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HALの雑感
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2004年4月21日 (水) シミュレーション  
1kg ほどのザックを背負って15kmくらい歩いたら小さなマメが出来てしまった。それも本番の靴ではなく慣れた靴でこの体たらく。40km歩き始めるまであと2週間しかない。ちょっと心配になってきた。

  

2004年4月20日 (火) やり過ぎたか
昨日スポーツクラブをサボってしまったので今日は頑張ったのだがトレッドミルを6.5km/hから7.0km/hに設定して大股で長時間歩くとやはり堪える。

ストレッチも30分かけてやってみたらそれも相当堪えた。遍路に出るまで後一週間しかないのか。

やりすぎて体を壊したら元も子もないから慎重にプールなんかも交えて徐々に負荷をかけているが今日は疲れた。

昨日テレビを見ていたら知り合いがインタビューに出ていたように思えたけど10年前に会ったきりだから違うかもしれない。でも顔も声も良く似ていた。

  

2004年4月18日 (日) モビリオ
本田ディーラに出かけて車を売ってくれといっているんだけどなんだか話が前に進んでいかない営業マンなので、仕方ないから別のディーラーに行ってみるけど駆け引きが好きなわけでもないので気が重い。おまけに少々遠いときているのでなおさらだ。

車種は決定しているので後は下取りが可能かどうか、値引きはいかほどかというだけなのだからすぐに話が決まりそうなもんだが不思議と具体的な金額が提示できないでいるのは、まだ若く権限が無いからかもしれない。家から近いだけに今の店にしたいのだが考え直すか。

  

2004年4月17日 (土) ヨガ初体験
ヨガに大きな期待を寄せていたのだけど、実際に体験してみると、軟体動物の真似をするようなハードなものでもなければ、麻原彰晃みたいに空を飛ぶのでもなかったで少しがっかりした。

ストレッチとさほど変わりが無い程度の入門編というか万人向けの体操はそれでも体の硬い僕にはけっこう辛いものがあって、今のこの体の痛みはマシンジムのウェイトトレーニングのせいか、それともヨガのせいか良くわからない。

最後にプールで100mも泳いだら息がすっかり上がってしまった。かつて2kmも泳いでいたことを思うと見る影も無いといった有様だ。ここでも退役サラリーマンや、有閑おばちゃんが幅を利かせていて、彼女たちの恰幅のよさを見ると、「なんと僕はやせっぽちなのだろう」と錯覚をしてしまう。

プールで思い出すのはここのプールにも有るが、以前のクラブにも「採暖室」というサウナみたいな小部屋があって、長く水に浸かって冷えた体を温めるのだが、サウナの代わりよろしく汗をだらだら流すおじさんも時々おられ、それはいいのだがその流れの中でスイミングパンツまで脱いで体を拭きまくりながら部屋から外に出て慌てて引き返すという言語道断の恥ずかしい事故が後を絶たなかった。

実は僕も危うく脱ぎかけたことがあって、あのときの恥ずかしいことといったらその後何度も悪夢を見たくらいだ。世の中の大概のフェチズムなど容認するという程ではないにしろ「まあ人に迷惑をかけない趣味なら許してやったら」と言いたい僕なのだが、「人間性の解放、恥ずかしいことは気持ち良いことだ」などと宣う露出趣狂の心理だけは未だに理解出来ないでいる。

 

2004年4月16日 (金) スポーツクラブ初日
年会費5250円と半月分の月謝(使用料というのか)5250円をクレジットで払ってオリエンテーションをしてもらいながら2時間ほどウェイトマシン(重りを使って負荷をかける機械)とトレッドミル(tredmill=獄舎で懲罰のために踏ませた踏車、単調な仕事)をおじいちゃんおばあちゃんと一緒にやってから風呂に入った。

大人4、5人がようやく足を伸ばせるくらいのこじんまりとした風呂にはちょっとがっかりだが新しいから清潔感はある。以前に通っていたスポーツクラブはもっと広々としていて値段も安かったのだが、少々血の気の多いデンジャラスなおじさん達が多くおられて、いつ行ってもロビーはタバコの煙で目が痛くなるほど煙っていたものだ。

あそこのクラブに通う方たちは健康のためにというよりは、「昼間仕事をしたにもかかわらず体力が有り余って仕方ないから疲れるために来る」みたいなところがあったのだが、ここは暇をもて余した老紳士淑女が多いような印象を受ける。

明日はちょっと気になるヨガエクササイズを予約してある。前々から興味はあったが、断食道場で一緒だった絵美理ちゃんが「リラックスして本当に寝てしまう人もいるくらい気持ちがいい」といって勧めてくれた。

本日の消費カロリーおよそ200kcalは脂肪に換算すると30g程にしかならないし体重は水を飲んだら元に戻る300g減。運動で減量するのは大変だ。

 

2004年4月10日 (土) 靴が一番大事
わざわざ大阪心斎橋近くまで出かけて登山靴を買うことも無いだろうと言われそうだが、本屋で立ち読みしたBE-PAL誌上の広告の店しか専門店が分からなかったので仕方ない。車が正常なら他の店も知ってはいるけど、満身創痍の車を運転するのが恥ずかしいので電車で出かけたわけだ。

元々靴メーカーの名前などナイキと月星くらいしか、いや美津濃、アディダス、ホーキンス。あ!結構知っているな。けどメレルなんてメーカーは聞いたことがなかった。ナイキのエアー何とかを買うつもりでいったが、まあ店員さんが勧めるのを断る理由も見つからなかったので、ゴアテックス素材とエアー入りのを買った。

15225円税込みが高いのか安いのか分からない。防水スプレーもゴアテックス用のが必要らしい1575円。シューズ袋が付いて来た。物々しい靴だが昨年の遍路で雨に降られて泣いた経験から「この次は絶対にゴアテックスにするんだ」と誓ったから少々思い切った。レインコート用の撥水スプレーも込みで17305円。ザックカバーも欲しかったが、ザックより高価だったので、ランドセルカバーで間に合わせる積もりでいる。

 

2004年4月1日 (木) 転送に苦労する
春休みに入ったからかどうかは分からないが、Yahooに繋がり難くなったし、繋がっても転送に時間がかかるので参る。

携帯のバッテリーが調子悪いのでもうそろそろ変え時なんだが、携帯事情に疎いので何がいいのかさっぱり分からん。

とりあえず通信速度が速くて、そのまま海外でも使えるのが欲しい。GPSもいいけどまだまだのような気がする。

カメラ機能はとりあえず二の次ということで、散髪に行くときに携帯屋さんに立ち寄ってみるか。

 

2004年3月28日 (日) あと1週間
下界は春休みを迎えたとあって、お父さんと娘さんとか、海外旅行にでも行くようないでたちの娘さんとか、友達同士でやって来る娘さんたちでここ静養院は大賑わいをしている。

ここ数日朝晩が冷え込んで鼻の頭が冷たく、服を全部着ても鼻水を垂らす体たらくだった。昨日からのどの辺りがイガイがするので、持参していた「のどぬーるスプレー」に頼ってしのいでいたが、今日の昼間は相当暖かく、桜もほころび始め、僕も助かった。

どんどん入所する人が増えてきたので、今何人いるのか分からないが、確認できる限りでは、男性は5名。あとはほとんどが若い女の子で、総勢30名くらいだろうか。男性棟、女性棟に分かれているわけではないが、最もリーズナブルな部屋グレードCの場合、みな女性で占められていて、多勢に無勢の男どもは「離れ」に追いやられた格好になっている。今度来る機会があるなら絶対SAグレードだと思いつつも、廊下で女の子と立ち話なんかするのも、それはそれで悪くないなと考えたりする今日この頃だ。

 

2004年3月24日 (水) 通信で苦労する
ここ数日の間にウイルス付きのメールが沢山届いた。差出人が前の会社の個人アドレスになっていたりするのはどうしたことか。あの会社またハッキングされたんだろうか。

そんなわけでウイルスバスターのアップデートは欠かせないが、何しろ普通の携帯で通信しているものだから、一回の作業に50分掛かることもあったりする。おまけにDoCoMoに関して言えば決して電波状態は安定しているとはいいがたいので、ダウンロードの最後のほうになって回線が切れると泣くしかない。

先日とある社長さんの入所しているSAグレードの部屋にお邪魔したら、彼女はエッジを使って会社と通信されているらしく、「窓際に置けば大丈夫です」とおっしゃっていた。もうやってられん。FORMAかなんかに乗り換えんと料金と時間がかかってしかたがない。

 

2004年3月21日 (日) 春の海
「春に三日の晴なし」とはよく言ったもので、昨日の生駒山は夕方まで小雨に煙っていた。ここへ来て二度目の雨だ。前回の雨の後には「つくし」が一斉に顔を出して春の到来を思わせたが、その後気温が下がったせいか、桜はまだ咲いていない。

朝の6時半から勤行なので、その前に庭を散歩して驚いた。下界が雲に覆われて全く見えない。ただ雲海が広がるばかり。あの雲下の人達はどんな景色を見ているのだろと思っていると、院長が「霧ではなく雲なんです。だから下の人は雲が低く垂れ込めているといった印象を持つでしょう。、この時期年に数回だけ、雨上がりの翌日に見えることがあります。正に春の海です」と、おっしゃる。

僕の育った瀬戸内海は来島海峡でもこの時期には霧が立ち込めてフェリーが欠航を余儀なくされることがあった。大島から今治の高校にフェリーで通学していた僕としては、朝フェリーが欠航する分には休む口実が出来るので大変好都合だったが、帰りに欠航されるとえらいことになる。来島海峡大橋が架かった今なら自転車で帰るのは造作も無いが、宿賃も持ってない当時、親戚を頼って一泊させてもらったことがあった。

通称「桜本」と呼ばれる実家の辺りは、沿道に何十本もの桜の木が植えられていて、満開の頃がちょうど島四国八十八箇所の花遍路の時期に当たっている。かつては大勢の歩き遍路で賑わったが、そんなある日二人の老婆が一泊の宿を求めて家々を訪ねていた。とある貧しい家を訪ねて断られ、立派な屋敷を訪ねて大歓迎されていた光景を思い出す。薄汚れた身なりの見知らぬ人を二人もよく泊めてあげられるものだと感心したが、本四国、島四国を歩いた今の僕になら出来ることと思う。どうやら少しは成長しているらしい。

 

2004年3月18日 (木) 望郷
篠突く雨と、立て付けの痛んできた雨戸を激しく揺さぶる風の音をまどろみのうちに聞きながら、「今朝は起きなくてもいいんだ」と、しばらくの間は夢の余韻を味わっているのだが、やがてじっとしていられなくなって起き上がった。部屋はまだ暗く、雨戸の節穴から差し込んだ光がすりガラスの上に逆さまの像を結んでいる。ピンホールカメラのように、二眼レフカメラのファインダーのように、薄ぼんやりと緑を映している節穴は幾つもあって、幼い僕はお伽の国のような絵を兄と二人で飽きもせず眺めていた。

雨の音で目覚める前のほんの一瞬だけ僕は40年前にタイムスリップしていたようだ。あの頃の思い出せなかった何かが思い出せるような気持ちが湧き上がってきて飛び起きた僕の目に見えたのは、断食道場の天井とお向かいさんの部屋の明かりが映ったすりガラスだった。

保育園に行きたくなかった。気の短いところが父親譲りだった僕は、毎日のように誰かと喧嘩をしていた。そのくせ小心で神経質だったからお腹をこわして休むことが多く、皆が出来る蟹の折り紙を折れなくて情けない思いをしたこともあった。先生が黒板にチョークでお友達の絵を描いて、「これがAちゃん、これがBちゃん、この首の短いのがHALちゃん」と解説したあの意味が未だに分からない。あの頃はもちろん、今でも僕は首が人より短いとは思っていないのだが、当時は相当気に病んだものだ。

何かがわだかまっている。まだ解決していない何かが残っているように思う。それがなんだか分からないから、過去に戻りたいと思うのだろうか。子供の頃は良かったと言うつもりはさらさらない。子供の頃はそれなりの苦しみがあったに違いなく、今それがおもいだせないものだから美しい思い出にすり替えているだけなのだ。もう一度子供の頃に戻ったなら、やっぱり思うだろう、「今日は日曜日だから学校に行かなくていい。雨だからもう少し寝ていたい」と。だから大人になった今でも僕は雨の日曜日が好きだ。出来ることならもう一度すりガラスに映る逆さまの田舎景色を見てみたい。

 

2004年3月17日 (水) 今の今まで知らなかった
そんなことも知らずに断食に来たんですか?と二人の女の子が目を丸くした。
彼女たちの断食期間はそれぞれ一週間で、目的や体力、状態を観察しながら決めたのだそうだ。一人の女の子は2日の絶食期間を設けたが、お肌もつやつやで体調だけ良くなったといっていた。もう一人の子もやはり一週間だが、彼女の場合は太りたいための断食なので、完全に絶食したわけではない。それでも体重はいったん減ったものの、入所時に戻ったらしい。吸収が良くなったということだろうか。

実は僕は大変な勘違いをしていて、彼女たちが一週間のうち2日絶食したように、それを三週間繰り返すのだとばかり思っていたら違っていた。21のスパンを断食期間と設定して、予備断食、本断食、回復期間とするので、僕の場合は明日18日から25日までの8日間を水だけで過ごすということになるらしい。そういえば入所の際に表を貰ったがあれに書いてあったのか。全くうかつにも何も知らないでここにやって来ていたのだ。彼女たちが驚くはずだ。とんでもないことになったもんだ。

顔がほてって動悸がするのは、酒を断っている禁断症状なのだ。それは以前一ヶ月ほど酒をやめたときに体験して知っている。前の経験では顔のほてりやむくみが取れるのに一週間かかり、それを過ぎてから眠れるようにもなった。しかし今回は節食しているので体重は減っている。なのに顔のむくみが取れない。

生駒の湧き水がどうも硬いような気がして、お腹がゆるくなるのはそのせいだろうと思い込み、1kmほど離れた生駒駅前のスーパーに出向いて軟水を買おうとしたら、その隣に「生駒の湧き水」という商品が陳列されていた。手にとって説明を読むと、「水晶と珪素の間を通って湧き出た美味しい水」と書いてあって、思わず買いそうになってしまった。何処まで行ってもこういったものに僕は弱いのか。いい加減どうにかならんのかと思うが、断食の内容すら知らずに来ているくらいだから、ひとまずは救いようが無い。後は断食に期待するとしよう。

 

2004年3月16日 (火) テレビは見れた
あちらこちらを走り回って、結局初めの店でキャプチャーカードを買ったのは店員さんが親切だったからだ。と言いたいが実は日本橋より1000円も安かったからだ。昨年の12月発売の商品だから値段も落ち着いた頃だろうと思うのに、近所のY無線のほうが安いとは日本橋も当てに出来なくなってしまったのか、それともY無線が企業努力しているのだろうか。

日本橋の電気店を20軒ほど回るうちに、フィギュアの店や、ビデオや写真集を売る店が台頭してきて、裏通りばかりでなく表通りまでも相当様変わりしてしまった。ヨドバシカメラが大阪に来てからの日本橋は電気街という従来のイメージを変えつつあるのかもしれない。

 

2004年3月14日 (日) 準備万端
この度入所する断食道場にはテレビが無い。みたければ¥300/日必要だ。洗剤もコインランドリーも無料ではないからそれなりの準備が要る。まるで病院のシステムみたいだ。

電気屋に出かけてキャプチヤーボードを探していたらPCスロット用のカードが発売されたと店員さんが教えてくれた。値段は18800円と結構高い。しかしテレビを借りて1日300円払うと、21日で6300円。後には何も残らないから3倍の金額を出してもここは買っておくべきだろう。

キャプチャーカードは良いとして、アンテナが室内用ではちと大きい。遍路にでも持っていけそうなアンテナがカードのパッケージに印刷されているのだが当の店には置いてないようなので日本橋まで足を伸ばして探しまくったが何処にも置いてない。それどころか話が全く通じないところもあった。最後の店にしようと諦めかけたところで、「まだ発売されて無いんですよ」と教えてくれた。全くどれほどの時間と労力を費やしたしたことか。自分のアホさ加減に相当へこんだ。

地元のY無線に戻って最初の店員さんに再会してカードを買った。アンテナは発売されるまで室内用を流用するか、仕方ない。帰ってセッティングしてみたが、画質は到底いいとはいえない。まあ将棋番組を見る分には問題なさそうだ。これで大体準備は整った。明日は出かけるだけだ。

 

2004年3月4日 (木) 500円
個人情報が漏洩してNET社会を震撼させているYahooさんからメールを頂きまして、「お詫びとしまして些少ながら500円相当の金券等を送らせていただきます」なのだそうだが、450万人分だから単純計算で22億5000万の損失だが経費を加算すると30億以上か?しかしそんなことよりYahooBBへの信頼(元々あまり信用はしてない)が地に落ちたわけだから、会社の存続そのものが危ういのではないだろうか。ただでさえNTT系列がタッグを組んでYahooを追い上げてきていることだし、親会社のソフトバンクもパッとしないし。それにしても俺の個人情報が500円というのは安いんだろうか高いんだろうか。

 

2004年3月2日 (木) まだ苦しむ
このところノートPCの調子が優れなかったのは、WidowsXPの修正プログラム Q329692とAcrobat Readerの相性が悪かったからのようだった。道理で標準のアップデートに入っていないはず。これでどれほど苦しんだことやら。しかし諦めずにやっているといつか解決できるから、そのときの喜びがあるからやってられるんだよなあ。

 

2004年3月1日 (月) 雑感
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