明程度はかなり高く、もちろん文字も使われていた、ということ。そして秦の始皇帝に命ぜられた叙副が不老不死の秘薬を捜し求め、和歌山の新宮に漂着したのが弥生前期で、当時の日本はまだ文字が使われてなかったらしい。今回のNTTが破壊した遺跡はそれよりもかなり新しい、6世紀頃の墓なのだそうだ。

 堺市に住んでいると、いたるところ古墳だらけなので、「邪馬台国泉北ニュータウン説」をかねてより主張している僕なのだが、思い入れ以外の何の根拠も持ち合わせてはいない。そして今後もその説を裏付ける証拠が発見される可能性は無いだろう。というのも、泉北ニュータウンの開発が始まった頃に、実際の作業に従事したことがある建設機械のオペレーターによると、
「どこを掘り返しても、つぼやら何やら遺跡らしいものがようけ出てくるねん。一々届けとったら工事が停まって、下請けが食われへんなってまうから、危ないな、思うたらブルドーザーで潰してまうんや」
というのが現実だったらしいから、邪馬台国の遺跡など、もう発見不可能なのだ。
 土地ころがしの優等生らしい大阪府都市開発鰍ウんが、「こんなことは初耳だ」といえるだろうか。我々の今住んでいるところは、2000年の長きに亘り、弥生人たちの遺跡を破壊し続けた最終地点なのだ。

 何も知らなかったとはいえ、僕たちは遺跡を破壊した上に住んでいるのだから、罪の意識が無いのかと問われたなら、やっぱり少しだけ後ろめたい気がする。でもそんなことをいっていたら日本に安住の地がどれほどあるのだろうか。
 あの遺跡を潰した作業員さんは、こうも言った。
「土木作業しとったらな、ブルドーザーがどんどん沼に沈んで行くねん。人間は助けるけど、ブルは引き上げられへんから、ぎょうさん沈んだままや。泉北ニュータウンは建設機械の墓場の上に建っとるっちゅー訳やな」
 池や沼だらけだった当地を埋め立てていると、一晩でブルドーザーが土の下に沈んでしまうのは珍しくなかったという。
 あと2000年の後の日本人はどうなっているか、いや人類がどうなっているか分からないが、弥生時代の墓が貴重な遺跡といわれるように、その頃にはブルドーザーの死骸もまた貴重な遺物となっているのは間違いないだろう。

 

2005年6月19日(SUN) 聖子ちゃんのコンサート、ぼろ儲けだった
「聖子ちゃ〜ん!」と声がかかりそうな、アイドル顔のチェンバリストのコンサートを聴きに行った。いかにアイドル顔だからといって、チェンバリストが、えへらえへらと聴衆に愛想を振りまくのもいかがなものか、と彼女は思っているのか、演奏を終えてもにこりともしない方だ。しかしそれが魅力でもある、といえばいえないこともない。
 だが今日は少し様子が違った。演奏の合間にチェンバロの解説をしてくれたのだが、素人相手の説明は難しいとあってか、苦笑するシーンがあった。成る程、笑ったらこういう顔になるのか、と初めて彼女の笑顔を見た気がする。

 怒っていれば機嫌が良いという人がいる。怒るネタがないと塞ぎ込んでしまって機嫌が悪くなってしまうどころか、体まで不調になったのじゃないかと心配になる。そんな人だから、もし彼の唇が少し歪んだなら、普通の人なら臍がお茶を沸かすほどの大笑いだといってもかまわない。その人のように、笑うのは威厳にかかわる、ということも立場によっては有り得るので、聖子ちゃんも同じく、バッハが苦虫を噛み潰したように澄ましているのかも知れない。

 今日のコンサートは無料だから、彼女の演奏さえ聴いてしまえば帰ろうと思っていた。次の演奏は僕もたしなむフルーとだが、ピアソラは良く知らないので退屈だった。でも金属ではなくエボニー(黒檀)製のフルーの音色がとても気持ちよくて席を立てなかった。
 次はショパンの「雨だれ」だが、昨日の良子ちゃんの演奏とは随分と違う。演奏スタイルも違うが、技量の差というより、恐らくピアノの違いが大きいのだろう。昨日のピアノはとても素晴らしく響いた。

 さてここで帰ろうと思ってプログラムを見たら、次はモーツァルトのバイオリンソナタ、K304だ。これは僕自身も練習したことがあるから、絶対に聴きたい。バイオリニストは若い女性で、とても上手だった。超絶技巧を要する演奏も見事にこなした。彼女のような奏者にオールドの良い楽器を待たせたいものだと思う。

 トロンボーンなんて興味ないので、今度こそ帰ろうと思ったのに、その後がショパンのオンパレードなので、帰るに帰れなくなった。トロンボーンなんか早く終わってほしいと思いながら見ると、伴奏者もトロンボーンも子供みたいな女の子だった。小柄な体に大きなトロンボーンが痛々しく、腕を思いっきり伸ばして、ぎりぎりのところで懸命に吹く姿が健気だ。このデュオはひょっとしたら人気が出るかもしれない。あと5年もしたらステージでエンターテナーをやってると思う。

 最後は僕の好きなショパンのノクターン20番で始まった。硬い音色のピアノを良くコントロールしながら歌わせている。このままレコーディングしたいくらいの見事な演奏だった。それもそのはずで、彼女は音大の客員教授らしい。トリを務めるだけあって申し分ないどころか、願っても無い状況なのに、空席が目だつようになって寂しい。
「このコンサート本当に無料で良いの、千円くらい置いていこうか?」
 声に出したわけじゃないけど、正直な胸のうちだった。最後の椿姫には、もっと良いフルコンサートグランドピアノで、もっと大きなステージで弾かせてあげたいと思いつつエレベーターに乗った。
「最後の演奏すごかったねー、スタンディングオベーションで拍手したいくらいだったよ」
 同感だった。みんなちゃんと分かってるんだ。バイオリンだって若々しくて良かった。それこそスタンディングオベーションしたいくらいだった。最後まで残っていてぼろ儲けしたみたいな1日だった。

 

2005年6月18日(SAT) NTTさん、それはあんまりだろ、と言うつもりが
「はやくしてくれないかなあ、これじゃ良子ちゃんのコンサートに遅刻するじゃないか」
 パソコンの前で貧乏ゆすりをしながら、僕のバイオリンが今どこにあるのか、webで追跡してみた。昨夜発送されて、今朝には堺市の営業所で車に積み込まれているから、普段ならお昼ごろには「ピンポン!」と鳴るはずなのだ。
「こりゃ駄目だ。これ以上待つわけにはいかない」と意を決して外に出たとき、黒猫がバイオリンを抱えて歩いてきた。
「あ、ネコちゃん、これ僕の荷物だ。サインするからね」
 手書きのサインで品物を受け取ったが、こんなに簡単に荷物を受け取れていいのだろうか。かといって、黒猫に「身分証明書を見せろ」と言われたらムカつくけど。

 バイオリンはハードケースの上にプチプチを巻いただけの梱包で送られてきた。投げたりしないならこれで十分かもしれないが、少し不安を感じながら、とりあえずは開梱してみた。
「な、なんじゃこりゃ!」
 楽器に損傷は無さそうだが、楽器そのものに問題がありそうだ。詳しく吟味したかったのだが、もう時間がない。遅れたからといって、良子ちゃんに叱責されるわけでもないが、そんな問題でもないだろう。

 大阪府立弥生文化博物館。良く知ってはいるが、入るのは今日が初めてだ。2000年前の弥生人と、ピアニストの良子ちゃんの間に、いったいどんな連関を見出せばいいのか悩みながら訪れたのだが、なんの関連も無かった。
「梅雨時に爽やかなコンサートをお届けしたい」らしく、それにふさわしい選曲がされていて、中でもチャイコフスキーのボルカローレは素敵だった。

 弥生文化とクラシック音楽。何のかかわりも無さそうに思えるが、キリスト生誕がおよそ2000年前。弥生時代もそのころなら、こじつけも十分許されるだろう。コンサートが始まるまでに、展示物を見てまわることにしたが、弥生人は、なんて素晴らしい土器や石器を作っていたのだろう、と驚いた。石のナイフや斧は言うに及ばず、船や銅鐸も素晴らしい。我等のご先祖さまが、宗教の聖典を残さなかったからといって、決して遅れた民族ではなかったことがここに証明されている。

 今日はなんて素敵な1日だったのだろうと思う。なのに、このバイオリンはなんだ。ちょっとひどすぎるぞ!いくら「難あり品」といったって、これは許せん。調律そのものが出来ないじゃないか。
 帰ってきて、送られてきたバイオリンを調整したが、あんまりひどすぎる。弓のほうはかなり良い物だったが、バイオリンは最低だった。
 本当は、ここでNTTの遺跡破壊を問題にしたかったのだが、やる気なくした。 

 

2005年6月17日(FRI) 年下女性と友だちになりたければ
「明日が良子の部屋で、次の日が聖子の部屋か、連続だな。おっと来週は俊子の部屋にも行く予定になってるな。こりゃさすがにプレイボーイのオレでも身が持たんな。ワッハッハ」
 などと声に出して一人受けしてみる。もしこれが、娘たちの家を巡り歩く光源氏のごとき予定だったならどんなに素敵だろう。だが良子の部屋はピアノコンサート、聖子の部屋はチェンバロコンサートというのが現実で、俊子の部屋にいたっては、タイガーマスクも修行した虎の穴みたいに恐ろしいシゴキ部屋(来週は僕の童話作品が合評の俎上に上がる)というのが実体なのである。

 この三女性はいずれ劣らぬ美形である。もし三人をミックスして良いとこ取りしたなら、故ダイアナ妃をもかすむほどの絶世の美女になるのは間違いない。(保証はするが、結果は確認不能の上に、楊貴妃やクレオパトラは見たことが無いし……)だから彼女たちの待ち構えるステージに、のこのこと僕は出かけるのだ。

 ところでプレイボーイとかジゴロなんて言葉はさっぱり耳にしなくなったが、もはや死語と化したのだろうか。年下の友達が少ないので、こんなとき、ふと心配になる。例えば子供の頃に習ったPH「ペーハー」を、今の子供たちは「ピーエイチ」と習っているらしい。ドイツ車メーカーのBMWを、「ベーエムヴェー」から「ビーエムダブリュー」と呼ぶようになったのと同じなのだろうか。

 事は外来語ばかりに及んでいるのではない。日本語で死語になっているものも少なくないはずだ。先日僕が書いた童話で、『ふでばこ』と書くのをとてもためらった。もちろん筆箱のことだが、今も子供たちはそう呼ぶのだろうか。もしかしたら『ペンシルケース』と呼んでいるかも知れない。いや、それだとアフリカあたりの未開部族が用いる『ペニスケース』と紛らわしいから、当局が許さんだろう。実に悩ましい。
 思い余った末に、小学生の娘さんを持つ若いお母さんにお聞きしたら、「ポーチのような形が主流ですが、子供たちは『筆箱』と呼んでますよ」とのことだった。
 年下の異性と知り合うと、とても役に立ちます。


※満遍なく友だちがいればいいのに、なぜか年上の男性ばかりに友だちが出来る。理由を考えたことも無いが、僕の方に問題があるのは間違いなかろう。 

 

2005年6月16日(THU) ボケを診断しましたら意外な結果が
 いくらさがしてもスコアカードが見つからない。ほんの1週間前のゴルフが思い出せなくて、スコアカードを見て確認したいのだが、出てこない。バッグの中はもちろん、トイレ、冷蔵庫、たんすの引き出しまで探した。
 ゴルフのスコアカードは僕にとって重要な位置を占めてはいない、とはいってもそう簡単に捨てたりはしないはずなのに、見つからないのだ。
 諦めて机に向かったら目の前にあった。パソコンのスピーカーの下敷きとして流用していたのだ。

 あ〜、ついに呆けたのか、それともアルチューハイマーだろうか。マジで心配になって、NETの『ボケ診断』なるものを試してみた。

問1、悩みや心配事があっても表には出さない
 うんうん、出さないというより、顔に出ないか、いつも幸せそうだと言われるな。
問2、思ったことは素直に言うほうだ
 素直といわれるよりは、率直とか直裁だといわれる。つまり、づけづけ物を言うということか。
問3、他人の話を信じやすい
 う〜ん、猜疑心をもって人の話を聞くのは、それだけ騙された経験が豊富だからか?
問4、自分はプラス思考だと思う
 プラス思考というのは、一種の逃避だろう。その意味ではプラス思考かも知れん。
問5、かなり変わった友達がいる
 気がついたら変わった連中ばかりしか周りにいなかったなあ。
問6、料理をするのは好きだ
 はあ、独身ですから、やむにやまれずしますよ。
問7、酢豚にパイナップルが入っていても許せる
 許せるってゆうか、好きだけど。なんで?
問8、UFOを見たことがある
 そんなの見たら人生もっと変わってるよ。そこまではボケてないぞ。

 この後も延々と不可解な質問に答えていって、最後にどきどきしながら、「診断」のボタンを押した。

「おめでとうございます!あなたは立派な天然ボケです」





 さてと、ゴルフのスコアカードを探してたのは、「季刊ゴルフ部」のページにコメントを書くためだったよな。っていうか舐めとんのか、このサイトはあ!


※アルチューハイマーは確実かもしれませんが、少し呆け始めたそのベースが天然だった、と初めて思い知った、今日この頃なのであります。 

 

2005年6月15日(WED) キムタクもひれ伏すほど美しかった私
 お師匠様ネタを書いたらさっそくお師匠様のチェックがはいった。曰く、「キムタクもひれ伏すほどの美しい私なのである」と。
「書き直せ」と言うほど狭量なお師匠様でもないのでそのままにしておくが、夢の中での美しいお姿を想像するのは、神聖な土俵に靴を履いたままで上がるようなものかも知れないのでやめておこう。もしそんなことをして、僕の方があらぬ事を妄想してもいけない。

「本当のことはつまんないんだもん」
 昨日のドラマ「エンジン」で、嘘つき呼ばわりされる子供が本音をもらすと、キムタクも釣られてほらを吹いてしまう。
 惨めな現実から逃避したくて嘘をつく場合もあれば、願望が誇大妄想となって現れる場合も少なくない。だから飲み屋なんかで聞かされる、現実逃避のほら話に、騙された振りをして聞いてみたりする僕なのだ。

 前置きがはなはだ長くなってしまいましたが。実は僕も嘘をついてしまいました。100万円のバイオリンを買うのだ、と豪語しておきながら、オークションで競り落としたのは、なんと58000円の中国製の難有り品でした。す、スミマセン、見栄HALくんやっちゃいました。
 定価100万円のバイオリンが出品されていたときに落札しておきさえすれば、こうして懺悔しなくてはならない後ろめたさも無く、誰に後ろ指を指されることも無かったでしょうに。大山康晴名人の、「最初のチャンスは見送れ」と言う格言に従ったばっかりに悔いております。

 女性の名前でバイオリンの出品者からメールを頂きましたが、どうも日本語が少し古臭い気がします。丁寧なのはよろしいのですが、今や死語となって、本の上でしかお目にかかれないような言い回しがあったりします。
 かつて中国の方から頂いた商用FAXに良く似た表現があったのを思い出しましたが、読み進んでいくと、果たして振込口座の名義人の名前が中国名になっているではありませんか。
 中国の方であろうが、はたまた北の方であろうが、意義を申す積もりもありませんので、嘘をつかれたとも思いません。それどころかコストパフォーマンスの高い楽器を日本に紹介してくださってお礼を言わねばなりますまい。この楽器が30年前に我が国に輸入され、イタリアの偽ラベルが貼ってあったなら、間違いなく100万円の値が付けられていたでしょうから。

※苦しい言い訳に終始してしまいました。でも楽器そのものは悪くないと踏んでおりますので、商品が到着するのを心待ちにいたしております。

 

2005年6月14日(TUE) 紀子様に会ったお師匠様。僕も会いたいよ
 僕の童話のお師匠様は自慢話が矢鱈と多い。誤解の無いように断っておかなければいけないが、偉そうにしているというのじゃなく、自慢のネタが無尽蔵かと思うほどに有る、という意味だ。
「皇太子様にお会いしたのよ。とても優しげな上に威厳がおありで、もうそれは素敵なの!」
 2月には読者の子どもが受賞した、読書感想文内閣総理大臣賞の授賞式で皇太子様をお見かけしたらしい。
「秋篠宮紀子様にお会いしたのよ。それはそれはお綺麗でいらして!」
 先日のフジテレビ賞での一こまを、物真似を交えて報告して下さるが、これがまた、「童話作家でなく、漫談家の話か?」と思うほどおもしろいのだ。
「気が付いたら松坂慶子になってたのよ。キムタクに愛を告白されそうになって……」
 お師匠様にどんな願望があるのか知らないが、松坂慶子に童話を教わっていると思えば、なんだか僕も興奮する。しかしこれなどは、自慢話だかトリップしているのだか、既に訳の分からない状態に陥ってしまっていると言って良かろう。
「せ、先生。いつぞやアメリカに長く滞在されておれれたとか。もしや良からぬ薬を覚えて帰国されたのでは……」
 心の中だけで、お師匠様を気遣ってみた。
 
 このところ馴染みに飲み屋には行かないようになってしまった。一人の爺さんが大きな声で、年がら年中同じ自慢話をしてくれるようになったので、うるさくて仕方が無いからだ。
 近所に上品な奥さん方が始めた飲み屋があった。家庭の味が売りで、かなり人気が出たのだが、一人の刺青者が用心棒のように入り浸り始めると、客足がすっかり途絶えてしまって、2年ほどで店をたたんでしまったことがある。
 「悪貨は良貨を駆逐する」というのは、かつては経済学での常識であったらしいが、「悪客は良客を駆逐する」というのは、どうやら飲み屋の常識らしい。

 亡くなった僕の父は、酒をのんで気分が良くなると、何度も同じ自慢話をした。そのたびに初めて聞くかのような顔をして相槌を打たされる子供たちを気遣った母がたしなめると、父の態度は急変して飯台をひっくり返した。
 色々な酔っ払いを見てきたが、態度の急変する酔っ払いだけはかんべんしてほしいと思う。延々と自慢話に興じるのはまだいいとして、毎度同じ話を聞かされるのはたまったもんじゃない。おまけに声が大きいならなおのこと、「もっとおもしろい話の一つでもしてみろ」と言いたくなってしまう。
「俺も年寄ったらあんなふうに同じ自慢話するようになるんやろか。気い付けんとアカンな」
 友だちのTELさんが、うるさい爺さんを見ていったが、彼は十分シルバーなのだからどう答えていいか困る。だが彼が同じギャグを繰り返すのは知っていても、同じ自慢話をしているのを聞いたことが無いからきっと大丈夫だろう。
 昔の自慢話をする人を必ずしも否定するのじゃないけど、過去の栄光にしがみつかなくてもいいように、年寄ってもなおかつ自慢できるような、新しいネタの一つや二つは持ち続けていたいものだと思う。

 

2005年6月12日(SUN) 鰯の頭も何とやら、健康法のあほらしさ
 肉体の衰えに危機感を感じた劇作家の三谷幸喜さんは、『水飲み健康法』を始めたのだそうだ。ペットボトル入りの水を1日に6リットル飲むとどんなことになるのか、想像に難くないだろう。1日中トイレに通いながら体内の悪い毒素を、尿と共に排泄するのだそうだが、タバコも酒も飲まない人の体に、いったいどんな毒がたまっていると言うのだろうか。

 水飲み健康法を実践していた会社の同僚の影響を受けて、僕も試してみたことがあるが、車を運転していても考えているのは水とトイレのことばかり。顧客のことなんかチラリと考えても、次の瞬間にはもうトイレをさがしてハンドルを切っている。
 商談が済んだら先ずトイレ。車に戻るとペットボトルの水を、まるでビールでも飲むかのように呷る。そしてまたトイレをさがし求めてハンドルを握るのだ。こんなありさまで営業成績が右肩上がりになるなら、その人は一流の営業マンと呼べそうだ。

 スポーツクラブのメンバーから飲み会の誘いがあったが、ハーフマラソンの後で大酒を食らうなんて、いかに呑み助の僕でも危険を感じる。そりゃビールは確かにうまいだろうが、体には絶対悪いと思う。
「ああ、今度の日曜は駄目です。コンサートを聴きに行く予定なんですよ。いえね、皆さんと飲みたいのはやまやまなんですが……」
 還暦を過ぎてもなお怪物みたいな彼等に付き合うには到底役不足の僕なので、先約を理由に断ったけど、あの人たちは長生きしたくないのだろうか。

 健康法と、それを解説した本の売り上げに相関関係があるのは当然で、ひと頃流行った『チタンテープ』とか、ゴルファーあたりが発端となった磁気ブレスレットを見てもわかるが、ほとんどの『健康法』といわれるものは、気持ち程度の効果が期待できるだけだ。
 ダイエット石鹸なるものをスチュワーデスに配って、その後大儲けした人。馬のシャンプーを人間向けに売った人、等等。僕はダイエット、健康と名が付けば、ほとんど全てがまやかしと言って差し支えないと思っている。自分の尿を飲む健康法を実践した人で、健康になったと主張する人がいないのを見ても明らかだ。

※水を飲むのは決して健康に悪くは無いと思う。それどころか僕は三谷幸喜さんほどではないが、僕も毎日大量の水を飲んでいる。近ごろは水道水も美味しいくなったので、わざわざペットボトルを買うほどでもないと思う。だって『○○の美味しい水』というけど、あれって水道水とどう違うの?たぶん水道水だよあれは。 

 

2005年6月11日(SAT) 政治家に言いたい、「待った無し」
 先日書いた、将棋の対局中に揉めたプロ棋士というのは、加藤一二三九段と阿部隆七段なのだが、視聴者からの苦情を受けて、将棋連盟が本日裁定を下した。
「加藤九段の『待った』は、棋士にあるまじき恥ずべき行為である」として来期の銀河戦出場停止と、いくらか知らないが罰金を課すという。
 相撲じゃないのだから、プロの将棋で、「待った! この手はちょっと待ってください」と言ったって相手が待ってくれるわけでもない。だから素人には意味不明に聞こえるだろうが、要するに一度駒を置いて指が離れたのに、もう一度摘み上げて別のところに置いた、あるいは『不成り』を『成り』にする行為、つまり囲碁でいう『はがし』をやったのだ。

 僕が子供の頃のテレビ将棋なんて、秒読みが切れても、「時間となりました。○○先生、お指し下さい」なんてシーンがあって、今思えばのどかだったように思う。だからと言って今回の加藤先生に対する処分に異論を挟む人は少ないと思う。現代の将棋は、盤面での一手の重みが、あの時代とは格段に違う。対局中のタバコが禁止されているわけではないが、その余裕さえ与えられないのだ。 

 囲碁の好きな人と、将棋の好きな人とではどういう違いがあるのか良く議論されるところだが、突き詰めていくと文化人類学の範疇に踏み込んでしまいかねない。しかし、たかがゲームに人類学も無いだろうと、ある人が囲碁をたしなむ人、将棋をたしなむ人の平均寿命を調べてみたら、真偽の程は定かでは無いものの、圧倒的に囲碁ファンの方が長寿であったと言う。
 囲碁は言うなれば隣の家との境界線を巡って揉めているようなものだが、将棋はどちらかが死んだか、降参した時点でゲームセットとなる。終わった時点で数えてみなければ、どちらが勝っているか分からない囲碁と違って、将棋の終局は唐突で冷厳なものだ。
「老いると、勝負の厳しさに耐えられないがゆえに、将棋の棋士は囲碁棋士のように、長く現役でいられないのだ」というのが内藤國雄九段の説だが、全く同感だ。

 神武以来の天才と謳われた加藤先生の、今回の処分は前代未聞であるという。不本意であろうが、加藤先生は決して王道を歩んで来た人ではない。大山名人に阻まれ、中原名人には先を越され、谷川に名人を襲われ、羽生に踏み台にされる。実直で不遇な棋士、加藤一二三。今回の事件で、本人はそうは思っていないだろうが、ようやく『不遇の天才棋士』の称号が似合うようになった。
 坂田三吉、升田幸三、芹沢博文、小池重明(アマ)。将棋指しには無念と自虐。破滅と不遇が良く似合う。

 

2005年6月9日(THU) 巨人軍、いや日本球界の醜悪な部分
 このところウィスキーやビールを飲まないで赤ワインばかり飲んでいる。それで気が付いたのは、千円以下の安物ならオーストラリア産が濃厚かつ芳醇で、僕の口に合うということだ。ボージョレーだとかのフランス産ばかり手に取っていたのは、やはりブランドの志向なせる業であったかと反省せざるを得ない。

 カビの生えたチーズを肴に、赤ワインを飲み始めるとついつい1本空にしてしまうけど、ワイン(特に赤)は頭に来るような気がする。ワイン1本はおよそ750mlだから、日本酒にしたら四合程で、酔いはアルコール度数の高い日本酒に軍配が上がるけど、酔い覚めは日本酒の方がはるかに優しいように思える。
 もちろんこれは体質や、醸造法の違いによるのもあろうが、肴との取り合わせに拠るところが大きいに違いない。日本酒だと何かをつまみながら飲むのだが、ワインだと何もなくてもハイペースでガブガブやっている。アルコール度数が低いので、酒だと思わずに飲んでいるときもあるくらいだ。

 中国の酒といえば紹興酒を思い出すが、キムチ離れが進む韓国や、日本酒離れが進む日本と同じように、中国でも紹興酒離れが進んで、ビールを飲む若者が増えたと聞く。
 日本酒離れが加速したのはビールや酎ハイといったライトでファッショナブルな酒が好まれるようになったのもあるが、実は酒税法と日本酒の衰退は無関係では無いのだそうだ。なんでも、税金を安くするために不味い日本酒が大量生産されるようになったのだそうだ。つまり二級、一級、特級とランク付けをしたお役所と、それに追随した酒造メーカーが自らの首を絞めたのだと云う。

 思えば僕はそもそも日本酒党で、冬にビールを飲む輩を軽蔑していたものだ。それがいつの間にやら年中ビールを飲むようになり、やがてワインに鞍替えした。近年美味しい日本酒が増えてはきたのだが、価格が高騰して美味しいものは易々と飲めなくなってしまったのがその理由かもしれない。

 先ごろ二百数十年ぶりに歌舞伎の世界に『藤十郎』を襲う人が現れたのだそうだ。江戸の『団十郎』に対して上方の『藤十郎』といえば歌舞伎の始祖みたいな名前らしい。
 伝統と名が付けば全てが素晴らしいのかといえば、そんなことも無かろう。廃れても一向に差し支えの無い伝統だって五万とある。いやそれどころか永久に葬り去ってしまいたい物だって、伝統の名の下に存在していたりする。

「伝統ある巨人軍の危機を救うために……」
 またぞろプロ野球界に不可怪な噂が立っているらしいが、あれなどは老害の成せる最も醜悪な業ではなかろうか。全ての年寄りが醜いというのでは決して無く、醜い年寄りもいるということだ。
 セ・パ交流戦もたけなわだというのに、僕は今年になってから日本プロ野球を最初から最後まで観たことが無い。ひいきの球団もありはするが、それとてどうでもいい。昨年のごたごたで一気に熱が冷めてしまったからだ。日本酒をやめてワインを飲むようになったのと、大して理由の根源に違いは無いのかも知れないと思う。

 

2005年6月8日(WED) 増え過ぎたハムスターやテレビたちの末路
「ハムスターを飼ってるんだけど見に来ない?」
 誘われて友だちの家に行くと、なんとも愛くるしいネズミ達がいる。ハムスターという動物の名前を聞いてはいたが、モルモットとどう違うのか知らなかった。僕が高一だったあの当時も、今と同じで安価ではあったが、まだ「ありふれた」と言えるペットではなかったように思う。
「リスに似ていてかわいいなぁ、飼うのは難しいの?」
「も、ぜ〜んぜん。ひまわりの種をやるだけ。分けてあげるから育ててみる?」
 親切な友達にもらって育て始めたら増える増える。あんまり増えすぎるものだから、脱走を図る者が現れたり、喧嘩で死ぬ者が出るありさまだ。
「お前たちの面倒はもう見切れん。自力で生活しろ」
 長くは生きられないだろう、とは思いつつ、禁断の野放しをやらかしてしまったのを懺悔しないではいられない。

 思えば親切な友達も、まさに鼠算で増えるハムスターの圧倒的な繁殖力に手を焼き、引き受け先を募っていたのに違いなかった。大勢のハムちゃんたちを、その後どうしたのか知らないが、賢い彼なら少なくとも野に放つような非道い手は使わなかったと思う。
 僕が野に放った彼等が、生き延びて『野良ハム』になったとは思えないが、もっと生命力の強いアライグマなんかだったらどうなんだろう。ローカルの生態系を大きく脅かす存在になっていた可能性は十分にある。
 ハブ対策のために沖縄に輸入された筈のマングースが、ハブを狩らないばかりか、国指定天然記念物のヤンバルクイナを絶滅の危機に追い込んでいるように、ペットの命を云々する以前の知識や倫理観をも、僕は欠いていたのだ。

 29型のテレビと33型のテレビを処分したら7000円かかった。引き取りに来たおじいちゃんは、「19型までやったら無料で引き取れるのに」と言う。
「え、でも処分費用はどっかで発生するでしょうに」
「いやいや、アチャラの国の方が買いに来て、壊れとっても自分等で修理して売らはるんや」
「アチャラの国って、もしかして『北』のことですか」
「ん〜、それはどやろな、あそこには行ってないと思うけどな」
 おしゃべりなおじいちゃんだが、肝心なところをはぐらかされてしまった。
「ならどうして大型は処分費用がかかりますん?」
「大型は高い値を付けんならんやろ。そうなるとアチャラの人には買われへんがな」
「ふ〜ん、成る程。じゃ、引き取って一番おいしい古道具は何ですのん?」
「ミニコンポとか楽器やな。ミシンも機種によってはええ値が付くな。そやけど兄ちゃん、なんでこんなデッカイの二台も持ってたん?」
「親切な方が中古を只でくれましてん」
「そら兄ちゃん騙されとるわ。家電製品みたいなモン只でも中古は絶対もろたらアカン。ビデオデッキなんかどこにも売れんから、ゴミにしかならんのやで」
 一人では重くて軽トラックの荷台に積み込めない、と言うので手伝いながら見ると、お望みのコンポやミシン、ギターなんかが満載されている。
「兄ちゃん、毎度おおきにぃ〜!」
 お金を受け取ったおじいちゃんは、とても満足気な表情で帰って行った。僕のテレビを処分すると、一台につき千円の差額が懐に入る計算なのだそうだ。

「メダカの赤ちゃんがたくさん生まれました。分けてあげますから育ててみませんか」
 またもや親切な人からメールを頂いた。家電製品にもハムスターにも、只でくれるモノにはもうこりごりだが、メダカ程度なら飼ってもいいような気がする。万が一増えすぎるようだったら、近くの池に放流すればいい。『アメリカメダカ』だかなんだか良く知らないけど、外来種に取って代わられつつある在来メダカを増やすのに一役買えるだろう。
 しかしちょっと待てよ。メダカもどきと本メダカは、どうやって見分けるんだ?一度教えてもらったが忘れた。「分けてあげる」とおっしゃる方は、「絶対に日本種の『めだか』である」と言い張っているから信用して良かろうが、もし間違っていたらまた往生するぞ。育ててみたいが、メダカの引き取り料はもらえないのだろうか。無理な相談だな、これは。


※リサイクル屋さんは正直で人の良さそうなおじいちゃんだったから、帰りの山道にテレビを捨てることは無いと思う。冷蔵庫も引き取ると言ってたが、エアコンや車のフロンガスもどこかに売れるのだそうだ。どこの国に行くのか知らないが、当面はリサイクルされるのなら、引き取り料を受け取って、フロンガスを野に放つよりマシなのだろうか。

 

2005年6月7日(TUE) ドラマ『エンジン』にムカつく
 良かったなぁ、ドラマ『エンジン』の最終回は涙ぼろぼろだったよ。と思ったら最終回じゃなかった。ここで終わりにしたっていいんじゃないかと思えるくらいのクライマックスだったのに、まだ続きがあるらしい。
 全11回(予定)の第8話ということなら残りは3話だが、キムタクをイエスに見立て、子供たちを12弟子にイメージしているなら11回で終わるなんて不自然だから、たぶん第12話も用意されているのに違いない。もっとスポンサーが付いたら、まだまだ物語を続けられるドラマだと思う。

 動物と子供を扱ったら涙ぼろぼろな物語りにしやすいという。だがもしも下手に手出しして失敗したら、思いっきり駄作になってしまいかねない危険が付きまとう。今まで散々用いられてきたテクニックだから、厳しい目に曝されるからだ。
 ひと頃『トレンディドラマ』と呼ばれるものが流行ったことがあるが、あれなんかは純愛モノや動物モノ子供モノに飽きてしまった視聴者を満足させるために、試行錯誤したから大成功したのだろう。で、それに飽きてしまったからか、『冬ソナ』や『エンジン』みたいな『純粋』をテーマにしたのが受け始めたのかもしれないと思う。

 以前、「ドラマ『エンジン』にむかつくことがある」と書いたが、それはスポンサーの一つであるタバコメーカーのブランドがやたらと目に付いて、キムタクが吸っているのもこのタバコだということだ。ドイツやイギリスではタバコの広告が10年以上も前に全面的禁止になっているから、規制のゆるい日本をターゲットにしているのだろう。キムタク、レースというカッコ良いものとイメージがオーバーラップして、あのタバコの売り上げ増加は間違いないだろう。

 僕がなぜタバコを吸い始めたのか憶えていないが、15年以上吸い続けたのを止めた理由は憶えている。
 ある夜の夢の中でのこと、悪魔が枕元に立って僕にこう言った。「この世で最高のタバコを吸ってみたくないか?」
 葉巻、パイプ、煙管、紙巻と、噛みタバコ以外のほとんどの種類のタバコを味わった、大のタバコ好きだった僕は、悪魔の提案に手放しで喜んだ。
 悪魔のくれたタバコは筆舌に尽くしがたい、えもいわれぬ味わいだったが、吸い終えた頃を見計らって、悪魔が僕の胸を切り開いた。
「ふっふっふ、人間の肺から取れるタールの味はなんとも言えんのう。悪魔が何の見返りも無しに最高のタバコをくれるとでも思ったのか、この馬鹿は」
 ドッペルゲンガーとなった僕は、悪魔が僕の体を貪り食うのを、なす術も無く見つめていた。

 タバコの害なんて今さら啓蒙するまでも無いと思いたいのだが、日本の行政がタバコの規制に対して甘いのはどうしてだろう。有力タバコメーカーを抱えている国でコマーシャルが許されているのにはそれなりの訳があるに違いない。
 普通にコマーシャルをテレビで流すならいざ知らず、子供向けのドラマでキムタクにタバコを吸わせるとはいかがなものだろう、と思ってみていたけど、彼がタバコをくわえているのは何度も見るが、彼がタバコに火を点けたのも、煙を吐いたシーンも見たことが無い。いやそれどころか、誰一人としてタバコを吸っている姿を映していないと思う。実に良く計算された、いいドラマだと思う。

 

2005年6月5日(SUN) 死なれても守るよ、君たちとの約束
「チーズロール焼きたてで〜す」
 パンを物色していると、丁度うまい具合に焼きたてのパンを出してくれた。女の子が運んできたトレイを見て、「あ、なんだ、チーズロールってこれのことか」と思わずほくそ笑んだ。
 春風に誘われるように若草の萌える臭いで歩きながら、「そろそろ水温むウィンドサーフィンの季節になるな」と考えていたところだったので、ウィンドサーフィンの技の一つである『チーズロール』をイメージしていたのだ。

 ウィンドサーフィンで死ぬことはめったに無いが、良い意味でアクティブなバカ連中ばっかりだから事故率は極めて高く、無理な技にチャレンジして大怪我することも珍しくない。
 その技の一つにチーズロールというのがあって、イタリアの『チェザーレ・カンタガリ』という選手が初めて決めたトリックだから、チーちゃんのロールと名が付けらた。
 高飛びのベリーロール(子供の頃はこう呼んでいたが、バレルロールと発音するのが正しいと思う)に良く似ていて、波をジャンプ台にしてセールと体を水平に回転させる技だ。

 闘病していた父を見舞うために帰省したとき、広場でラジコン飛行機を飛ばす人を見つけて近付くと、幼なじみの二人だった。中学のときに一緒に模型をやっていたけど、大人になってもまだやっていたなんて思いもしなかった。
「よっしゃ、ウィンドサーフィンなら来年の夏に教えてやるよ。ヘリも作ってみるよ」
 ラジコンヘリとウィンドサーフィンがやりたい、と彼等が言うので、僕は二つの約束をした。
 翌年僕は約束どおり未体験のラジコンヘリを組み立てて飛ばしてみたが、彼は現れなかった。その翌年の夏もヘリを飛ばしたが、とうとう彼とは会えずじまいで、その歳の暮れに父が亡くなった。

 愛憎入り混じる父が亡くなったことで、鉛のように重く紗がかかったような見通しの悪さからは開放されてせいせいしたが、心にわだかまる何かが僕を苦しめる。
 ハムレットを気取るわけじゃないけど、自らが作り上げた亡霊に苦しんだ僕は遍路に出、そこで友だちの消息を知った。彼等は僕の父と同じ年に相次いで亡くなっていた。
 約束を果たせないまま死んでも許されるかも知れないが、約束を果たすべき相手が亡くなったら残された者はどうしたらいいのだろう。約束が反故になったとは思っていないし、そう思いたくも無い。

 

2005年6月3日(FRI) バイオリンもウィスキーも猥褻画像と同じ
「DO IT YOURSELF」という言葉がもてはやされるようになった20年ほど前、車検制度のあり方が問われるようになった。「安全運行のための車の整備を謳っていながら、その実体は業界の権益保護のために存在する愚法である」というのが大方の趣旨で、ユーザー車検制度を活用すれば無駄な出費をしなくて済むという。
 この記事を雑誌で読んで憤慨した僕は、自分の車を適当に整備して陸運事務所に持ち込んだ。陸事の検査官は、素人が検査ラインに入ると業者の仕事に差し障るので、少なからず嫌な顔をしたが、思ったより簡単にパスできて拍子抜けしたものだった。

 当時、『個人輸入』というのも脚光が浴び始めた頃でもあり、色々な雑誌で海外から安くて良い品物を輸入する方法が紹介され始めた。関税が撤廃され始め、個人での輸入が容易になったのもあったが、輸入業者がいかに暴利をむさぼっているかに腹を立てた僕は、またもやこの潮流に飲み込まれた。禁制の猥褻写真集を輸入することに踏み切ったのである。
 手続きは難しくなかった。先ず初めにカタログ請求をすると、送られてきたカタログには日本語で支払方法が記載されていた。郵便為替とかの支払方法もあるが、日本円で5000円を同封しても良いということだった。
 さて問題は本当にブツが送られてくるかどうかだが、これは杞憂に終わった。しかし本当の問題はこの後だった。「禁制品の可能性がある」という税関の指摘を受けた郵便局から、「開封に立ち会って欲しい」旨の知らせが届いたのだ。

「やられたか!これで僕の手は後ろに回って前が付くんだろうか。つまらん事に情熱を傾けるんじゃなかった」
 どきどき、恐る恐る郵便局に行くと、「では開封しますよう、あ、あーこれは禁制品ですね。税関で処分する書類にサインして下さい」と言われたが、何のお咎めも無かった。
「ところで税関はどうして分かったんですかね」
 後日の参考に郵便局員さんに聞いてみた。
「この手のものは、一度にどっさり紐でくくられて日本に来ますからバレバレですよね。どうしても手に入れたいなら、クリスマスカードが送られてくる時期を狙うことです。税関も忙しくて、こんなものにまで手が回らなくなりますから」
 実に親切なアドバイスを頂いたが、こうして僕の個人輸入の夢は閉ざされたのである。
 あの頃の苦労を思い出すと、インターネットが普及して、居ながらにしてただで禁制画像をゲットできる昨今は夢のようであるが、こうなったらこうなったで、猥褻画像ごときに大いなる喜びを感じることもない。それが精神面に拠る問題なのか、肉体的な問題に拠るものなのか、あるいはその両方なのか考えたくもないが、全くつまらないご時世を迎えたものである。
 
 目下の僕の興味は、バイオリンを入手すること一点にのみ注がれている。パソコンの前に座ると海外のバイオリンショップを渡り歩く日々が続いているが、日本の楽器商の提示している売価と海外での相場が大きく隔たっているのに怒りを禁じ得ない。これはかつて輸入品に15%の物品税が課税されていた名残であろうと思われる。
 オールドパー、ジョニ黒、ナポレオンといった高級洋酒に法外な値が付けられ、、舶来物と呼んで消費者自身が付加価値を高めたのに似ている。我々無知な日本人消費者は、海外のブランドを信奉する余り、バイオリンの中入っている海外の空気にまで付加価値を付けられて楽器を買わされているのである。
「こんな日本人を自ら愚弄するような楽器商と、彼等と結託してひと儲けを企むバイオリン教師は許せない」とまたもや僕の似非正義感が鎌首をもたげて来た。
 こうなったら自力で海外から個人輸入するしかないが、税関で没収されても痛痒を感じない低俗モノと違うので、当時を懐かしんでみるが、今は慎重に成らざるを得ない。

 

2005年6月2日(THU) ルーマニア、それとも中国のお姉ちゃん
 いったいどうしたらいいんだ。え〜歳して10万円以下の中国製のバイオリンを買うわけにもいかないけど、それ以上の値段がつけられていても、金額に見合った楽器は少ないことに気がついた。昨日まで20万円で入札が無かったら、15万円からのスタートになるかと思えば、その逆で30万円からのスタートになっていたりする。同じ出品者が『難有り品』として出品したら、5万円が適正と思われる価格の倍以上で落札されているじゃないか。

 バイオリンを見る目が無いのは僕も同じだが、「この人たちほどバカじゃないぞ」とは思ってみても、つい一月前なら僕だって同じエラーを仕出かしていただろう。いやそれどころか、写真の美しさに惑わされ、「まあこれなら落札出来ることは無いだろう」と思って入札したら、自動入札で常に僕が最高入札者となってしまうバイオリンがある。
 もしあれが落札されたら、たとえ3万円であっても、弾けるようになるまでに、少なくとも1万円の調整費用は必要だろうと思う。
 このまま僕が最高入札者のままオークションが終了して欲しい、と願うことは今までに幾度あったか知れないが、頼むから誰かもっと高値をつけてくれ、と願ったのは初めてだ。

 中国製のバイオリンが悪いというのではない。それどころか、現代のバイオリン製作技術は、ストラディバリの時代の300年前をはるかに凌駕している。中国の工房にあってモンペ姿で働く名も無い女工さんの技術は、と言うより製作精度は一流といっていいのだ。
 それほどの技術を持っていながら、どうしてアメリカ向けに見栄えの良いだけの楽器を作り続けるのか不思議で仕方ない。

 ムスタングとかスティングレーといった派手なアメ車に憧れた子供の頃を振り返ってみると、それはそれでエンスー魂に訴えるし郷愁を誘うが、今にして思えば悪趣味なデザインに思える。それがアメリカ的というならそうであっても、ことバイオリンに関しては、ホントに悪趣味な塗装が罷り通っているのだ。
 だが僕はそれらに異を唱えるつもりは全く無い。それどころか大歓迎なのだが、残念ながら日本人には許容範囲外のことであるようで、そのメーカーの楽器はアメリカで買える3倍以上の値がつけられ、日本の大手楽器店で売られている。
 今後、この分野でも日本がアメリカナイズされていくのは避けられないと思う。

※無論アメリカでも優れたバイオリンが制作されてはいるのだが、量産品は概ね外国からの輸入品に頼っている。あんたら、ルーマニアや中国の女工さんたちに思いを馳せても罰は当たらんぞ、と言ってやりたい。

 

2005年6月1日(WED) オチンチンが縮むのか?
 脂肪で1kg太りたいと思うなら3日もあれば造作も無いが、筋肉を1kgつけたいを思ったら、いったいどれほどのトレーニングをしなければいけないんだろう。TシャツのMサイズが窮屈になったのは、脂肪ではなくて筋肉が付いたせいだと思いたいが、願いとは裏腹に脂肪が付いたせいであるのは明白だ。
 
 僕が通っているのはスポーツジムといっても、その実体はお年寄りの健康維持クラブと言ってもかまわないような所なので、ボブサップみたいな筋肉マンはいない。白人のかなりマッチョなお兄ちゃんもいるけど、顔と筋肉は比例しないようで、日本語で会話しながらお婆ちゃんと一緒にバイクを漕いでいたりする、ほのぼのとした仲良しクラブなのだ。

 断食を終え、スポーツクラブに通い始めて1年ほどになるが、体重はあの当時よりかなり増えたと思う。多く見積もって筋肉で1kg増えたとしても、断食前と同じだけの体重に戻ってしまったから、これはもう緊急事態を迎えたと言って良いのかも知れない。

 トレーニングが終わると、『アミノペプチド』という蛋白質を顆粒状にした物を牛乳に溶いて飲むのだが、これが本当に筋肉増量に役立っているのかどうかは実感できない。世間様が推奨しているから真似ているだけで、信念に基づいているわけではない。
 違法な筋肉増強剤が売られているらしいが、あれを使うと効果があるのだろうか。もしそうなら使ってみてもいいと思うが、あれって肝臓に悪いだけじゃな、くオチンチンが縮むらしいからちょっと考えものか。当面は使いどころがないモノだけど、やっぱりやめとこう。 

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2005年6月日()