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HAL日記


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2006年8月31日(THU) 老いては子に従わず、自然のなすがままに
 8月も今日で最後か! なんだか短かったような気がすると思ったら、平年より11日梅雨明けが遅れたのだとか。それもあるが、ぼくとしては帰省したときに姪夫婦と子どもが来たりして、いつもの夏に比べてせわしなかったのもあるかと思う。
「おおかた『田舎のお婆は先が短いから今のうちに』とでも思って来たんじゃろ」
 母がいうように、次から次へと孫たちが来て母もさぞかし忙しかったにちがいない。ねぎらって電話したら、さすがの母もどっと疲れが出て一日寝込んだといった。
「この田舎に子どもやら孫が来てくれるだけでもええとせにゃ。この前死んだあの向こうのAさんは息子と喧嘩して何年も帰って来んかったのに!」
 電話の向こうで母は明るく笑って切ったが、孫たちに本音を問いただすわけにもいかないからここだけの話にしておく。

 ところで、あの向こうのAさんのことは田舎に帰ったとき酒を飲みながら上の空で聞いた話なので、実は良く憶えていない。たぶん母の勘違いだろうと思うが、Aさんの息子さんというのはぼくの同級生で、なんでも東京の方で起業して財を成した人だという。
 息子さんは老いた両親を東京に呼び寄せたかったのだが、毎日釣り船に乗ってご近所に釣った魚を分けてあげるのを楽しみにしていたAさんは、田舎を離れるのをかたくなに拒否し続けたそうだ。
 そうこうしているうちにAさんの奥さんは認知症になり、Aさん自身も70歳を過ぎて世話をしかねたので田舎の老人ホームに入所させたが、程なくして奥さんは亡くなった。
「東京の病院で治療を受けさせればもっと長生きできたはずだ」
 息子さんは激しくAさんを責め、それ以来Aさんが亡くなるまでの数年間、息子さんは生家の敷居をまたがなかった。

 Aさんが亡くなった今年ようやく息子さんが帰ってきたのだが、よほどの確執があったのか息子さんは葬式のあいだも涙一つこぼさなかったという。ところが葬式が終わった翌日、弁護士が息子さんを訪ねて来て(公証人とか司法書士だと思うが?)Aさんが残した遺言書を渡したのだそうだ。
 案の定というか、Aさんのささやかな遺産は奥さんがお世話になった老人ホームに寄付され、家と釣り船だけが息子さんに譲られる段取りになっていた。
「小銭など要らないが、釣り船こそすぐに処分してほしい」
 息子さんが憤然としてその弁護士に要請すると、弁護士は予期していたかのように、「もう一つあなたへと、お父さんから頼まれたものがあるんですよ」といって手の平ほどの茶封筒を渡し、とまどう息子さんに封を切るよう促した。

 つづく

 

2006年8月30日(WED) 4242(死に死に)は売れませんか?
 世の中、目鼻の利く人っているもんだなと感心する。ぼくなど「斉藤投手のハンカチを100枚ほど仕入れて置きゃ良かった」と後悔しても先に立たずだった。それに携帯電話の「番号ポータビリティー制度」は知っていたけど、まさか7777に億単位の値がつくなんて考えもしなかった。それ以前にそんな番号がこの世に存在するとも思っていなかった。

 数字の語呂合わせにこだわる人は多いと思う。自分の車のナンバーすらはっきり覚えていないようなぼくと違って、4という数字がナンバーに入ることを極端に嫌う人も少なくない。
 知り合いが自家用車を買うとき営業マンに「良いナンバーを頼むよ」と念を押していたにもかかわらず、428(死にや!)が来て激昂した。新車を返品すると駄々をこねて登録をやり直したが、今度は社用車のナンバーに、1541(人殺し良い!)が来て蒼くなった。気にする人に限ってこんな廻り合せが来るものかもしれない。

 300年前に活躍した大バッハという作曲家は、「3を神の数、4を人の数」として扱ったらしい。また7は神聖、10は十戒を、12は教会、そして14はバッハ自身の数(BACH=2+1+3+8=14)として、それらの数を楽譜に編みこんでいった。そうして出来上がった曲の一つに「ミサ曲ロ短調」があるという。
 これは曲が出来上がった後でこじつけたのではなく、作曲する前から意図したものだそうだ。それで傑作を生み出したというのだからすごい。
 もちろんこれはバッハの曲を聴いただけで誰でも理解できることではなく、研究者が楽譜を解明していって初めて分かる神秘的な面白さなのだ

 以前4444のナンバーを付けたデンジャラスな感じの車を発見して感動したことがある。知人に話したところ、「4242(死に死に!)のナンバーは絶対に存在しないから、もし見つけたら酒をおごってやる」と、約束してくれた。それ以来気をつけていてもなかなか見つからないが、4343の携帯番号が(資産資産)と読まれて298万円とは驚いた。
 少し読み方を変えれば(死産死産!)なのに、そんなものにゲンを担いだりステイタスを求めるのはちょっと理解し難い。でもそこはそれぞれの気持ちの問題で、バッハが「この曲が神に届くように」と願いつつ作曲したように、現代人もまた数字に心の安寧や神秘を求めるのだろう。だからぼくが次に買う車の番号は4343……いやそれはもう無理だろうから、4242(幸せに幸せに)でも貰うとするか。

 

2006年8月29日(TUE) 薔薇の体臭がするガム?
 噛めばバラの香りがする、いや噛んだ後汗が、もしくは体臭がバラの香りが甘く香るらしいガムが中年男性に大受けで品切れするほどの人気らしい。
 科学の進歩を信じないわけじゃないが、口臭を消すとか痩せるとか、人の弱みにつけ込む商品はいつの時代にも存在するし、それらはとても魅力的なものだ。

 同じ酔っ払うならおいしい酒で酔いたいが、酒を飲み続けると体臭は飲まない人より臭うと思う。ぼくの経験では酒を断てばそれは消えるが、それでも三週間はかかると思う。つまりバラの香りのガムを噛み続けても三週間しないと効果は現れないだろうし、自分の体臭は自分では分かりにくいから、少なくとも効果のほどが分かるまではガムは売れ続けるに違いない。とても上手な商売のやり方だ。

 昨日の毎日新聞に「リーブ21」の社長さんが取り上げられていた。ぼくはあのコマーシャルに起用されているタレントが好きじゃないだけではなく、抜け毛の心配が無いタイプなのでどうでも良い記事なのだけど、一度だけハゲる夢を見たことがあって、それはかなり怖いものだった。禿げている人は毎日そんな恐怖と向き合っているわけだから、慣れているとはいえストレスはかなりなものがあるだろう。

 ガムを噛んだら良い匂いがするようになるならぼくも噛む。しかしそれはニンニクを食べたらニンニク臭くなるみたいに即効性があるようなものでも無いと思う。
 中国の酒でハーブの香りがするようになるといわれる酒もあるが、日本で手に入らないということは、おいしくないか効果が期待できないからだろう。でもこれだけ科学が進歩しているなら毛生え薬も薔薇臭が香る酒がいつかはできるだろう。それまではビールや日本酒で十分だな。

 

2006年8月28日(MON) ペルシャがイランのことだと知ってますか?
 千夜一夜物語=アラビアンナイトを語るのは、女の子「シェーラザード」だけど、この名前をネットで検索してもそう多くはヒットしない。というのは、この娘さんの名前がアラビア語で発音されるのを、誰も正しく日本語の発音に置き換えられないからだろう。
 シェエラザッド、シェラザハッド、シャハラザッド等等。アラビアンナイトの語り部である重要な娘さんなのに、WEB上では日本人には発音しにくい表記が乱立していて混乱する。。

 どれが正しいのか分からないが、思えばプロゴルファーの青木功がアメリカデビューしたら「アイサオ・エイオーキー」と紹介されたし、「エイヤコ・オカモロ」は岡本綾子だった。
 あの有名なF1レーサーのアイルトン・セナでさえアメリカ人は、「エヤトン・センナ」と呼んだし、ミヒャエル・シューマッハは、「マイコー・シューミャッヒャー」と今でも呼ばれている。

 それなら日本の首相小泉純一郎氏はアメリカ人にどう発音されているのかが気になるが、イチロー選手の活躍もあってかおおむね正確なようだ。ところがイラン大統領の「アフマディネジャド」となると、ほとんどのアメリカ人には発音できないらしい。
 これはアメリカ人が馬鹿なんじゃなくて、仕方ないのだと思う。日本の小泉首相が「金正日」さんを「キム・ジョンイル」とは読まずに、「キン・ショウニチ」と読みたくなってしまうのと似ているかもしれない。
 
 一国の領袖の名前さえまともに発音できない国の首脳同士が和平交渉して上手くいく筈があるだろうか。首脳外交というと、どちらが優位に立っているかをメディアの前でお互いが強調し合うが、G8でブッシュ大統領にはしゃぎ過ぎをたしなめられた小泉さんは、またカザフスタンに恥をかきに行ったらしい。もういいかげんに政府開発援助の美名で金をばら撒くだけの外遊はやめてくださいといいたいが、小泉さんは中国や韓国には行けないから仕方ないか。

 

2006年8月27日(SUN) 市役所は犯罪者の養成機関か!
 鳥取市役所が28日から、庁舎内でモーツァルトの曲をBGMとして流すのだそうだ。「集中力を高め、行政サービスの向上につながれば」というのがその理由だとか。
 乳牛にモーツァルトを聴かせたら乳の出が良くなった、トマトの収量が上がった、幼子が泣き止む、痴呆症のお父ちゃんが徘徊をやめた、蓄膿症が治った、子宝に恵まれた、等々。モーツァルトの曲は「がまの油」よりも効能に優れた万能薬らしい。

 いくらモーツァルト大好きのぼくだといっても、モーツァルトを神様扱いするのはいかがなものか。かといってもちろんモーツァルトの曲の効能を否定するつもりはないが、ここまで来るとほとんど迷信じゃないか。
 車に乗ればモーツァルトのコンチェルトを聴き、家に帰っても同じものを練習しているぼくなら、万病から開放されていてもおかしくはないのに、何で今もって成人病のかたまりなんだ?

 モーツァルト生誕250年にケチをつけるつもりはないし、それにあやかりたい気持ちも分かる。だからといって市役所のBGMを流したらミスが十分の一に減るとでもいいたいのか? 市職員を馬鹿にしとるのかといいたい。
 おおかた偉い方の発想だろうが、そんなに部下が信用できない上司を、部下がはたして信用するのだろうか。

 今年も水の事故が相次いだが、福岡で飲酒の市職員が起こした死亡事故はこの夏一番で最後の悲惨な事故であってほしい。一度に三人の子どもを失って、生き残った親の気持ちは想像に余りある。
 事故を受けた市の関係者が会見して、「できるだけのことはする」といっているが、「できるだけのこと」って何か具体的に聞きたいものだ。もしも被害者への慰謝料とかのことならとんでもない間違いだ。今すぐに手をつけるのは市長も含めた職員の再教育だ。間違ってもモーツァルトをBGMに流すような小手先のことであってはならない。

 

2006年8月26日(SAT) いじめで自殺する者こそ強い者である
 いじめで中一自殺! とうとうぼくの田舎にもこんな事件が起きたかと残念でならない。ぼくの出身校かどうか詳しいことは分かって無いけど、そう遠くないところで起きた事件なのは間違いない。
「とうとう起きたか」といったけど、実はぼくの同級生も中二のときに自殺した。いじめではなく失恋だったかもしれないけど、亡くなった女の子は心が著しく傷つけられてそれをを選択したと思う。

 自殺というのが誰かへの面当てとか嫌がらせといわれることもある。仮にそうであっても、ほとんどの場合は恨み言もいわずに独り静かに死んでいく。そういう人に死への憧れが無いとはいわないが、「いじめられる方も悪い。抵抗すればいい」といわれるまでもない。そんなことは自分自身で良く分かっている。分かっているが、出来るくらいなら独りで死にはしないし、誰かを道連れに死んでやろうと考えられる者ならいじめる側にも立てるだろう。

 人権って何なんだろう。人が人らしく生きる権利とかっていうけど、人が幸せに生きるために生まれながらに持っている権利なら獲得する必要なんかないじゃないか。
 人権は踏みにじられるためにあって踏みにじる側には意識されないもの。食う側のライオンが食われる側のシマウマの幸せなど一顧だにしないのに似ている。

 攻められる前に攻めたい、殺される前に殺そうという発想は、一見すると勇壮に聞こえるかも知れないが、実は弱者の発想なのだ。
 シマウマがいなくなってしまえば自分たちの存在すら脅かされるように、いじめる側がいなくなってしまえば自分がその立場に立たされることが分かっていない。
 真に強い者のは真に優しくもなれるのに、自らの命を絶つことができる者より弱い者にはそれが理解できないのだ。

 

2006年8月25日(FRI) 逆立ち歩きする猫の悲哀
 仔猫の話をもう一つ、といってもこちらは少し明るい話。その昔仔猫に黒いガクランを着せて暴走族の特攻に仕立て上げた「ナメ猫」が人気を博したことがある。写真やグッズが販売されて企画した人は大儲けしたらしけど、猫背を矯正されて仔猫は死んでしまったらしい。
 可愛いからといって猫に不自然な姿勢を強いるとこんなことになる。健康のためといって菜食の餌を与えるのも猫にとっては気の毒な話だ。

 猫は子どもの頃に何匹か飼ったことがあるが、50cmくらいの高さを背中から落として、空中で見事にひっくり返って着地するのを見て感心したり、前足を持って後ろ足で歩かせてみたり、後足を持って前足で歩かせてみたりもした。ぼくとしては猫と遊んでいるつもりだったが、猫にとってみたら大迷惑だったかも知れない。

 アメリカのテレビニュースで、前足で逆立ちするようにして歩く仔猫を見た。良くここまで訓練したな、と感心していたら、訓練したわけではなかった。どうやらその仔猫は後ろ足が二本とも不自由で、普通に歩こうとすると不自由な足が邪魔になって前に進まない。そこで編み出したのが逆立ち歩きだったらしいのだ。
 あの猫が自分のことを可哀そうな猫だと思っているだろうか。たぶん猫にできる生き方を自然にやっているだけに違いない。

 猫が猫らしく生きると、猫が猫らしくなくなるなんて不思議だが、人間が人間らしく生きるとはどういうことだろうか。牛を食うために飼って殺している我々としてはあんまり偉そうなこともいえないが、少なくとも昨日書いた作家の仔猫殺しみたいなことであってはほしくない。
 それにしても猫背矯正どころか逆エビゾリになってあの猫大丈夫なのかな? ぼくもあの「猫を越えた猫」を見習ってせめて背伸びくらいしたいものだ。

 

2006年8月24日(THU) 子猫殺しに反論するつもりじゃないが
 こう暑いと、裸になって洗車して逮捕される男が現れても決して不思議じゃない。ぼくもやってみたい気はするが、肉体派でも無いし、そのぅ……色々と自信が無かったりするので、未だもって実行に移せないのは口惜しい限りである。
 そんな鬱屈した気分のところに届いた「子猫殺し」のニュースだ。やってくれたぜって快哉を叫びたい。

 ぼくは寡聞にて直木賞作家・坂東眞砂子さんという人は知らないのだけど、こういった人は多く潜在していると思うし、ここ数年急速に増えているのではないかと危惧している。それはまるで温暖化ガスが地球を徐々に蝕むような現象に似ていると思う。

 地球上には人が増え過ぎた。だからネズミが増えすぎて海に飛び込むように、バッタが植物を食い尽くして餓死してしまうように、人間も増えすぎて戦争を起こす。それはイデオロギーとか人種とかの問題とされてはいるが、単に人口調節の自然なメカニズムに過ぎないのではないだろうか。

 子猫殺しが出来るなら我が子殺しも似たような感覚で出来るのかも知れないし、親殺しも簡単なことだろう。そういう人には姥捨て山なんて必要無いし、親も子も要らなくなった者は清水の舞台から捨てたらきれいさっぱりするだろう。

 地球にとって人間は害虫でしかないのなら、人類は地球の刻む時間の狭間に咲いた仇花として消え去る運命にあっても止むを得ないだろうが、決してそうでは無いと思いつつ童話教室に今日も足を運ぶ。
 ここには論争もありはするが、殺伐とした雰囲気は無い。どんな物語を幼子に読ませたいのかばかり議論しているのだ。
 だから坂東眞砂子さんにはわが師の「命の重さはみな同じ」を、嫌がらせで100冊ほど送りつけてやりたいがやめておく。だって我々が彼女と同じステージに立つのは我慢ならないから。

 

2006年8月23日(WED) 斉藤投手のハンカチじゃないけど
 夏の甲子園で熱闘を制して優勝した早実の斉藤投手はハンカチで汗を拭うことでも有名になったらしい。良く考えたらプロのピッチャーでも汗は袖で拭くのが当たり前。ハンカチで拭うのは見た記憶が無いし、まして腰てぬぐいをぶら下げた選手なんて見かけない。野球はユニホームがある分、マナーにうるさいゴルフよりずっと窮屈なスポーツなのかも知れない。

 ハンカチといえばバイオリンを弾く時にも汗がバイオリンにかからないように顎の下にはさむし、弾き終ったらそのハンカチでバイオリンを拭いたり、弓の毛から落ちる松脂を拭ったりもする。だからハンカチを何枚かバイオリンケースに入れて置くのだけど、前回のバイオリンレッスンの時はそのハンカチがたまたま花柄だった。それをバイオリンのお師匠ちゃまが目ざとく見つけてケラケラ笑ってくださる。お師匠ちゃまの笑いを取るために入れているんじゃないっての! 

 普通の人なら会葬御礼とか満中陰とか何かのお土産とかでハンカチをいただくと思うし、ハンカチを忘れて外出して駅前なんかで買うことも多いから、どんどん使わないのが溜まって始末が悪い。なので気に入らないのから順に使い切ってしまいたいだけなのだ。いつぞやはトトロのハンカチにケチをつけて下さったので最近はめっきり使わなくなったが、今日はミッキーマウスのが入っていたのを見つかった。

「先週ディズニーランドに行ってきたんですよ。ミッキーとかデージーとか買ってきました」
 どうやらお師匠ちゃまは結婚間近らしい彼氏と夏休に遊び呆けていたらしい。
「HALさんも行ったらどうですか、楽しいですよ。あ、リュックとか背中に独りでも来てる男の人はいますし、一人用って乗り物スペースもあるんですよ」
 他人のことは放っておけつーの。そんなことより曲を予習して来てよ、レッスン室で悩むんじゃなくって! でも、だれか一緒に行ってくれる人を探せたらぼくも腹は立たんのかも。

 

2006年8月22日(TUE) 米と靖国は論点にするな!
 毎日新聞の朝刊に連載されている我が師作の「うめぼしばあばのおべんとう」を律儀に、いや楽しみに読んで切り取っているのだけど、一部ハッとする部分があった。そしたら案の定その表現に抗議が来たらしい。
「玄米の方が白米より栄養がある」と表現したのを、「白米をカス呼ばわりした」と受け取られたらしいのだが、これを聞いて昔の論争を思い出した。

 ずいぶん前のことだけど、名選手の誉れ高い元巨人軍の広岡さんが、ヤクルトスワローズの監督になって選手に玄米食を強いたことがあった。そしたら玄米食に反対する投書が非常に多くあって、メディアで大論争になったのだ。
 賢明で意固地な広岡監督がその年に玄米食を通したのは想像に難くないが、翌年はどうしたのか思い出せない。しかしそのときの反応は「靖国問題」もかばかりか! と驚くほどの論争が展開されたような記憶がある。どちらも日本人の「心」と「主食」の問題だから熱くなるのも当たり前だろう。

「玄米とおっしゃいますが、それは何の玄米でっしゃろか? インディカ米の玄米も立派な玄米ですし、美味しいのはジャポニカ米の白米だけではおまへん。パエリアやピラフにするならタイ米とかの方がおいしく出来ますのや」
 実をいうと、ぼくは我が師の書かれた作品に、畏れ多くもこう投書しようかと思った一人なのだ。米といったら日本人は自分たちの食べている米のことしか考えないが、世界的に見ればジャポニカ米は少数派だし、ぼくはインディカ米がわりと好きなのだ。

 世の中にはいろんな人がいていろんな考え方があるのだから、だれが何を食べてどこにお参りしようがかまわんじゃないかという意見もあるが、本当のところは賛否両論どちらの側に立つ人も怖くて言えない、考えたくないモノがその根っこにあるのではないだろうか(それをここで言うつもりはないが)。
 でも、どちらも平和であるからこそできる議論だし、外国人から見たらどんなに奇異に映ったとしても、その瞬間の我々日本人は真剣なのだ。

 

2006年8月21日(MON) 昔の教え 年寄りの教え
 その昔ルームクーラーなんて田舎ではどこの家にも無かった頃、学校の先生は「扇風機の風は体に良くないから長時間当ってはいけません」と、夏休の前に注意したもんだが、いくら長い時間扇風機の前で寝たってどこも悪くなったりしなかった。ところが最近じゃ冷房病なんてものが問題になって、「クーラーの風は体に良くないから扇風機を使う方が良い」といわれるようになった。

 今日まで昔の先生のいったことを真に受けて、扇風機というものを持っていなかったぼくだけど、今の人がいうように朝までエアコンを使ったら、良く寝られても朝には体が硬くなってどうも一日調子がすぐれない。昔の先生はどうやら嘘つきだったのが分ったので、田舎の家にあった2006年型扇風機をかっぱらってきてエアコンをやめて扇風機のお世話になって寝てみることにした。

 しかしなんだな、扇風機だけで快適に寝られるような日本の夏だったらエアコンが売れるわけもないな。扇風機だけだと寝付きも悪いが、一晩のうちに何度も目が覚めて冷蔵庫に走って水を朝までに1gくらい飲んだ。扇風機は途中から「おやすみリズムモード」にリモコンで切り替えたが、朝になってみるとエアコンに当って寝るよりも体調が悪かった。

 やっぱり昔の先生のいうことを聞いておけば良かったとしみじみ思ったが、これが20歳台の体なら何とも無かっただろう。たぶん昔の先生は年寄りだったからこの点で敏感だったに違いない。ま、ぼくもそんな歳になったということだろう。それにしてもこの扇風機が1980円って信じられん。しばらく悪い物同士の組み合わせでこの猛暑を乗り切ろうと思う。

 

2006年8月20日(SUN) 死に方が選べる幸せ
 毎日の出来事をそのまま書いてもちっとも面白くないのもあるが、ぼくの日常をのぞきたい人もいないだろうから「今日は……」で始まる本物の日記を書かない。というのは建前で、本当は赤裸々のおもろい話を書くテクニックを持っていないし、どこの誰が書いているか面が割れているので微妙な話、たとえば……いや、やっぱり駄目だわ!

 今日の堺市の最高気温37.8度といえば、ぼくの平熱より1度くらい高い気温ということになるか。すると蒸し暑い部屋に冷房とか扇風機もかけないでいると体温が40度くらいに上がっているのと同じことになるんだ! それじゃあこの熱波でお年寄りが部屋で亡くなってしまうのも当たり前だな。しかし赤道直下に暮らすお年寄りが焼け死なない理由がやっぱりぼくには分からない。

 人間って、いつの時代が一番幸せだったのだろう。クロマニヨン人、それとも北京原人? 男女間の悩みとかは紫式部の時代やシェイクスピアの時代と比べてもたいして変わらないようだし、肉体的にも現代人が勝っているとは言い切れなさそうだ。

 当時の人類は餓死することがあっても、公害で死ぬことは無かったし原爆で死ぬことも無かった。たぶん自殺も今よりはずっと少なかったんじゃないだろうか。そうすると死に方の選択肢に現代の方が多様性がある分だけ幸せと言えるかもしれない。

 

2006年8月19日(SAT) 知らぬが仏の宗教団体
 韓国の宗教団体の教祖を名乗る男が大和撫子をレイプしたそうな。実に遺憾に思う。思うが、それは宗教を騙った手口が許せんというのではなく、全く個人的なやっかみ、ねたみ、そねみからである。つまり羨ましいから腹が立つのだ。

 何かのサークルを装っていたとはいえ、なぜ若く美しい女性たちがこうも易々と騙されるのか不思議だが、元々宗教というのはく鎮魂のためのもの。心に安らぎが得られるなら騙され続けていてもかまわないではないか。彼女たちは自ら騙されに行っているんだし、いまだに騙されていながら幸せな人もいるのだから。

 実を言うと、ぼくもこうした「人を騙して幸せにする」プロジェクトに参画している。たとえば童話の公募だけど、今問題になっているサラ金が主催しているものに応募したこともある。
 また、「日本人の美しい心を取り戻そう」みたいな企画に投稿したこともあって、そこの主催団体から送られてきた冊子を見て初めて、「あら〜! これひょっとして右翼団体とちがうかぁ?」と驚いた事だってある。

 ぼくだけでなく世間の人も、知る知らないにかかわらず、多かれ少なかれこういったモノに手を貸しているはずだ。持論も無いくせに口だけは達者な御用コメンテータが、しかるべき筋からのバックアップを受けてメディアで発言しているほど悪質ではないにしてもだ。

 

2006年8月18日(FRI) 金出してWEBに夏休の宿題をやらせるな!
 夏休みの終わりが近づくと思い出すのは宿題で苦しんだこと。夏を思いっきり楽しもうと、夏休み帳をもらった途端に頑張って半分まで宿題を終わらせるのだが、その後は遊び呆けて結局はぎりぎりに終わらせることになってしまったものだ。
 仮に出来上がらなくても、真面目で優秀で心優しい同級生は必ず一人や二人はいるから、彼らにお世話になったらいいのだ。そう思っていたこともあったがそれは大間違いで、彼らの夏休帳は引っ張りだこでなかなかぼくのところに回ってず、えらい往生したこともあった。

 宿題を母親に手伝ってもらった記憶が無いのはぼくが優秀だったからではなく、駄目兄に手がかかってぼくのことまで手が回らなかったからだ。いつだったかぼくが目を覚ましたら宿題の工作を登校日の朝に親子で、というより母がやっていた。
 それを見てこの親子は問題なのと違うか? と思ったものだが、メディアによると最近の親はたいてい夏休の宿題を手伝っているのだそうだ。あまつさえWEB上には宿題の肩代わりしてくれるサイトまであるそうな。

 なんと嘆かわしいことか。日本人は自らが緩やかに滅亡に向って歩んでいると言っていいのではなかろうか。靖国がどうのこうのと騒ぐ前に「親ばか」じゃなくて「ばか親」やめろと言いたくなるのは、放ったらかされて育った末っ子のひがみかも知れないが……。

 

2006年8月17日(THU) 田舎の花火が照らすもの
 ちょいと田舎に帰省してくる、と喋ったら、「帰ることのできる田舎があって良いね」と、うらやむ人もいるが、外に女を囲っている男が奥さん以外にも浮気を案じるなければいけない心労を察してほしい。お金持ちがお金の心配をするのと同じで、持てる者は持たざる者よりも幸福かと言えば必ずしもそうは言い切れないのだ。

 田舎では恒例の盆踊り大会の後に花火が打ち上げられた。気のせいか年々花火が立派になっているような気がするが、そんなことやっているような財政的な余裕がうちの田舎町にあるのか心配だ。でもそんなこと言ってたらお先真っ暗なので、せめて花火が照らしてくれているつかの間だけでも明るい未来を夢見ていたい。

 ぼくが育った頃の田舎では当たり前に見かけたカブトガニに代わり、あの頃には見たくても見れなかったエイが温暖化の影響で泳ぐようになった。そんな海にぼくはひざまで浸かるのが精一杯だったし、塩田の跡や櫁柑山には産廃処理場が建設された。
 この田舎に住む人は毎日そんな問題に悩まされ続けているはず。だからと言って不便をかこちつつも豊かな自然に囲まれていた方が良かったといえるだろうか。大怪我をしても設備の整った病院に行くまでに2時間かかったあの頃より、今のように橋を渡って30分で今治市内の病院に行けた方がずっと良いに決まっている。

 時計をあの頃に戻せと願うのは、島を出てよそ者になっておきながら、時折帰省してはノスタルジーに浸りたいぼくのような身勝手な者の考えることなのかも知れないが、だからこそ見えるものもある。流れた時間は戻せないし、流れ行く時間を止めることもできないなら、せめて消えていくものを記憶にだけはとどめておきたい。

 

2006年8月14日(MON) 焼き鳥ブームの跡
 讃岐でうどん屋を「製麺所」と呼ぶのと、和歌山にはつい最近までラーメン屋は存在せず、中華そば屋しかなかった、というのとは少し意味が違うかも知れないけど、どうやら今治で「焼き鳥屋」というのは、一杯飲み屋の呼びかえかも知れない。名前から受ける印象とその実態には微妙なズレがあるように思えるのだ。で、肝心の焼き鳥の味だけど、やっぱり炭火直焼きの方が美味しいと思う。鉄板焼き鳥

 橋と高速道路の開通のおかげで斜陽の街の代表みたいに扱われる今治市だけど、地元の方がたの努力が実ったのか、焼き鳥だけはご当地の味として情報誌に取り上げられるようになった。
 それで従来の焼き鳥屋から脱皮して純粋な焼き鳥屋さんが誕生したと聞くが、この日食べたのもそういった店の一つらしい。接客も良く味も及第点だと思うが所詮は焼き鳥。並んでまで食べるほどのものだろうか。

 和歌山に「和歌山ラーメン」の暖簾が下がり、香川に「讃岐うどん」の店がオープンするように、観光客が元からあった文化を変えてしまうのはいかがなものだろうか。
 とはいってもガイドブックを片手に大阪のジャンジャン横丁で「串カツ」を食べ歩く女の子たちがあの街のダーティーなイメージを少しだけ払拭したように、今治には新しい「焼き鳥屋」が林立するようになったのは悪い現象ではないだろう。

 でも、たまに帰省してノスタルジーに浸りたいぼくとしては、仮にいつか焼き鳥ブームが過ぎ去っても、地元の常連さんに奉仕するためだけに存在してきた場末な雰囲気の元祖「焼き鳥屋」さんにはいつまでも生き残っていてもらいたいものだ。

 

2006年8月13日(SUN) 日本一の焼き鳥シティー 今治
 何をもって日本一と公言しているのか知らないけど、愛媛県の今治市は「日本一の焼き鳥シティー」なんだそうな。人口比でいえば確か室蘭市が焼き鳥屋の数では最も多かったはずだが、あそこの焼き鳥は鶏ではなく、厳密に言えば「焼き豚」らしい。

 いったいどこのどなたが焼き鳥屋の数を数えたのかは分からないけど、今治市は確か全国で3位じゃなかったか? でもそれは焼き鳥屋の看板を掲げているお店のことで、今治市の飯屋には焼き鳥がメニューにあって当たり前なので、その意味でなら日本一かも知れない。
 まあ瀬戸内海にかから橋と高校野球(今治西高校)よりほかに全国に誇れる名所旧跡や観光スポットも無いので、せめて焼き鳥やせんざんきくらいこっそりと日本一を名乗ってみたい。

 焼き鳥とともに良く食べられるのが「せんざんき」と呼ばれる鳥のから揚げで、なぜだかそれも有名らしい。そこで自分で今治風焼き鳥(鉄板で焼く)を焼いたり、せんざんきを揚げたりしてみたが、全国的に有名になる理由がさっぱり分からない。仕方ないから観光客を装って焼き鳥屋めぐりでもしてみるか。

 

2006年8月12日(SAT) アルコールで走ったら酒税を払うのか?
 日頃なら5時間も高速を走れば田舎に帰れるというのに、今回は山陽道が激しい渋滞だったものだから、国道2号線を走ったら大阪から愛媛に着くのに10時間以上も費やしてしまった。昔のことを思えばそれでも早いのだが、ガソリンをばら撒くのに若干の環境意識が芽生える現代では罪作りな話かもしれない。

 これというのも限りなく全部アメリカの政策が悪いからだと思っている。アメリカが京都議定書を批准しておれば、イラク戦争を始めなければ、アルコール燃料の利用を推進するなんてブッシュさんが口を滑らさなければ、と数え上げたらきりが無いほど世界は迷惑を被っている。

 ところで車を走らせるのにガソリンは絶対に必要なのかと言えばそうでもないらしい。アメリカのインディーカーはずいぶん前にガソリンからメタノールに替わっているじゃないか。模型のエンジンだってアルコールで動くし、ディーゼル車なら天ぷら油とエタノールを混ぜて動く。それに戦時中の日本では木炭からガスを作ってバスを動かしていたではないか。

 車の燃料をガソリンからアルコールに替えるなんて技術的には簡単なことなのに、どうしていまだに実現しないのか不思議に思うだろうが、答えはとてもシンプル。石油メジャーが自動車業界に圧力をかけるからではなく、軽油やガソリンにかかっている税金が酒税に替わってしまうからだ。アメリカのせいではなく、日本の政治家の問題。つまり我々がそういう政治家を選出しているからなのだ。反省すべきは我々自身なのかもしれない。

 

2006年8月11日(FRI) 友にはバックアップ
「あねさんろっかくたこにしき」といえばご存知京都の通りを憶える言葉で、「ふくたにの あらかわわたる にしのうま」といえば、ぼくが通う場末の飲み屋の危険人物七人を覚える語呂合わせだが、そのつわものたちの中でも横綱級のNさんの姿がこの一年ほど見えない。
 70歳くらいだから死んだんじゃないかっていう噂が流れ始めて一年が過ぎようとしていたころ、誰かが「憎まれっ子世にはばかるから大丈夫だ」と言った。彼の日頃の行状がどれほど傍若無人であるかを知っているなら、誰だってそう言いたくなる。

 その危険な知人とは最近こそ飲み屋でしか会わなかったが、以前は彼を交えて何人かと、あるいは二人っきりで旅行したこともある。15年くらい前に五ヶ山の合掌造りの里を訪れた時は、口汚いことを言うので深い雪の中に埋めて帰ろうかと思った。岡山の方を旅行した時も車から高速道路に彼を降ろしたまま置き去りにしたかった。盛り場を飲み歩いてヤクザに喧嘩を売ったときはさすがに見ず知らずの他人のふりをした。ビール瓶を投げて飲み屋のガラスも割ったし、ぼくも中身の入ったビール瓶を投げ付けられた。

 とにかく酒乱の癖があって、「あんたその歳になるまで良く生きてこれたな!」と言われるような危険人物でもあったから、娘さんの結婚式で暴れたのは予想通りだった。そんな彼をぼくは温かく見守れなかったが、飲み屋のマスターだけはとことん付き合ってあげたもんだ。それはマスターの人柄が良いのもあるけど、あの爺さんは結構人懐っこくて、まとまった金が入ったら皆に酒をおごる気前の良いところもあったし、何よりも情にもろい好々爺で、危険人物ではあっても根っからの悪党ではなかったからだ。
 
 どちらかというとぼくは彼に厳しく相対したが、今思えば結構楽しいこともあったし教わることも少なくなかった。せめて別れの言葉くらい交わしておけば良かった、と飲み屋でしみじみ飲んでいたら、「HALさん、Nさん老人ホームに入所したんやって。どこかで飲み潰れて救急車で運ばれて、気がついたらホームに放り込まれていたらしいよ」とマスターが言った。かなり遠い所にあるホームまで面会に行ったマスターによると、知人はこの半年ほどは一滴の酒も口にしてないそうだ。

 せっかくしんみりとセンチメンタリズムに浸っていたのに少し拍子抜けだが、やはり元気な消息を聞くと酒も甘く感じるものだ。
「とはいってもマスター、七危険人の一人が欠けると警戒レベルは下がるけどさみしい気持ちもあるよね」
 ぼくの言葉に答えてマスターは言った。
「大丈夫やって、あんたの友だちのTELさんがこの前暴れて、しっかりNさんの代役を果たしたよ。まだまだ三役クラスやけど大関最有力候補や」
 そんな噂をしているところへついに危険人物の仲間入りを果たしたぼくの友達の酒盗人(さけっと)のTEL師が現れて祝杯を上げたが、彼に祝杯の意味が分っただろうか。何者にもバックアップはあってほしいものである。。

 

2006年8月10日(THU) 物々交換より手っ取り早く家をゲット!
「濡れ手に粟」っていうけど、粟そのものを知らないので、濡れた手を小麦粉かなんかに突っ込んだ状態を想像したら良いのだろうか。とにかく大した苦労をせずに笑いが止まらんほど儲かってこの言葉を一度で良いから吐いてみたいものだ。
 ところがゼムクリップに始まって最終的に家を手に入れたカナダ人のWEB版藁しべ長者をやっかむ人も、彼にあやかりたい人にも朗報がある。今年の4月から懸賞景品の上限1000万円が撤廃されたのだ。今までそんな規制があったことすら知らなかったが、これからは公募に入選して家一軒をゲットできる濡れ手に粟な時代が到来したのだ。

「こちらソーケンと申しますが、本日はお近くに新しい街が完成することに関するアンケートを」
 ついこの前こんな電話をいただいて、「ソーケンっちゃ、あの総合経営研究所でっしゃろ? 耐震偽装で有名になった。今忙しいから勘弁してや」なんて答えたのだが、本当は創建だったらしく、ひょっとしてアンケートに答えたら家が一軒当っていたかも知れないと思うと悔しくて夜も寝られない。

 今朝の毎日新聞に「工法を名付けて家をゲットしよう」という記事があった。どうやら画期的な住宅新工法を創建さんが開発して、それを世間に知らしめるために名前を公募して、良い名前が決まったら名付け親に2400万円相当の家をプレゼントしてくれるらしい。最後までその記事を読んで、どうも何か引っかかるところがあるな、と思ってよくよく見たら創建さんのPRページだった。 紛らわしいことするなと言いたいが、新聞が悪いわけでもない。せっかくだから応募してみたいが、楽して金儲けしようという発想はいかがなものか。
 
 バブルという言葉が単に泡を意味していたバブル真っ最中の日本にあって、評論家の竹村○一氏がテレビの討論番組で、「これからの日本はマネーゲームで発展していくべきだ」といった。果たしてその通りになってやがてバブルの崩壊を見たが、あの時たった一人だけ竹村氏に反論して、「物を作らない国は衰退する」と警鐘を鳴らした人がいた。SONYの故盛田昭夫会長だった。
 射幸心を煽る景品も良いが、日本は今またバブルの轍に車輪を取られかかっているように思えてならない。盛田氏が生きていたらこの流れにどんな警告を発するのだろうか。

 

2006年8月9日(WED) パン見せルックは誰のため?
 昨日の続きじゃないけど、「道徳は常に古着である」と、芥川龍之介は「侏儒の言葉・西方の人」で陳べている。もちろんこれは福音書からの「新しい酒は新しい皮袋に…」からの引用だろうと思うが、我々が生を営む今の時代くらい道徳がドラスティックに蹂躙されている瞬間を、かつて日本人は経験したことが無いのではあるまいか。

 わずか70年前に起きた白木屋火災のおりに、下着をはいていなかった女店員は裾が乱れることを気にして飛び降りられなった、という説が今日までまことしやかに信じられてきたというのに、昨今の女性と来たら「パン見せルック」、「へそだしルック」、「下着ルック」などと下品極まりないモードにうつつをぬかしておる。言語道断である!

 バイオリン教室のぼくの前の生徒さんは小学2年生の女の子だが、パンツを見せているのがこの子ではなく、30を過ぎたお母さんの方だというのはどういうことか。アンチエイジングも結構だけど、ち〜と無理し過ぎてませんか! だいたいそんな短いジーンズはいて似合うのは10代まででしょうが、と言いたくはあっても、このお母さん結構スタイルが良いいから案外似合っているんかも。

 で、バイオリンのお師匠ちゃま、汝もまたパン見せですかい。
「私はそんな格好しません!」
 いらんこと言うたら顔色を変えたが、現実にパンツが見えているのは……ひょっとして我がお師匠ちゃまは単にだらしないだけなのか? まあ良いでしょう、戦前には女性はパンツなんてはいてなかったんだから、それに比べたら現代の大和撫子は奥ゆかしいといえる。
 芥川龍之介は、「道徳は便宜の異名である。左側通行と同じである」ともいう。つまり道徳は絶対の善ではないから、TPOが変われば道徳は古着になってしまうのだ。新しいパンツごときに文句言う方が間違っているのかも知れない。

 

2006年8月8日(TUE) 終戦記念日改め、流血記念日とか
 終戦の日が近づくとテレビは戦争関連の番組を一斉に取り上げる。もちろんぼくは戦争を体験していないので、ほんの60年前(1945年)のことなのに、はるか昔の異国のことのように思えて仕方がない。僕の年代でもそうなのだから、戦争体験の語り部(体験者)がいなくなってしまう前に戦争体験を伝えていくのは重要なことだと思う。そうしてそれらの番組や行事がが夏の風物詩みたいになってしまった感もあるが、今年は昭和天皇の「こころ」が垣間見れたのでいつもの夏と違って盛り上がりがいい。

 それで不思議なのは靖国首相参拝を擁護する人の、「国を守るために命を捧げた人を賞賛するのは当たり前だ」というが、その人々の中には反戦運動をして処刑された人も漏れなく賞賛されているのだろうか。
 もっと分からないのは、「アメリカに押し付けられた戦後教育が悪い」と言う意見で、それはそれで共感する部分も無いではないが、そういう人たちの受けた戦前戦中教育ってそんなに素晴らしいものだったのかということ。

「我々を支配する道徳は資本主義に毒された封建時代の道徳である。我々はほとんど損害のほかに何の恩恵にも浴していない」
 明治時代の作家芥川龍之介が慨嘆しているように、今に生きている当時の教育を受けた人が、その教育を唯一無二の教育であるかのように賛美するのは、とりもなおさず自分自身を礼賛したいからに過ぎない。

 人間誰しも人生の成功者になると道徳家になるようで、商売人がどれほどあこぎな真似をして儲けても、歳を取ったらすっかり救世主にでもなったかのように道徳を説く人がいるように、靖国問題というのはそういった方がたの「こころ」の問題であって、一般遺族の方がたの「こころ」の問題とは乖離しているように思える。まして天皇陛下の御心とは何の関係も無いようにしかぼくには思えないのだ。

 

2006年8月7日(MON) 台風マリアに願いごと
 せっかくのお盆休みだというのに台風がどんどんやって来て困ったものだが、それは北朝鮮でも同じらしく、テポドンが水難に遭わないよう発射台から撤去されたという。ちょっと台風が来たくらいで発射出来なくなるようなミサイルだったら脅しにすら使えんじゃないか。恥をかくだけだからハナっから撃つなよ。

 イスラエルとレバノンの紛争を終わらせようにも、国連がアメリカに足を引っ張られて機能しないみたいだ。こうなったら火山爆発でソドムとゴモラが消滅したように、ノアの方舟時代の洪水で世界が浄化されたように、自然の怒りにお灸をすえてもらわなければあの辺の紛争は解決しないんだろう。
 雨の少なそうな土地なので洪水は無理っぽくても、火山が爆発して国境を地図上から消し去ればと思ったら、あの辺りには火山が無いのだとか。では地震だが、これはそう遠くない時期に巨大地震が起きるとも云われている。でもこれもいつ起きるか予測は火山噴火より難しそうだ。今の時代に疫病ではインパクトに欠けるから、自分とこの空に原爆打ち上げて誤爆したら目が覚めるんじゃないだろうか。

 神話の昔から何度も繰り返し教訓として語り継がれていることがその発祥の地の人々にだけ伝わっていないのではなく、学習能力が無いわけでもなく、分かっていながら修正が効かない民族なのかも知れない。
 ユダヤとかアラブとか便宜上分けて表現しているけど、日本、韓国、中国ほどにも違わない血統なんだから、神話の時代に立ち戻って自分たちで領土問題を解決する努力をすべきだろう。

 ちなみに明日近畿地方に上陸しそうな台風7に、アメリカ人は「Maria(マリア)」って名前を付けたらしい。人懐っこいノラ猫じゃあるまいし、うちの台風に勝手に名前を付けて呼ぶなと言いたいが、台風のマリア様には慈母の愛をもって北と南の間に引かれた38度線を水に流してもらいたい。

 

2006年8月6日(SUN) 母に贈られた花冠
 もうそろそろ田舎に帰る準備をしないといけないが、こう暑いと自力で洗車する気にはならない。カバーをかけ外しするのも面倒だから、車は汚れ放題汚しておいてからガソリンスタンドの洗車機を通す。この炎天下では、よほど車好きの人以外はそうしたくなると思うが、亡くなった父はその「よほど車好き」の一人だったのを思い出す。

「免許を取るのが先か、それとも棺おけに入るのが先か? ですな……」
という教官の言葉にすねたのか、それとも度重なる失敗に自分の限界を知ったのか、父は自動車教習場に通うのをやめると言い出した。
 船乗りだった父が定年で陸に上がり、一念発起して始めた教習所通いだったが、免許を取るのは困難を極めた。父がなかなか免許試験に受からなかったのは55歳という年齢のせいではなく、他人より運動神経が鈍かったからでもない。障害を抱えた右足がいうことをきいてくれなかったのだ。

 教習所通いをサボっていると、棺おけ発言の教官が毎日電話をかけてきて、なだめたりおだてたりして、もう一度教習所に父を呼び戻した。そしてその頃から家には車のカタログが次々と送られてくるようになり、まだ免許を取ってもいないのに、教習から帰ると酒を飲みながらテーブルにカタログを広げ、どの車を買おうかと思案する至福の時が流れた。
 そしてようやく免許をいただくと、何か偉業でも達成したかのように大威張りで免許証をひけらかしたが、その夜免許証の上に涙をこぼしていた父の姿をぼくは忘れない。

父は免許の取得に合わせるかのようにビニールシートで出来たドーム型の車庫を建て、白い小型車が納車されると、使い道も良く分からないクッションを二つ後ろの窓に置いた。
 だがそんな幸せはつかの間だった。すぐにバイクと接触事故を起こし、「あの爺さんがふらふら走っとるのがいかん」と、自分の運転が拙いのを棚に上げた。
 民家に突っ込んだときも「あそこは非常に見通しの悪い急カーブだ」と、さも魔のカーブであるかのように言い訳した。
 正月に兄が帰省して父の愛車を乗り回すと、「ダッシュボードに飾っていた餅が動いているじゃないか、なんて下手クソな運転だ!」と騒いだ。父にとっては何よりも車が最優先で、家族のことは二の次なのだった。

 やがて車は改造され、左足でアクセルとブレーキが踏めるようになると、無理やり母を助手席に乗せて車内に寝泊りする気ままな旅に出るようになった。
そうやって大事に20年間乗り続けた後、目の不自由になった父が免許を返上すると、愛車は兄の手に渡りそこで全ての役目を終えた。。
 数年前に父が亡くなって遺品を整理していたら、母と二人で旅をしていた頃の写真がたくさん見つかった。母はそのアルバムを懐かしそうにめくり、二人で旅をした頃のエピソードを目を細めながら語った。
 結婚指輪さえも母に贈ることのなかった父だったが、たった一つだけ母を飾るために贈ったものがあるとすれば、それは二人が車で旅をした数年間の思い出、という花冠かもしれない。

 

2006年8月5日(SAT) 監禁野郎の始末は北朝鮮にお願いしよう
 まあた拉致監禁事件か! それに今回も警察の初動捜査に問題があったらしい。警察がこんな体たらくなら、いっそのこと私設警察を許可するか、警察も民営化したらどうだろう。そうしたら旅費を浮かして裏金作りしたからといって指弾されることも無かろうに。

 しかし今回の犯人の悪人面を見て、被害者には非常に申し訳ないが、不謹慎な言い方をさせていただければ、ぼくはなんだか安心した。というのも、このところ村上ファンドとか日銀総裁だとか、善人顔の悪党が跳梁跋扈しているので、今までの悪人の先入観からは少しかけ離れた連中に犯罪をしでかされると、なんだか自分の中の常識みたいなものが否定されるような気がしていたからだ。いや本当に監禁犯が「らしい」凶悪な顔だったんで胸のつかえが下りたよ。

 北朝鮮に拉致されて日本に帰って来た人たちは、皆さん北朝鮮では思いのほか優遇されていた印象を受けるので、「彼らは彼らなりの人生を送れたんだからいいじゃないか」といった意見もあるようだ。仮にそういった事例があるとしても、そんな人は拉致された人のごく一部に過ぎず、ほとんどの人は人間扱いされていないんじゃないだろうか。だって自国民すら犬猫以下の扱いをするような国家なんだから。

 罪人を刑務所に収監すると税金の無駄使いになるというし、犯罪が急増して刑務所も足りないから、軽い刑は服役させずに奉仕活動させようという動きがあるそうな。まあ刑務所もアメリカナイズしようということらしい。でも奉仕活動ってなんか楽しい響きがしないか? 
 事の是非はぼくには分からんが、どうしても服役させざるを得ない連中は北朝鮮に収監を外注したらどうだろう。少なくとも監禁事件を犯した奴は、人間扱いせずに監禁体験をさせるべきではなかろうか。日本でやったら良心が咎めたりするのでお任せします。

 

2006年8月4日(FRI) 金を燃やす岐阜県職員は勝ち組なのか?
「まさか私が寄付した金も燃やされたのか?」
 いやぼくは寄付してないが、岐阜県庁で金を燃やしたっていうけど、「県民のために使ってくだされば幸いに存じます」と、遺産相続する子どもに恵まれなかった老人が、長年真面目にコツコツと働いて貯めた金を寄付したのも、見返りを期待しない善意も燃やされたのか? もしそうならこの事件は、TBSに抗議が殺到したという亀田疑惑よりよっぽど腹が立つぞ! 

 先ごろ、「行政を自分の死をもって正す」といって市役所の前で自殺した人がいたが、一方で生活保護を受けられずに母親と心中を図る悲劇があるかと思えば、一方では血税を懐にしまい込む不貞の公務員がいる。ところが岐阜県庁の連中はそれだけでは飽き足りず、燃やしたり捨てたというではないか。この怒りをどういう言葉で表現して良いやら分からず憤死しそうだ!

「生活に困ったら市役所の前で座り込んどいたらええネン。まさか死ねとは言わんやろ」
 そういって姿をくらました知人が今どうしているのか知らないが、市役所の前で餓死したという噂は聞かない。でも今彼にアドバイスするとしたら「岐阜県庁の前に座り込んだら何とかなるんと違うか?」ということ。今回の事件に抗議してハンストしたら世間の支持は得られると思う。というか、ぼくも座り込みに行きたいくらいだから、全国のホームレスは岐阜県庁に行ったらどうか。今ならまだ億単位の金が余っているらしいから、万札の一枚や二枚はくれるんじゃない? だって捨てるくらいなんだから。

 米産牛肉食うかと問われて、「食べる人は食べるでしょう」と言い放った小泉さんだったらきっと「燃やす人は燃やすんじゃないですか」と答えるのだろうか。金の処分を命じた元県知事が今自民党所属の参議院議員なら、自民党はケジメをつけんとイカンぞ。あ、それと小泉さんにお聞きしたいけど、岐阜県庁の職員は勝ち組に分類されるんですかね? 勝ち組って悪いことして金貯めた奴のことですかね? それとも嘘つきのことですかね?

 

2006年8月3日(THU) たこ焼きにコメる暑〜い魂
 若い女の子が二人でたこ焼きを焼いているのだが、回りでたむろしているお客さんというのがどなたも長袖のシャツを着たお兄さんばかりときたら、いくら美味しそうなたこ焼きでも女の子が可愛くても、ちょっと車を止めてたこ焼きちょうだいっ、てな訳にはいかない。しかし店を経営しているのが知り合いなので、お兄さんたちの鋭い視線を感じながらも、気張ってたこ焼きを注文した。
 首にタオルをかけ、汗を拭き拭きこの暑い中でたこ焼きを焼いている女の子は、顔もスタイルもキャバクラでナンバーワンになれそうだ。なにもこんな油焼けしそうな重労働をしなくても、涼しいところで客の男にちやほやされていた方が良かろうにと、同情したくなる。

「夜になったら若い連中がいっぱいやって来て、店の前でたむろするから他のお客さんが入りにくうて困るネン」
 知り合いがそういうのは分かるし、若者はひまをもてあましているのか、それともたこ焼きの女の子目当てなのか知らないが、それなら今ここにたむろしてるお兄さんたちはなんやネンといいたくなる。こう暑くてもプールどころか、銭湯も遠慮せざるを得ない方がたがいてくれたら、店は心強くても客は心細いがな。
 実際ぼくが待っている間も若い男が買いに来たが、回りの雰囲気を察したのかすぐに退散した。

 最近のコンビには団塊の世代が退職するのを見越して、あるいは老人客を獲得しようと年配の店員を雇う傾向があるそうだ。なるほどそれはいいことだと思うが、やっぱりぼくは相手にもよりけりとはいえ、まだ若い女の子が店員やってる方がちょっとだけうれしい。といいつつも、通える飲み屋は男ばかりのむさ苦しい場末なので、世間もすでにそちら側にぼくを受け入れる体勢が出来ているようだ。

 

2006年8月2日(WED) 亀田の判定勝ちに思う
 ボクシングの亀田選手は嫌いだが日本人にはチャンピオンになってほしい。なってほしいが亀田選手がつけ上がるのも面白くない。しかしだからといって彼が負けたらマスコミがつけ上がるだろうから、それもまた面白くない。

 とまあ複雑な葛藤に苦しみながら観た試合はとても素晴らしかった。なのにあの判定はどうよ? 昔からボクシング界は疑惑だらけだが、今回の判定も到底ボクシングファンを納得させられるものではないだろう。何よりも亀田選手自身が判定に驚いていたじゃないか。
 せっかくボクシングにも脚光が浴びる時代が戻ってきたかと思った矢先にこれじゃあ、また日本のボクシング界は不況の時代に逆戻りするのではないだろうか。
 
 将棋の名人戦が毎日新聞から朝日新聞の主催に変わりそうだ。日本将棋連盟が赤字なので契約金を高く提示した方に主催を任せるのは100歩譲って良いとしよう。だがそれなら公開で入札すれば良いこと。何も抜け駆けするみたいな真似をしてこっそり朝日と契約する大儀がどこにあるのだろう。

 泥沼流との異名を取る今の将棋連盟の米長会長が現役の時はぼくも彼のファンだった。中原大名人の前に苦渋を飲まされ続けてきた悲運の敵役として応援していたのだ。それが名人位を襲ってからというもの付け上がるわ図に乗るわで、ついに大山永世名人が彼を頑なに退け続けた将棋連盟会長の座をも襲ったのだ。

 郵政民営化を強引に決行したのは良いとして、その前に社会保険庁を何とかするべきだった小泉さんと同じで、ボクシングの判定も将棋連盟の決定も、なんとなくぼんやりと正義がないがしろにされた印象を拭えない。
 しかしそうはいっても、亀田選手や米長会長の後ろにいる者には、小泉さんの後ろのブッシュ大統領、そのまた後ろに憑いていそうな背後霊と同じ臭いを感じるので、やっぱり長いものには巻かれている方が無難には違いない。だがもし彼らが「死人に口無し。勝てば官軍」と、既成事実を積み重ねたら誰も文句を言えなくなるとでも思っているのなら、ぼくは忘れんぞ! 

 

2006年8月1日(TUE) 夏は新聞スクラップから
 くそ暑いと思ったら今日から8月か! 8月1日といえばこの辺りではPLの花火大会の話題でもちきりとなる。
「えらいこっちゃ! 早う帰らんと渋滞に引っかかるがな」
「まだ帰れるだけマシやがな。うちなんか通行止め食らうねんで」
「ゴルフ練習場の駐車場から良く観えるらしいけど、今日だけ駐車料金取るらしいわ」
「うちのマンションのベランダに友だち呼んで花火で一杯やるねん」
 ぼくも一度だけ車で出かけたことがあるが、最後の花火を観て帰ろうとしてとんでもない目にあった。あれ以来行くことも無いが、一人で行くのが空しいというのがその理由だ。

 今日は忘れてならないことがもう一つある。毎日新聞の朝刊に首領様の作品「うめぼしばばのおべんとう」の連載がスタートするのだ。これを毎日読まずして教室に顔を出せるわけも無い。
 この作品がどういう話か大まかなことは知っていても、どういう結末を迎えるのかは分からない。だって作者ご本人の日記を読むと(裏話いや表話?が書いてある)とんでもないことになっていて、ひょっとして作者が倒れて……なんて縁起でもない結末を……。

 どこかでよく見かける素敵なタッチの挿絵が雰囲気を良くかもし出していて、この先の「うめぼしばあば」の登場が待ち遠しい。8月はこれのスクラップを日課の一つになるが、ぼくにとって今日が夏の始まりでもある。

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2006年8月日()