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HAL日記


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2006年9月30日(SAT) 婦か士か、はたまた師か
 つづき

 冗談はさておき、いつ何時に開店して何時に閉店するか知れないような店だから、絶対に待ち合わせなんかには使えない。
「じゃあ明日の晩に呑み処BASUEで」なんて約束して、実現したのが一ヵ月後なんて珍しく無いし、二度と会うことがかなわなかった人もいる。そんなだから、酒泥棒をなりわいとしている友だちのTEL師とも、太陽系の惑星が一直線に並ぶ(冥王星を含む)グランドクロスほどではないにしろ、事前連絡無しでは滅多に遭遇できないのだが、当夜はそんな珍しい夜だった。

「ところでTELさん、童話教室で「看護師」と書いたら、「看護士」と書くべきではないかとの意見をいただいたけど、「看護婦」でもいけないらしいからどれが正しいんですかね?」
 童話を書くにあたって時代背景を間違えるのは致命的なので、正解を聞いてみた。
「君ぃ、「士」というのは侍で、それは男のことでしょうが。もっとも、看護婦から看護士ときて、今は看護師と表記する決まりになっておる。これは男女雇用機会均等法……つまり差別意識と密接な関係があっての経緯なのだよ」
 なるほど、教養のある人だなと思う。

「でももしそれが本当なら、なんで従軍慰安婦を従軍慰安士から従軍慰安師へと表記しないんですかね? だってあの人たちも後方支援ということで戦ったわけでしょう?」
 ちょっと愚問が湧いたので聞いてみた。
「君ぃ! バカを言うんじゃないよ。歴史事実を歪曲しちゃイカンのじゃ。あくまでも従軍慰安婦として、正確な歴史認識の下で我々日本人は問題の解決に当たらねば……「士」か……ひょっとして歴史から消し去られた更なる忌まわしい事実があってもおかしくは無いな!」
 ぼくたちは新事実を発見したかもしれないと思うと、ひとつえらくなったような気がした。

 つづく

 

2006年9月29日(FRI) エコ精神の発露
「オレこの店始めて20年になるんやけど、早かったんか遅かったんかよう分かれへんなぁ」
「呑み処BASUE」のマスターはそう述懐するが、20年のうちの半分以上は店を開けていないはずだから、実質的には10年がいいとこだろう。
 本当は「呑み処BASUE」なんておしゃれな店名ではなく、もっと軽薄な屋号で呼ばれているのだが、たとえ爪の垢ほどのプライドでも、「ワールドワイドに名誉を毀損された」と訴えられるのは本望でないから仮名を冠しておく。
 
 一年のうちに半分も開店しないくせにつぶれないのは、気前が良くてお人良しのお客さんが多いこともあるだろうが、自分の持ち家で営業していて、なおかつお客からのおごりでマスターが飲んでいるからだ。その上に所得税はいうに及ばず、新聞代の滞納、健康保険の滞納、NHKの滞納、光熱費の滞納等々、生活全般にわたって比類無いエコ精神を発揮しているからに違いないとぼくは睨んでいる。

つづく

 

2006年9月28日(THU) 知るは知らざるを知ること
 どうして童話教室なんかに通っているのかと問われることがあるけど、「童話ってどんなものか知ってるの?」と、逆に問い返したくなる。だからといってそんな人を断罪する気にはならない。なぜなら2年前のぼくも同じような問いをしたに違いないから。

 童話は文字通りわらべ向けの物語だろうが、わらべに読ませる前にはいくつもの「大人」というフィルターにこされた、いわば「六甲の美味しい水」になる前の純水としての資格が不可欠なのを理解できる人がどれほどいるだろうか。

 参った参った! 100枚書き上げるはずが、時間に追われて88枚しか書き上げられなかった。しかも後半の20枚は目標枚数を満たしたいだけの、ほとんど意味を持たない文章で埋め尽くしてしまった。

 裁判長に「百叩きの刑(執行猶予付き)を申し付ける」との判決を頂いたが、理不尽な判決に控訴すべきかどうか悩ましい。とはいっても、おおかたの陪審員から「面白くない」とのお裁きを頂いたからには、謹んでお縄をちょうだいしたいと思う。早い話が、箸にも棒にもかからない書き出しだったことが証明されたということ。

 

2006年9月27日(WED) 女の子を殺したら
 滅多なことで人を殺しちゃいかん。現実の話ではもちろんだけど、小説の中でも100枚のうち、60枚目くらいで女の子を殺してしまったら話が進まなくなった。仕方ないから前に登場させたキャラクターに再登場してもらったら話はまた進み始めたが、なんだかストーリーが取ってつけたようになってきた。これって蛇足というやつかなと思いつつ書いているが、自分でそう感じるんだから他人様が読んだらバレバレになってるんだろうなと思う。しかしとりあえず100枚までは書き上げることにする。

 

2006年9月26日(TUE) 自分で書きながら寂しい思いしてます
 マズイ! 非常にマズイ。100枚書くつもりなのにまだ45枚しか進んでいない。書き上げて最初から読み直したら至らぬところがいっぱい見つかるので、細かいところを直してはまた読み直し、そして書き続けてまた直す。その作業がページが増えるにしたがって右肩上がりに時間を食うからだ。

 もちろん分かってはいたけどやや軽視していたかも知れない。いや、それよりも自分が書いたことに自分で感動しているようじゃ、客観的に読めてないんじゃないかと心配でいけない。
 出会いと別れを通して主人公が成長していくストーリーだが、誰かがいなくなってしまうのは自分で書いていながら寂しくなるときがある。ぼくもその意味でまだまだだな。

 

2006年9月25日(MON) 100枚小説の拷問
 100枚の小説を書く、と大風呂敷を広げておきながら、まだ30枚しか書けていない。あと2日で70枚は大変にも思えるが、少しも心配していない。というのも、頭の中では既にプロットが完成しているし、書き始めたら勝手に登場人物が喋ってくれる。
 ぼくでさえ知らなかった秘密が登場人物の背後にあって、それが明るみになってくると、ストーリーがどんどん展開していく。あとは表現する技術が追いついていかないのがうらみだが、まあなんとかなるだろう。

 しかし教室に100枚は物理的に提出できないし、文字を小さくして仮に50枚に圧縮しても10人に配ると500枚の用紙が必要になる。1枚1円で印字できたとして……。考えるのをよそうと思うが、もっと問題なのは誰か読んでくれるのかな? ということ。
 話が面白くなかったら読まされる側はたまったもんじゃないだろう。ひとさまを拷問にかけてまで書くわけにもいかないから、なんとか自己責任で全うしたいと思っている。

 

2006年9月24日(SUN) ロシア人が白熊に変身?
 かつて知人が「北の赤い熊」と題して、ソ連の共産主義者が侵攻してくるから北海道の警備を厳重にすべきだ、との旨で新聞に投書したことがある。事実あの頃の北海道方面の自衛隊は装備も古く、隊員は高齢化していて、もし紛争が勃発しても十分な対応は難しい、と知人は危惧していた。

 あれからソ連邦が崩壊すると、旧ソ連の原潜解体費用を日本が拠出し、ムネオハウスなんか建設して日ロ友好が促進された。右翼団体の「北方領土奪還」の声もそれに伴って小さくなったのは不思議だが、このところのロシアの傲慢ぶりはどうか。漁船への銃撃といい、日本人宇宙旅行者のソユーズ搭乗中止といい、サハリンガス田開発の中止といい、まるで日本を標的にしているように思えていけない。

 子どもの頃に読んだ漫画で、日本人の少年がロシアのセルゲイという名の少年と対決するシーンがあった。セルゲイは巨体の上に冷酷で残忍に描かれていて、幼かったぼくはロシア人はみんなセルゲイみたいに獰猛なのだと怖かった。
 全てのロシア人がセルゲイでないのはもちろんだし、ロシアの作曲家はチャイコフスキーをはじめとして結構好きだ。なのにロシアマフィアと聞くと、イタリアマフィアより底知れぬ恐怖を抱くのは映画のせいだろうか。

 今のロシア大統領プーチンさんの前の大統領だったエリツィンさんは日本人を猿呼ばわりしたが、その猿の国に来てアル中を療養したのだから皮肉なもんだ。
 日本人とロシア人に共通して言えるのは、個人的に付き合うと良い人柄だが集団になると正確が一変するところだとか。日本嫌いだったエリツィンさんも日本人は嫌いじゃなかったのかもしれない。

 それはさておき、このところのロシアの対日政策の変貌振りは、アメリカにお追従してきた日本外交への警告ではないだろうか。ロシア人が白熊に変身しないように、次の内閣はアメリカ一辺倒だったこれまでの外交政策を見直すべきだと思う。

 

2006年9月23日(SAT) ゴマメの暗証番号
 少し前に銀行からワンタイムパスワード発生装置なるものが送られてきた。大きさは親指程度で、厚さは10mm程度のものだからキーホルダーに付けられなくもないが、ただでさえ分厚い最近の車のキーとは一緒にしたくない。だからといってその辺に転がしておいたら失いそうで怖い大きさだ。じっさいこの前見失って散々探したのに見つからず、しばらく頭を冷やしたら冷蔵庫で見つかった。

 このところ自分の銀行口座に何者かがアクセスして勝手に預金が引き出される事件が多発しているのだとか。暗証番号を盗撮するとかスキミングとかでカードを偽造するとか、カードを紛失していなくても被害に遭うという。そして被害に遭ったら昔と違って今は銀行側が保証しないといけないからセキュリティに神経をとがらせているらしい。決して顧客の安全のためではないのだとか。

 世の中が便利で複雑になるのに比例して、犯罪も複雑になるのは分かるが、失ったとたんに金の移動ができなくなるこんな面倒なモノを持ち歩くなんて勘弁してほしい。第一ぼくの口座には引き落とされて困るほどの残高も無い。いやそれより顧客の側にセキュリティの責任を担わせようというのが気に食わん。とかなんとか、四桁の暗証番号すらあやしい時がある人間の主張なんて、ゴマメの歯ぎしりより意味を持たないだろうが。

 

2006年9月22日(FRI) 痩せ過ぎた女のどこが良いの?
「イタリアの女性が若い頃スリムだからといって騙されてはいけない。子どもを生んで中年になると大抵のご婦人方はブクブク太り始めるのだから」
 といったのは、たぶんイタリア出身の歌手で日本男性と結婚したロザンナさんだったと思う。そんなイタリアで、ファッションモデルたちが痩せ過ぎを理由にファッションショーから追放されているのだとか。

 涙ぐましい努力で維持し続けるモデルさんたちの体型に憧れて、若い女性がダイエットの末に拒食症になるケースが後を絶たないからだそうだ。確かにあんなスレンダーな女性を連れて歩く男性は誇らしいのかも知れないが、ガリガリの女性を抱いて果たして楽しいんだろうか。それだったらゴツゴツした男を抱いていても満足できるんじゃないだろうか。

 商品名:ボクサスリムスーツという雨合羽みたいな服のCMを良く見かける。あの亀田興毅選手が、「これよう汗出るわ! ええ思うで」と宣伝しているのだが、あの商品の購入対象はたぶん女性に絞っていると思う。
 実際ぼくが通うスポーツジムにも、頭にフードを被り長袖長ズボン、全身黒ずくめといったいでたちで自転車をこいでいる若い女の子がいる。さぞかし汗をかいて気持ち悪かろうと思うが、彼女は一生懸命なので、「汗をかいたからって痩せるわけじゃないよ。それよりあせもに注意した方がいいよ」なんて口が裂けてもいえない。

 あの女の子は最近見かけない。確かにポッチャリとはしていたと思うが、そんなに太っては見えなかった。ああいう体型の子はそれなりに可愛いと思うのに、あれ以上彼女は何を求めるのだろう。
 どんなに頑張っても彼女はパリコレに登場するモデルさんのようにはなれないのだから、あるがままの魅力を追求してみたらどうだろう。世の中の男性は彼女たちが思っているほど痩せた女が良いとは考えていない筈だから。

 

2006年9月21日(THU) 国連がメチャ面白い
 なんだぁ、イランの大統領とアメリカの大統領の対決が見たかったのに、ブッシュさん逃げてるじゃないか。もちろん勝てるとみたら対決するのだろうから、時に利あらずとみて敵前逃亡したのだろう。少なくともぼくにはそう見えた。

 間違った戦争であることを理由に、イラクへの赴任を拒否したアメリカ軍の将校が「臆病罪」に問われているらしいが、ブッシュさんの行為は何の罪にも問われないばかりか、支持率が40%台に回復したというのが不思議でならない。アメリカ人のプライドってどこにあるんだか?

 それにひきかえ、ベネズエラのチヤべス大統領はやってくれたぞ! 国連の場でブッシュさんを悪魔呼ばわりしたのだ。前代未聞の下品な振る舞いだとの非難もあるが、チヤべスさんは反体制勢力=CIA=米大統領に殺されかけたんだから、それだけのことを言える資格はありそうだ。今までアメリカに文句をいえなかった小国は、チヤべスさんの発言に内心喝采しているんじゃなかろうか。

 日本の首相はあっさりと安倍さんに決まって、他国から押し付けられた憲法を改正する動きは活性化するんだろう。それで日本が美しい国になるんだったらもろ手を挙げて賛成したいが、見通しは必ずしも明るくはないように思える。そんなことよりブッシュさんに一回NO! と言ってほしい。
 かつて宮沢さんがNOと言いかけて首相の座から引きずりおろされたから、小泉政権を踏襲する安倍さんには無理なお願いだろうが……。

 

2006年9月20日(WED) 最終レッスン、若すぎる彼女との別れ方
 犬でも猫でも三日も飼えば情もうつるが、バイオリンのお師匠ちゃまとはもう一年余りの付き合いなので、今日を最後にお別れかと思うと惜別の情もひとしおだ。もう少し、あと少しレッスンの時間が延びて欲しいと念じつつも、レッスンは15分ほどで終了した。そう計画を立てていたからで、残りの時間は「お師匠ちゃまの公式サイト」を作ってあげたのでそれで遊んだ。

 演奏家としては、あちらこちらのライブやロビーコンサートに顔を出しているお師匠ちゃまなので、公式サイトは彼女にとって少なからず意味があるとは思うが、いかんせん彼女のパソコンのスキルはアイポッドに音楽を転送するのが関の山。せっかく作ったサイトも宝の持ち腐れだが、彼女を啓蒙するにはいくらか役に立つかも知れない。

 なぜお師匠ちゃまを見限って教室を退会するのか、彼女はきっとぼくがもっと美人の先生に習いたいからやめるのだと思っているに違いない。まあそんなことになればラッキーこの上もないが、そうじゃなくて、生徒の持ってくる知らない曲に戦々恐々としているあなたを楽にさせてあげたいからだよっていうか、レッスンの時間削って練習するのって心苦しいでしょ?

「美人の先生紹介しましょうか? そうですねぇ、大阪市内まで行かれるならいくらでも……」
「バイオリン教室には苦労しないんですが、良い先生と出会うのに苦労するんですよね。美人でなくても、良い先生がいたら是非紹介してくださいな」
 去っていく生徒と見限られれる先生の会話らしくもないが、もしも「短い間でしたがお世話になりました」なんて会話で分かれたりして、熱いものがこみ上げてきたりしたらお互いにまずいので、「じゃあそういうことで」みたいな感じで別れた。
 さぁて、来週あたりから教室回りして先生を探すとするか。

  

2006年9月19日(TUE) 怖いもの、亀田興毅、露鵬、細木数子
 新幹線の車内で自分が座る指定席を探していたら、そこは四人がけの対面席になっていて、三席は既に客が腰掛けていた。ぼくは通路側で、窓側はご婦人が外の景色を眺めている。
 よっこらしょと自分の席に座り、一息ついてお向かいさんを見たら、その席には亀田興毅が座っていてガンを飛ばしてきた。思わずその隣に目をそらしたら、そこには露鵬が座っていてこちらを睨んでいる。なんて不運なんだと、ご婦人に助けを求めたくなったが、そのご婦人が振り向いて「アンタ、もうじき死ぬわよ!」と。細木数子だった。
 もちろん夢の中の出来事だが、あの三人とそんな状況で本当に出会ってしまったらどうするだろうか。「サ、サインく、下さい」という前にちびっていなければ幸いだろう。

 国連でアメリカのブッシュ大統領と、イランのアフマディネジャド大統領の対決が見られるかもしれないという。どんなかたちで相まみえるのか知らないが、頭の良さでは幾分かイラン大統領に分があるかもと、ささやかれているらしい。
 アメリカがイラクに侵攻する前に、フセイン国王が同じように国連で討論しようとブッシュ大統領に呼びかけたが、口では勝てそうにないと悟ったのか、ブッシュ大統領は申し出を無視した。そしてイラク戦争が開戦され、アメリカが敗戦。どうやって撤退するかが討論されている最中にもどんどんアメリカ兵やイラク人が毎日死んでいく。

 イラクって、「国王以外は皆国王になりたがる」というお国柄らしく、そんな中でフセインが圧制を布いていたからこそ安定していたのであって、フセインという重石が取り除かれたので宗派間、部族間の争いが激化したらしい。アメリカ軍が駐留していてあの状況なんだからもう手の施しようが無いんじゃあるまいか。
 そこでイラクから撤退する理由にイラン侵攻を持ち出しそうなブッシュ大統領だが、確かに怖いものには先制攻撃したくなるのが人情というもの。それは分かるが一回話し合ってみたらどうだろうか。たとえば亀田興毅、露鵬、細木数子もバラエティー番組で話し合ったら案外いい奴らかも知れないんだから。

 

2006年9月18日(MON) ウォッカでパソコン洗浄しました
 またやってしまった、酔っ払い運転。といっても車ではなく、パソコン。夜中に目が覚めて咽の渇きを覚え、冷蔵庫を開けたら飲んで下さいといわんばかりに缶ビールが鎮座ましましている。据え膳食わぬは……じゃないけど飲んでやろうじゃないか、というわけで深夜の冷たいビールのなんと美味いこと。そしてグラスを持ったままパソコンの前に座った次の瞬間バシャリ!

 去年はバーボンウィスキーをノートパソコンのキーボードにぶちまけてキーボード交換。そして今回はビールをもってパソコンを潤すという壮挙! 今度も同じ轍を踏んだとはいえ、前回の経験を活かして切り抜けた。つまりウォッカで洗浄したら、キーボードがネチャネチャしていたのも、起動すらしなくなっているのも全て回復したのだ。

 昔々は飲んで帰って来てパソコンをさわると、次の日に起動しなくなっていたなんてことが良くあったが、最近は少し知恵が付いたのかそういうことはなくなった。そのかわり物理的にパソコンを破壊する事態が発生し始めるようになった。
 同じ酒量を飲んで同じように酔っ払っているつもりでも、若かりし頃と今とでは惹起される結果が異なる。肉体が違うんだから当然とはいえ、頭の中は大した経験値を積んでいないらしく、成長の跡が認められないのだ。つまり飲んだら年甲斐もないことしちゃいかんということか。

 

2006年9月17日(SUN) 止むを得ない「やむ終えない」こと
「♪連ぅれてって、タコマッサ、連ぅれてって、タコマッサ、大阪出るとき連れてって〜」
 このCMソングは、浪速のモーツァルトを名乗る「きだたろう」さんの作曲で、「♪ピアノ売ってちょ〜だぃ〜」ほどではないにしろ、大阪ローカルじゃ空気のように当たり前の存在として知られている。(言い換えれば、しつこいから聴こえていないということだが)

 ぼくはこのCM聴いて、
「大阪市内に行くことがあったら連れて行ってや。そやかてタコマサのたこ焼きを食べたいねん」
と、幼子がお母さんに懇願しているのだと思い込んでいた。ところがどっこい、今日テレビでそのコマーシャルを観て恥じ入った。
「大阪から他所へ行くときはワイを手土産に持って行ってみぃ。喜ばれるぞ〜」
と、冷凍たこ焼きが躍起になって働きかけているのだと分ったからだ。

 思い込みとか感違いというのは恐ろしいもので、ある大手のサイトを見ていたとき、「あの町にはとても良い“ふいんき”(←どうしてだかこれが変換できない)のお店があります」みたいな書き込みを見つけた。もちろん「ふんいき=雰囲気」と変換したかったに違いない。
 思わずふき出したが、タコマサの例に見るように、まかり間違ってもぼくは他人様のこんな所業を笑える立場にない。

 甥っ子がまだ幼かった頃、左手としゃべっているのを、「ひらりて」と聞こえる母親が、「ひだりて、と書いてみなさい」といったところ、あろうことか子は「ひらりて」と書いた。その子はまた「高島屋」を「たかましや」と発音するので矯正したところ、数日経ったら「たかしやま」と発音しはじめたという。彼は冷蔵庫を「ぜーろーこ」と発音していたから、たぶん「ふいんき」なんて朝飯前だったろう。

 正直に告白するけど、実はぼくも「少しずつ」と書くべきところを「少しづつ」と書いて平然としている日記があるはずだ。こんな有様だから、甥っ子が実にへんてこりんな聞き違いや喋り違いをしていてもそれは彼のせいじゃない。これはもう「そんな血筋なんだ」と断言して間違いないと思う。
 甥っ子はその後能弁な大人に成長したが、先日話したとき「止むを得ない」と書くべきところを「やむ終えない」と書いていたそうだ。
 ぼくもこの先たゆまぬ努力で、我が血筋のハンディを克服していきたいと思っている

 

2006年9月16日(SAT) 醤油とモーツァルトの微妙な関係
 最近愛用している醤油はたまごかけごはん専用醤油で、油はオリーブオイルからアーモンドオイルに替えた。オリーブオイルは香りは良いけど使いすぎるとちょっとムカつくが、アーモンドオイルはさっぱりしている。アーモンドオイルだからといってアーモンドの香りがするわけではないし、舌触りが滑らかな上に微妙な甘さを感じるのも不思議だ。

 醤油といえば長く和歌山は湯浅の醤油を使っていた。国道沿いに何軒も醤油販売店が立ち並ぶ湯浅は、かつて醤油の一大生産地だったと聞くが、あの頃醤油を製造しているのはたった二軒しかなく、そのうちの小規模な昔ながらの製法を守り続けているらしい店のものを買っていた。その醤油は濃厚な味がするとても美味しいもので、冷奴とかに使って醤油を味わうにはうってつけだと思ったが、ぼくの腕で料理に使いこなすには少々荷が勝ちすぎていた。

 料理って極上の素材を用いて作ったら必ず美味しいものが出来上がるんだろうか? 卵は○○の有精卵、だしは利尻産昆布、醤油は湯浅の天然仕込み、とかでだし巻きを作ったら美味しいのは間違いないと思うが、それは味が想像できる単純な料理だからではないだろうか。優れた食材のそれぞれが激しく自己主張する料理をねじ伏せて作れるのは素人では難しい気がする。

 同じように優れたソリスト同士がデュオをやったら当然良い音楽が生まれるだろう。たとえば……マルタ・アルゲリッチとギドン・クレーメルが奏でるモーツァルトのバイオリンソナタなんか最高かも知れない(聴いたことない)。でもそういった巨匠だけを集めたカルテットとなると滅多に無いし、それぞれの個性が強すぎて長続きしないに違いない。
 モーツァルトのバイオリンソナタでぼくが一番好きなのは、指揮者のジョージ・セルがピアノ伴奏、バイオリンがオーケストラのコンサートマスター、ラファエル・ドルイアンという、云わば器楽演奏家としては無名な二人の録音だ。

 人の心を動かすものって、必ずしも名演奏家の手によるものでなくても良いし、延長再試合、ハンカチ王子といった感動的な物語がなくても良いし、自己主張しない無名のコラボレイションでも可能だと思う。もちろんそれは独善と偏愛の狭間に咲いた仇花であるとの謗りを免れないかも知れないが。

 

2006年9月15日(FRI) 飲む馬鹿に付ける薬
「マスター、そろそろこの店も年貢の納め時かと思いきや、この繁盛ぶりかいな! これだけ飲酒運転が問題になっとるゆーのに、ここに来る客は全然自覚が無いようやな」
 ぼくが歩いて場末の飲み屋着くと、相も変わらず車を運転して来た客でごった返している。
「何が自覚や! そんなもん持っとる人間がこの店に来るわけないやろ。あんた何年この店に通っとんじゃ!」
 客の一人がそういったが、もっともなことだと納得する。他所の飲み屋に顔を出せないような連中だからこそここに集っているわけで、そんな連中が取締りが怖くて歩いて来るなんて面倒なことをするはずもない。連中の思考様式は20年以上も前のまま停止しているのだ。

 かつてぼくも毎日のように車で場末の飲み屋に通っていた。それが当たり前だったし、特に危険だとも思わなかった。
 しかしある雨の降る夜、飲んで車に乗って次の飲み屋に行く途中でスリップして街路樹をなぎ倒した。今考えればあれが人でなくてぼくは運が良かったといえるだろう。
 車は全損になったが、次に買った車でもやっぱり飲んで運転していた。言い訳するつもりじゃないが、それを警察はもちろん誰も咎めたりしなかったし、悪い事だなんて考えなかった。だって法律も世間も飲酒運転に対して実に寛容だったのだから。

 法務大臣によると、飲酒運転の罰則を強化するのには限界があるから、飲酒をすると動かない車を作ることが出来ないか検討するという。それは悪いことではないと思うし、技術的に困難ではないのかも知れない。しかしいくら飲んでも車が動いたら運転しても良いということになるし、薬でラリッて運転するのもOKということになる。
 要は個々の自覚の問題で、それを周知する努力を怠ってはいけない。がしかし、あの場末の飲み屋に集う連中を見ていると、それがいかに難しいことかを理解できる。馬鹿に付ける薬はあっても、馬鹿を治す薬は簡単には見つからない。

 

2006年9月14日(THU) モノを書けて初めて分かる苦悩
「パソコンをする、インターネットをする」なんて、まるでお稽古事のようにいわれた頃もあったが、さすがに「猫もしゃくしもブログ」といわれるようになった今では死語となった感がある。
 でもぼくがそういった“習い事”をおぼえるきっかけとなったのは、「不純な動機」に突き動かされたからではない、とは胸を張って断言できない。早い話、助平心を満足させてくれる何かが、パソコンやインターネットには潜んでいると、そこはかとない胸の高鳴りを覚えたからに過ぎない。

 自分のパソコンを手に入れたのはWindows95搭載のパソコンが発売された当初のことだったから、今年で10年間パソコンを使い続けているが、そのスキルがどれだけ向上したかといえば、何のことはないブログを更新できる程度止まりだったと断言できる。つまり不純な動機で始めたものには、瞬発力はあっても持続力に限界があるということかも知れない。
 
 本日の童話講座に足を運ぶ前に10枚ほどの物語を書き始めた。本当は5枚の、「医療に関するエッセイ公募」の下書きのつもりだったのだが、荒筋(プロット)を考えながら書いているうちに、物語が勝手に膨張して収まりがつかなくなった。
 仕方ないから20枚を目標にしたら登場人物が増えて、50枚をめどにしなければいけなくなった。50枚を超えてもいいのならもうどうにでもなれとなって、「100枚作品のプロローグです」と詐称して教室に提出してしまった。

 ものを書くという作業は、続けているからといって日々向上するものではないと思う。バイオリンのように毎日練習を続けていれば間違いなくステップアップするというものではないし、ややもすると後戻りしていても気がつかない。
 普通の人なら誰でも歩くこと、文章を書くことができるだろう。でもそれが競歩になったり、文章が人目に晒されたりして初めて自分の立っているステージがどの程度なのかが分かるものかも知れない。
 ものを書くということは競争ではないかも知れないが、不純、純粋にかかわらず、書き続けないことには前に進むこと、後退することのどちらも叶わないに違いない。

 

2006年9月13日(WED) 〜の、各氏に師事しております
 バイオリンのレッスンも今日も含めて残すところ2回。今月一杯でお師匠ちゃまとの契約が切れるということは、縁も切れるということ。寂しくないといえば嘘になるが、3カ月前から宣言していることなのでお互いにさしたる感慨もない。というより彼女にとっては手間のかかる生徒が一人減って楽になろうというもの。

 ぼくのバイオリンのレベルが高いわけではないが、バイオリンという楽器はピアノに比べると初見で演奏するのが難しいのかもしれない。右手と左手で全く別のことをやりながら、音の数がバイオリンよりはるかに多いのに、ピアニストは意外にあっさりと初めての曲でも弾きこなす。しかし今まで師事したバイオリニスト2人を見る限りでは、曲を覚えるのはとても早いが、知らない曲を弾くとなるとぼくが弾けるレベルの曲でも少なからず時間を食う。

 お師匠ちゃまの生徒にどんなレベルの生徒がいるのか全体像は分からない。おおむね初心者が多いらしいが、ぼくよりもかなり高いステージの方もいるらしい。
「次から次へと知らない曲を持ってきて、この人やめてくれへんかなーって……」
 そんな述懐をしておられたこともあるが、その「やめてくれへんかな」の候補にぼくも上がっているに違いない。

 家事や子守をしながら生徒のレッスンをする音楽教師も昔はいたと聞くが、割の良い内職のつもりでやられたら生徒はたまったもんじゃない。特に幼い子どもを教えるとき、その子どもの一生を左右しかねない重要な立場にあると認識しているなら、ぼくなどより幼子の前に立つほうがよほど緊張を強いられるはず。
「お師匠ちゃまはピアノを習わなかったんですか?」
「4歳のころピアノ教室に行ったら嫌がったらしく、それでバイオリンを習い始めたんです」
 どうやらバイオリンの先生の方が優れていたのかもしれない。

 お師匠ちゃまが今後「名演奏家」と呼ばれることはないかも知れないが、名伯楽への道は決して閉ざされているわけではない。彼女がそう呼ばれるようになった暁にはぼくも、「童話作家:首領様酒盗人:TEL師、バイオリニスト:お師匠ちゃま、の各氏に師事」と、肩書きに加えたいと思う。

 

2006年9月12日(TUE) タライマワシの世の中を生き抜く
たらいまわし」といえば病院とか役所をまず思い浮かべるが、世の中が複雑になってきた今日では民間企業を訪ねてもたらいまわしにされることは少なくない。
 モバイルインターネットの契約をしたくて二駅隣の街の電気屋さんを訪ねたら、専門窓口の方が詳しいからという理由で、いつも通うスポーツジムのすぐ近くを紹介された。つまりほとんど振り出しに戻ったようなものだ。

「大きなアヒルのぬいぐるみが置いてあるところです」
 スポーツジムの帰りにショッピングモールの総合案内でウィルコムさんを訊いたらそう教えてもらい、大きなアヒルはすぐに見つかった。
「いらっしゃいませ、どうぞお座り下さい」
 受付のお姉さんたちと目が合って笑顔で迎えてくれたのだが、なんだか様子が違う気がする。
「あのぅ、こちら、エアー・エッジの……」
 そう切り出した。
「あ、それはお向かいさんなんですよ。こちらはアフラックと申しまして……」
 生命保険の会社だった。
 お向かいさんは担当の女の子が接客中だったので、腰掛けて待つように言われた。
「いらっしゃいませ、本日は楽天にどのようなご要望でしょうか?」
 またお姉さんが現れてそういった。
「ら、楽天? いや、お隣のブースが一杯なのでここで座らせてもらってるだけなんです。す、すんません」
 楽天のお姉さんは嫌な顔もせず奥に引っ込んだ。

 しばらくしてウィルコムさんのブースが空いたので話を聞いてもらったのだが、「それはこちらではできませんので、専門店を紹介します」と、三つ隣の駅前にある店を教えてくれた。つまり最初に行った店から一つ隣の駅になるわけだ。

 こうやってタライマワシにされているうちに、「この会社で本当に大丈夫なんだろうか?」という疑問も湧いてくるが、散々検討した挙句、インターネットを常時接続してモバイルできるのはこの会社しかないのだ。はたしてぼくのやろうとしていることが理にかなっているのかどうかは別にしても……。

 

2006年9月11日(MON) 安倍政権の変態性
 そうか、同時多発テロからもう5年になるのか。あの時は和歌山のホテルに何泊もして仕事してたから、いつまでもテレビを観ているわけにもいかず寝てしまった。朝起きて何かの間違いだったんじゃなかろうかと願ったものだが、悪夢はまだ続いていた。

 あれからアフガニスタンへの侵攻とイラク侵攻へと進んだが、どちらもアメリカの敗戦が濃厚となって、今はいつどうやって撤退するかが問題になるなんて、あの時のぼくには考えもつかなかった。しかしもっと考えられなかったのは、たぶんブッシュ大統領とブレア首相、そして小泉首相だろう。

 スペインでは相当前に首相が替わったし、英国もブレアさんが降ろされるようだし、ブッシュさんも不名誉な結果になりそうだ。それを思うと小泉さんは満面の笑みで任期を全うし終えたのだから運の良い人だなと思う。いや、運も実力のうちといわれるからこれが小泉さんの力量のなせる業だろう。

 韓国って国は大統領が替わると前大統領が逮捕されたりするが、アメリカは国民が優しいからだろうか、戦争責任が追求されることも無い。あれだけ他国民のみならず自国の兵士も殺しておきながら何の責任も追及されず辞任できるとしたら不思議だが、そこが民主主義の良いところ。だって国会で戦争を決めたんだから、責任は国会議員にもあるし、当然国民自身にもある。

 次の日本の首相は安倍さんで決まりのようだが、小泉さんが族議員と呼ばれる既得権益にとり憑く魑魅魍魎をやっつけ、官僚や役所に溜まった膿をいくらかは搾り出してくれたように、安部さんには美しい国を取り戻してほしいと願うのだが、美しい国を取り戻すのにどうして憲法改正が必要なのか教えてほしい。

 日本の新首相も先ずは前政権を総括して、断罪すべきところは容赦なくやってもらいたいと思うが、それについては安倍さんには期待できそうもない。そのために小泉さんが安部政権へのレールを敷いたのだから。
 でも安倍さんには、さなぎが蝶になるようなメタモルフォーゼを予感させるものがある。とはいっても、ブッシュさんが並以下の大統領から同時多発テロをきっかけに、最悪の大統領と呼ばれるようになった変態であっては困るが。

 

2006年9月10日(SUN) 泉北コミュニティで和め
「五体不満足」の著書で有名になったスポーツライターの乙武さんが、自身のブログで紀子様の出産に言及したところ、読者から非難のコメントが膨大に寄せられたという。有名人に対してやっかむ人は多いから、文章を恣意的に曲解しようとする人がいてもおかしくない。しかしあのブログの“炎上”ぶりはどうか! 今あのサイトで喧嘩売ったらぼくのHPもアクセス数が急増して楽しいかも知れんがやめておこう。

 言葉は選んで使わないと他人の心を傷つける恐れもあるから注意が肝要だが、それは書く人や掲載されたメディアによって反応は違うだろう。仮にぼくが同じことを書いたとしても鼻もひっかけられんのに違いない。その価値も無いし、誰かにやっかまれることも無ければ恨みも買っていないはずだから(たぶん)。

 泉北コミュニティーという無料で配布される週間ミニコミ誌がある。いつぞや全国で最も優秀なミニコミ誌に選ばれたこともあって、市会議員の不正を追及したりボランティアの活動を紹介したりと内容が充実していて楽しい。
 たとえば8月31日号の共聴アンテナ(新聞で一面に載っている天声人語や余録みたいなコラム)から少し紹介すると、
「国家だけでなく都市も品格が求められるべき(中略)、川崎は工業都市としての色彩が強く、文化都市とは誰も思わない。さいたまも(中略)平仮名の都市名だが、いっときの受けねらいにすぎずバカ気ている」
と、舌鋒も鋭いが、乙武さんの次の日記がこんなだったらどうなるだろう、大丈夫かいな? と心配になる。

 三面記事に目を移すと、
「40代の医師がマンガ本など44冊を万引き」
「64歳の男が20代の外国人妻の前でずぼんの上から自分の股間をさわり、めいわく防止条例違反(チカン)容疑で逮捕」
「20代女性が出会い系サイトで知り合った男とラブホテルに入ったところ、携帯を車内に忘れたからといわれ、鍵を渡した。しばらくしても戻らないのでフロントにたずねると『5分くらい前に出庫されました』と」
「幼い女児が鼻にビーズを詰めて救助隊が長いピンセットで取った」
「70代の女性が卓球の練習中に転び、頭を打った」
等等、分ったようで良く分からない事件とか、それがどないしたん? といいたくなる記事で埋め尽くされている。
 
 44冊の本を持ったら重くて逃げられんし、すぐに見つかってしまうと想像するのだが。
 自分の股間をズボンの上からさわったっていうけど、具体的に書いてくれんと……。
 車を盗られたのは事前だったのか事後だったのかが気になる。
 ビーズって……昔なら放ったらかしかも。
 友だちのTEL師が酔って転んだとき、「強がりが、酒に転んで、回り見る」と詠んだので、「盗作の恐れあり」と指摘した。
 スポーツ新聞を読んでいるよりよっぽどおもしろいから、ブログで個人攻撃する人はこの新聞を読んで和んでもらいたい。

 

2006年9月9日(SAT) どこの王子様もしんどい
 体調が思わしくない上に落ち込む事もあり、「酒取りのTEL師」なる御仁と飲み歩いて一軒の焼き鳥屋に入ったら、そこで彼の息子さんとバッタリ出会った。彼は顔も雰囲気もお父さんに良く似ていて、お父さんが男前なら息子さんもなかなかの好男児で、お父さんが遊び人なら息子さんも豪傑で、お父さんが色事師なら息子さんもなかなかの色男だと思った。

「いや〜、あの息子だけはデキが悪くて……ある日女房に、あいつはワシの子と違うやろって問い詰めたんや。そしたら、『あれだけがあんたの子です』ときた」
 離散家族が再会したみたいに変にベタベタしたスキンシップが終わると、TEL師はそういって頭をかいた。
 もちろんこれは冗談だが、実際のところDNA鑑定でもしない限り真相を知っているのは母親だけなのだから、母親の子であることだけは間違いなかろう。

 息子さんといえば、連日テレビで「おこさま」の報道を聞いているうちに、もうお名前が発表されたのかと勘違いしてしまったが、いつの時代のどこの国でも王子様はいいもんだなと思う。もちろんお姫様もいいのだが、王子様には生まれた時から何か大きな期待がかけられているからだろう。しかしチャールズ英国皇太子の息子さんもダイアナ元妃の血を引いてなかなかのハンサムだが、彼らに英国人が期待する余りプライベートな事まで報道されて気の毒に思う。

「デキの悪い子ほど可愛くてイカンね」
 息子さんが帰っていくと、彼らの飲み代を引き受けたTEL師がいった。
 別に息子さんはデキが悪そうには見えなかったが、それよりお父さん、少し甘やかし過ぎちゃいませんかっていいたくなる。可愛いもんだからいつまでもデキを悪くしておきたいお父さんの気持ちも分かるが、彼はもう立派なオジサンだよ。同じようなことだけど、ハンカチ王子もあんなに褒め上げられて報道されると、下手なことができなくなって窮屈に違いない。いつの時代のどこの家の王子様もたいへんだわ!

 

2006年9月8日(FRI) じゃあどこで診察してもらえば?
 咽が変だと感じたのは一月ほど前、それが悪化の一途を辿るので、行きつけの矢部石先生(男 仮名)を受診した。どうしてその耳鼻咽喉科が行きつけかといえば、まず第一に空いていること。第二に立地条件が良いからで、受付のお姉ちゃんが美人だからではないし、まして矢部石先生が名医だなんて微塵も思っていない。先生はぼくが薬に注文をつけると嫌がるし、診断について多くを質問すると「よその病院に行ってんか」みたいな顔をされる。

 それでもぼくが矢部石先生の元を訪れるのは、風邪をひいてどこの耳鼻科を受診したって医者のやることに変りはないと思っているから。つまりぼくの症状に効く薬を処方してくれたら誰でもかまわないし、極端に言わせてもらえばコンピュータに診断してもらってもかまわない。早い話が開業耳鼻咽喉科医に期待していないだけじゃなく、絶望しているからだ。

「咽が痛いんですか? ではカメラを入れてみましょう」
「えぇ? またカメラですかぁ〜!」
 カメラを鼻から入れて咽を見るのは良いが、結構つらいだけじゃなく、口をア〜ンして見るより金がかかるのだ。で、結局のところ「風邪ですね」みたいな診断が下る。
 やってられんが、「だって具合が悪いから来たんでしょ?」って言われたら従わざるを得ないかなってなる。それで保健使って三千円! 先生あんまりでっしゃろ。たまには「癌ですね」とかって冗談の一つもおっしゃってくださいな。

 近くに良い耳鼻咽喉科があるのは知っているが、お子さまたちで異常に混んでいるのでついつい矢部石先生に診てもらうのだが、こうなったらもう耳鼻科の範疇じゃなくなったかも知れない。ではいったいどこに行けばいいのだろう。矢部石先生曰く、「歯医者さんにいってみたら?」なめとんのか! 少なくとも先生のところににはもう来ませんよって啖呵を切りたかったけどできなかった。情けなや!

 

2006年9月7日(THU) 自分の死に様が想像できない
おとといのつづき

 Kさんは別の病院に搬送され、そこで精密検査したら癌の疑いありと診断された。ただちに癌専門病院に転院して手術を受けたのだが、驚いたことに執刀したのは実の弟さんだったという。
「そんなことなら初めから弟さんに相談したら良かったんじゃないですか?」
「誰だって自分が癌だなんて思いたくないでしょう。あいつに診てもらうようになったらおしまいやと思ってましたからね」
 そういって酒をちびりとやった。
「酒なんか飲んでて良いんですか?」
「良い訳ありません」
「でも久しぶりに飲んだら美味しいでしょうね」
「匂いが全く分からないので少しも美味しくないんです」
 どうやら口は物を食べるためだけの機能しかなく、呼吸のための空気が鼻を通過しないので、何を食べても美味しくなくなったらしい。
 ぼくがKさんと会ったのはそれが最後だった。もともと常連というほどでもなかったし、Kさんの痛々しい姿を見かねて足が遠のいてしまったのもある。やがていつの間にかその飲み屋は暖簾を降ろした。

 あれから2年くらい経ったある日、Kさんと最も親しかった青年にバッタリ会い、自然とKさんの話になった。彼によると、Kさんの癌は既に全身に転移していたらしく再入院を余儀なくされ、意外にも早く亡くなったので見舞いにも行けなかった、と葬儀の席で悔やんだらしい。
 そして四十九日が終わった頃、奥さんが店じまい寸前の飲み屋に満中隠志を携えて訪れ、Kさん自身がしたためた手紙を置いて帰った。それはだいたいこんな内容だった。

「何かの罰が当たったとは思わないのですが、少し早すぎるかと思います。年金をもらえる歳までとはいわないから、せめて娘の結婚を見とどけてから死にたかったです。悔いが残るといえばそれくらいで、あとは好き放題やらせてもらいました。
 うるさい患者だから眠らされているのか、それとも痛み止めのモルヒネのせいか、今はもう自分がどこにいるのか分からないことが多くなりました。そのうち自分が誰なのかさえ分らなくなるに違いないでしょうから、今は点滴を抜いて、女房に買いに行かせた酒を飲んで痛みをこらえながらこれを書いています。そして皆さんがこれを読んでいるということは、私は一足先にあっちへ行ったということですね。
 ○○(飲み屋の名前)で集うようになって15年、喧嘩もしましたが毎晩楽しく過ごさせていただきました。他人様から見たら、飲んで騒いでいるだけで無為のうちに時が過ぎたようにも思えるかも知れませんが、私にはかけがえの無い幸せな時間でした。ときどきでかまいませんから私のことを肴にして飲んでやってください。そしたら私は皆様からいただいた幸せ、同じ時代に生きた喜びを胸に詰めて旅立つことができます。本当にありがとうございました」

 Kさんの手紙は店を閉めるまでの少しの間飲み屋の壁に貼り付けてあったらしい。達筆だったKさんの字はまるで子どもが書いたようだったというから、きっと最後の力をふりしぼって書いたのだろう。それがなんとも穏やかな謝意に満ちていたなんて……ぼくが癌で死ぬ前にこんな安らかな心境になれるだろうか。きっと恨み言の一つや二つ書くんじゃないか。今まで感じたことの無い咽の痛みを感じて耳鼻咽喉科を受診しながら思った。

とりあえず、おわり

 

2006年9月6日(WED) お祝いムードに汚染され
 昨日の続きを書かないといけないのだが、今日はバイオリン教室でお師匠ちゃまにハイヒールで踏みにじられ……とかって嘘ですし、そんな願望もございません。

 お師匠ちゃまがハイヒールをお履きになられるか、似合うかどうか知らないけど、今日渡されたカルチャースクールの案内をみて驚いた。これってホリエモンの粉飾決算容疑みたいなもんと違うか? と苦情を付けたいくらいな美人の写真で紹介されていて、モンタージュ写真に使ったら絶対にホシは挙がらんぞ、と断言できるようなものですがな。

 話は変わりますが、ワインを冷凍庫に入れておいたらどうなると思います? へっへっへ〜、栓抜きが要らなくなるんですよ。勝手に栓が抜けてましたが、既に凍てついておりましたので冷凍庫には被害は無かったのです。ところが解凍したら味が非常に不味く……なんていえば通みたいに聞こえますが、実はフツーに美味しかったんですよ。

 正直申しますと、このところ重たい話ばっかり書いてますのでちょっと疲れたんかなあ? というか、あの話の最後は決して暗くは無いけど、今日のお祝いムードに汚染されてちっとも筆が進まんのです。なのでちょっとティーブレイクでした。

 

2006年9月5日(TUE) 強制退院させられ入院拒絶
きのうのつづき

「あ、Kさん久しぶりですね、お元気でしたか?」
「いえ、危うく死ぬところでした!」
 もちろん喉頭癌の手術をして間もない頃だから筆談で交わした会話なのだが、漢字を多用してしかも達筆だったのには驚いた。ぼくが仮にそんな状態になったら、ただでさえ下手な字の上に酔っ払って書いたら誰も読んでくれないかもしれない。

「カラオケで声がかすれるので 最寄の××病院で診てもらったらトローチをくれて帰されたんですが、やっぱり調子が悪いのでもう一度受診したら入院させられたんです」
 Kさんが亡くなったのとどちらが先だったかは分からないが、××病院というのはもう存在しない。

「本当に調子が悪いんだからちゃんと検査してくれって何度も訴えたんですが、相変わらずトローチをくれるだけ。面白くないから夜毎病院を抜け出して飲んでましたら、院長の知るところとなって強制退院させられたんです」
「信じがたい病院だけど、Kさんも豪胆というか、あんまりですやんか!」

「それで家で養生、いや、飲んでおりましたら大量に血を吐いたんです。救急車を呼んで「××病院へ頼む」と言いました。院長への当てつけのつもりだったんですね。××病院に着いたら院長が私の容態に驚いて受け入れを拒否しました。曰く、『この患者は素行が悪いのでお断りします』こっちこそお断りですわ!」

つづく

 

2006年9月4日(MON) ぼくも癌かもしれません
 知り合いが亡くなったという話は何件も聞くけど、ぼく自身が葬式に参列したわけではないから真偽のほどがはっきりしない。でもそんな噂が流れ、ずっとお目にかからない方がたについてはその噂は本当かも知れないと思う。

 そんな中で、Kさんというとても印象に残っている人がいる。Kさんは学校の先生で、柔道家にして大酒飲み。一晩で一升瓶をカラリと空ける酒豪でもあった。本当の姿は知らないが、少なくとも飲み屋での彼は紳士だった。いつも思うことだけど、飲み屋でしか会うことがない人たちは、ぼくたちに見せるのとは違った顔を持っているのかも知れない。

 Kさんの直接の死因は喉頭癌だったらしい。いや、良くは知らないが、手術の後、咽元に穴を開けてそこに何かを当てて喋らないといけなくなる病だった。Kさんもそうなるはずだったのに、発声練習をしている途中で亡くなってしまった。回復の途上で最後に彼に会ったのは、いつも集う飲み屋が店を閉める少し前だった。

つづく

 

2006年9月3日(SUN) 指の値段が安い国で設計した機械?
 自分の指が1本でも欠けるかと思うとぞっとする。それに右手ならまだしも、左手だったらピアノとバイオリンのどちらの演奏にも支障が出る。もちろん楽器が演奏できなくてもそれで飯を食っているんじゃないから、指が無かったらそれなりに他の事で遊べばいいのだからどうってことないが、幼子の指が欠けて人生の選択肢が幾分か少なくなってしまうなんて気の毒でならない。
 シュレッダーでの指切断事故を受けて、ようやくメーカーが改修のPRを始めたみたいだが、数あるシュレッダーメーカの中には二重三重の安全装置を付けているところもあるのに、あのメーカーはPL法(製造物責任法)をどう解釈しているんだろう。

 かつてぼくが勤めた会社は、当時ある物で世界的なメーカーだった。日本国内各地はもちろん、韓国の合弁工場でも生産していて、先輩たちは技術指導で韓国に2、3年駐留するのが慣習だった。
「韓国には兵役があるから若い男が少ない。だから向こうの女の子が言い寄ってくるかも知れんが、絶対に手は出すなよ!」
 上司がそう忠告するのだが、先輩が帰って来たら韓国の女の子も一緒について来ることが少なくなかった。でもそれは仕方がないこと。だって工場で働いているのはほとんどが若い女の子なんだから、指をくわえて見てろなんて殺生というもの。
 今の韓国では考えられないだろうし、「安全第一」のスローガンが掲げれれ始めたその頃の日本でも稀なことだったが、当時の韓国工場ではまだまだ女の子が機械で指を切断する事故が後を絶たなかったと聞く。飛んだ指を、「お前の指だ、持って帰れ」と、工場長が若い女の子に平然と渡すほど日常的だったらしい。
 まだ朝鮮戦争から復興の途上にあった韓国では、安全より他に優先するものがあったのかもしれない。指を失うのは機械の構造が悪iいのではなく、操作をミスった方が悪いという感覚だった。
 
 事故のあったシュレッダーは業務用とうたっているらしいが、工場内で専門家が取り扱う機械じゃなく事務機なんだから、いくら子どもが出鱈目に使ったからといって簡単に指を切断してしまうなんてどうかしている。コスト削減を理由に何でもかんでもアウトソーシングで、設計から生産までを指の値段が安い国に委託しているんじゃないかと疑いたくなる。
 ものを考えず物を作らなくなったらこの国はどうなるのだろう。安部官房長官は「美しい国を……」なんておっしゃるが、指どころか命まで粗末に考える人が増えている現状を何とかしてもらいたいものだ。

 

2006年9月2日(SAT) 焼き豚とか焼き鳥とか、どっちも名物です
 この前、「ぼくの田舎今治市は焼き鳥日本一」と書いたら、いろいろと不都合なこともあるようだ。べつにクレームをいただいたとかじゃなくて、室蘭の焼き鳥は焼き豚だと書いたのが問題なのだ。事実焼き豚であるのは間違いないのだが、スーパーで売っている焼き豚を食べてみて疑問が湧いた。

「室蘭の焼き豚ってこんなものとは絶対に違うよな、いやきっと違うと思う」
 スーパーで売っているのがどういう製法なのか知らないけど、外側から内側まで均質に焼けているばかりではなく、味が隅々まで浸透しているというか肉の味とは違うような……不味いというのではないけど本来の豚肉の味じゃないと思う。

 実を言うと焼く豚は、うちの田舎のかくれた名物で、田舎じゃ「センザンキ」と同じくらい親しまれている。とはいっても、昔のあの味とは違うかも知れない。不味くなったといいたいのじゃなくて、世の中にもっと美味しいものがあることを知ったからだろうと思う。焼き鳥ほどメジャーではないし、田舎の焼き豚が美味しいのかどうか実はぼくには自信がない。でもやっぱり田舎の焼き豚の方がぼくの口には合う。

 室蘭の焼き豚と、ぼくの田舎の焼き豚は似ていると思う。でも同じ製法とは思えない。だからこうなったらいつか室蘭まで行って、焼き鳥という名の焼き豚を食ってこの疑問を晴らしてみたい。

 

2006年9月1日(FRI) おじいちゃんが残してくれたもの
 きのうのつづき
 茶封筒の中から出て来たのは小さなビデオテープだった。
「ちょっとテレビをお借りしますよ」
 そういって弁護士は持参したビデオカメラとテレビをつないだ。
「オヤジが何を言い残したか知りませんが、別に今日でなくてもかまわんでしょう」
「いえね、実はこれはあなたのお母さんの生前に私が撮影したものなんですよ」
 不機嫌そうな息子さんからテープを受け取ると、弁護士は再生を始めた。
 弁護士とAさんが碁を打っているところや、釣り船に一緒に乗っているところは早送りして、老人ホームでAさんが奥さんに食事をさせているシーンに来た。
「奥さん、具合はいかがですか?」
 カメラを構える弁護士が奥さんに聞いた。
「息子が東京におりましてな、帰って来たらお弁当をこしらえてお父ちゃんと三人で船に乗って釣りに行くんです。それまでここで待っとるんです」
 奥さんはしっかりした口調で答えた。
「息子は金儲けが忙しいいうてろくに帰ってこん。それでこの話をワシにもいうんじゃけん、もういかんわい!」
 Aさんが首をふりながら付け加えた。
「息子さんも釣りが好きだったんですね」
「いや、三人で釣りに行ったんはあれがまだ小さい頃で、船酔いしてから釣りには見向きもせなんだ」
「昔のことを思い出しとるんでしょうかね?」
「どうじゃろうなぁ? もうワシの顔も息子の顔も分からんのかもしれんのう。東京に来いっていわれとるのにのう、どうしても田舎で息子が帰ってくるのを待ついうてきかんのよ」
 ビデオはそこで終わった。

「……ちょっと船を見てくる」
 ビデオを観終った息子さんがそういって外に出ると、嫁さんとAさんの孫になる男の子が後を追った。5分ほどの道をゆっくりと歩いて波止場に着くと、全長5mほどの小さな伝馬船「☆☆丸」が浮かんでいた。何年も見ていないのにすぐ見つかったのは、「☆☆」が息子さんの名前だったからだ。
 乗ってみたい、と子どもにせがまれ、息子さんはロープを手繰り寄せ、自分は桟橋の上から☆☆丸の姿を眺めた。子どもは珍しそうに機械室のフタを開けて油の臭いを嗅いだりしていたが、突然大声で叫んだ。
「あ、魚だ! おじいちゃんの釣った魚だ。生きてるよ、まだピンピン泳いでるよ、お父さん!」
 Aさんが釣りから帰って倒れたのは一週間ほど前のこと。釣り上げた本人は亡くなったのに、釣られた魚はまだ船のイケスの中で生きていた。
「この魚たち、おじいちゃんの形見だね」
 その声を聞いて、息子さんはそれまでこらえていたものが堰を切ったのか、
「父ちゃん!」
と、絞り出すような声を上げ、両手で顔を覆って泣き崩れたという。

「自分が釣った魚より先に死んで……Aさんも気の毒なことよねぇ!」
 母はそういうと涙をぬぐった。酒を飲みながら上の空で聞きはじめたぼくだったが、まるで紙芝居のように語って聞かされ、しまいの方はさすがにビールの咽越しが悪くなっていかん。
「ふ〜ん、それでその魚はどうなったんかいな?」
 話をそらそうと思った。
「どうなったて……お前が今食べとるのが、その時もろうてきて冷凍しとった魚じゃ」
「えっ!」
 煮付けにのばしていたぼくの箸が一瞬凍った。
「フッフッフ、嘘じゃ嘘じゃ。今朝魚屋さんが配達してくれた魚じゃが」
 そう笑った母の方が、ぼくより飛車角一枚も二枚も上手のようだ。

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2006年9月日()